第51話
総司の療養所―
まだ肌寒いとはいえ、もう4月である。昼間はぽかぽかと暖かく、日向ぼっこにはちょうどいい季節になった。
総司は、少し具合がいいので、久しぶりに縁側へ座った。
中庭には、黒猫が寝そべっている。あたたかくなりはじめて、総司の膝にあまり来なくなった。
総司「気ままでいいなぁ。黒猫殿は。」
総司は庭で両手両足を伸ばして寝ている黒猫に言った。そして、何かを思い出したようにふっと顔を曇らせ
総司「私を看取ってくれるのは、そなたなのかもな。」
と、つぶやいた。黒猫は、顔を上げて沖田を見ると、ふっと目を細めてまた寝転んだ。
総司(そういえば…)
初めて礼庵と出会ったのは、今ごろではなかったかと思った。
総司(そうだ…桜が散りかけた頃だったな。)
……
小さな女児に刀を振り上げる浪人を見て、総司は思わず走り出していた。そして男が、門から飛び出してきてその女児を抱きしめ、浪人に背を向けたのを見た。
総司(斬らせてなるものか!)
総司は走りながら刀を抜き、逆袈裟に振り上げた。浪人が血を吹いて倒れたのを見て、やっと我に返った。
総司(…子供の前で…人を斬ってしまった…)
ふとそう思った。
女児を抱きしめていた男が自分に名を聞いたが、答える気持ちにはなれなかった。「新選組の者です」とだけ答え、中に入るように促した。総司は男が女児を抱え中に入ったのを背中で悟ると、あわててその場を去った。命を救うためとはいえ、子供の前で人を斬ったことがたまらなかったのだ。
その「男」だと思っていた人が、礼庵だった。
……
総司(…あの人は…来てくれるだろうか?…)
総司はぼんやりと考えた。…が、自嘲気味に笑って、首を振った。
総司(…それはないな。…私が江戸にいることすら知らないだろうし…。いまや私はお尋ねものだもの。)
総司は、湧き上がった期待を無理に消そうとしていた。




