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第38話

江戸 総司の療養所―


2人の男は、納屋の中へ入ってきた。はっきり、官軍だとわかる兵士の格好をしている。


兵士「ここに、侍がひそんどるちゅう、噂を聞いちょるが…」


兵士は総司を見て、あきらかに動揺しているようだった。

やせ細った体、その膝にいる黒猫…。とても「武士」には見えないようである。


兵士「…病人のようじゃが…名はなんと言う?」

総司「井上宗次郎です。」


総司はそう答えた。本当ならば、「沖田総司」と名乗りたい。…が、名乗ってしまうと、この家の主人に多大な迷惑をかけてしまう。

その時、後ろにいた兵士が「あっ」という表情になった。

そして、慌てて前の兵士に言った。


「ただの病人じゃ…帰りもそ…!」


前の兵士は不思議そうな顔をしたが、もう一度総司の方を振り返ると、少し首をかしげて出て行った。

総司は兵士達が出て行ってから、自分も首を傾げた。


総司「…案外、あっさりしたもんだ。」


そう言って、何もなかったように黒猫の体を撫でた。黒猫もいつの間にか、総司の膝でくつろいでいる。


……


兵士の1人は、京で総司に会ったのだった。

一目ではわからなかったが、「井上宗次郎」と名乗った時、総司の目が鈍い光を放ったのが見えた。

それを見て、思い出したのだった。


……


何年前だったか、新選組と尊攘派浪人の集団が鴨川の下で斬り合っているのを見たとたん、同じ討幕派である自分もその中に飛び込まずにはいられなかった。

…が、自分はあっさりと袈裟懸けに斬られてしまった。…それでも、相手の刀に脂が回っていたらしく、傷は浅かった。

浅かったが、痛みは想像を絶するものだった。


『…痛むだろう?』


斬られて斃れている自分に、1人の男がかがみこんで、そう声をかけてきた。


「ほっといてくれ。」


訛りを悟られないように、短くそう答えると、


『家族は?』


と、男が言った。


「いない」

『…好いた人は?』

「!!…」


驚いて一瞬言葉を失った。祝言は挙げていないが、一緒に住んでいる女が、その時確かにいた。

その女の顔が浮かんだ。


『…その人を悲しませてはなりませんよ。』


男がそう言った。


「情けねぇ…」


思わずそんな言葉が出た。同情されていると思ったのである。

男は、少し目を伏せ、そのまま立ち去っていった。


…その時は、まさかその男が沖田総司だとは思わなかった。


……


外へでた兵士は、総司のいる納屋に振り返った。


(…穏やかな顔…しちょった…。)


何かほっとした表情をして、やがて足早にその場を立ち去っていった。

もう1人の兵士も、慌てて後を追う。


……


その後、総司の療養所に官軍の兵士が来ることはなかった。

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