第53話
総司の療養所―
総司は、床から起き上がることもなく、ぼんやりと天井を見つめていた。
総司(…昨夜の夢は…いったい…?)
総司は近藤が夢に出てきたことが、気になっていた。
その時、ふすまの外から声がし、老婆が入ってきた。
総司は、思わず体を起こした。
総司「文は…近藤先生からの文は来ていませんか!?」
老婆は総司のいつもと違う様子に驚いたが、「なにも…」と答えた。
実際、老婆はまだ近藤から何も受け取ってはいないし、近藤がどうなったかも聞いていない。
その何も知らない様子に、総司は逆に安心感を憶えた。
総司(…私の思い過ごしか…)
総司は安堵の息をついた。
しかし、総司には、近藤が自分の背を優しく叩いた感触がまだ残っているような気がした。
あの時、近藤は自分に何かを言った。…が、どうしてもその言葉が聞き取れなかった。
総司(…先生…生きておられますよね…?…私が死ぬまでに…また来てくださいますよね?)
総司は胸に手を押さえて、そう祈った。
その総司の様子に、老婆はおずおずと言った。
老婆「…宗次郎様…朝ごはんをどうぞ。」
総司ははっとして、老婆を見た。
総司「…ありがとう。…いただきます。」
総司がそう答えると、老婆は頭を下げて、部屋を出て行った。
総司はふと庭を見た。いつものように黒猫が寝そべっていた。
総司「…黒猫殿…どうですか?一緒に食事をしませんか?」
そう言って、膝を叩くと、黒猫はくいっと顔を上げてから、縁側へ飛び乗ってきた。
総司「このことは内緒ですよ。」
そう言いながら、総司は焼き魚を崩して、黒猫に与えた。黒猫はおいしそうにそれを食べる。
総司「…おいしいでしょう?…私も元気な頃は、とてもおいしく思えたのだけれど…」
総司はそう言いながら、黒猫に焼き魚をほぐしながら与えた。
総司「…申し訳ないけれど…もう何を食べても…おいしいと感じなくなってしまって…」
総司は罪悪感を感じながらも、黒猫に魚を食べさせた。…だんだん、自分の死が近づいている気がしていた。




