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第55話

総司の療養所―


礼庵は、主人に付き添われて、納屋へと入った。

総司は眠っていた。その穏やかな表情に、しばらく礼庵は立ちすくんで動けなかった。


主人「すぐに茶を持たせます。どうぞ、ごゆっくりなさってください。」


その主人の言葉に、礼庵はすぐに振り返って頭を下げたが、主人は礼庵に気遣ってか、そのまま急ぐように出て行ってしまった。


礼庵はゆっくりと総司の床に近づき、横に座った。

一目見ただけでも、総司はかなり痩せている。頬も京で別れた日よりも、ずっと落ちていた。


礼庵(…今日まで長かったな…。やっと会えた…。)


礼庵はじっと総司の寝顔を見つめながらそう思った。

そして、涙が出そうになるのを必死におさえた。総司はいつ目を覚ますかしれない。その時に泣き顔を見られてはいやだと思ったのである。


老婆が茶を運んできた。

眠っている総司の傍でじっとしている礼庵に「起こしましょうか?」と言ったが、礼庵は断った。

急ぐことはない。そう思ったからである。


老婆が出て行ったあと、礼庵は初めて納屋の中を見渡した。

納屋とは名ばかりで、「離れ家」といった方がしっくりくるほど、中はとても綺麗だった。畳も総司のために張り替えたのだろう。まだ新しいように礼庵には見えた。


礼庵は何かほっとするような気持ちで中庭を見た。そしてとたんに表情を固くした。


礼庵「くろねこ…」


その視線の先には、黒猫がいる。

気持ちよさそうに両手両足を伸ばして、横になっていた。

黒い猫は死の使いだという。何故、総司がいるこの庭に黒猫がいるのだろう。


礼庵(…病人の傍に黒猫なんて…)


礼庵は身震いした。そして、総司が起きる前に追い立ててしまおうかどうしようかと迷っていた。


「礼庵殿…?」


その声に礼庵は、はっとして総司を見た。

総司が目を見開いてこちらを見ている。そして何も言わず、礼庵に向かって手を差し伸ばした。

礼庵は微笑んで、その手を両手で握った。あまりの腕の細さにすぐには声が出ない。

何か言いたいのに、言葉が出なかった。

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