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第35話

江戸 総司の療養所―


総司は、床に伏せったままだった。

このところ、あまり具合がよくない。

咳も、一度出るとなかなか止まらない。


姉のみつは、最近、毎日のように来ている。

前までは、家の都合で来られない日があったが、今はそんな時でも、総司のことを優先するようになっていた。


総司「姉さん…帰ってくれていいよ。…私は、今日も一日…このままでいるから。」


総司は寝床から、横で縫い物をしている姉を見上げて言った。


みつ「今日は家へ帰っても何もすることはないの。…私に気を使わなくていいのよ。」

総司「…うん…。でも…」

みつ「私に気を使う元気があるなら、寝なさい。寝て、いっぱい元気を蓄えなくちゃ。」


総司は力なく笑った。


総司「…まるで子ども扱いだね。」

みつ「ふふふ」


みつも笑って見せた。


みつ「…子どもだもの…私にとっては。」


総司は微笑むと、そのまま目を閉じた。

みつは縫い物を続けようとしたが、ふと気づくと、総司の片方の手が布団から出ている。

春が近いとはいっても、まだ寒い。

みつは、そっとその手をとって、中へ入れてやろうとした。

その時、総司がみつのその手を握った。


みつ「…!…」


みつは驚いて、弟の顔をみた。

…が、当の弟は、目を閉じたままである。


みつ「…総司…」


総司はちらと片目だけを開いてにやっと笑うとまた閉じた。


みつ「…甘えん坊さん。」


みつは、涙が出そうになるのを堪えながら、そう言うと、


総司「だって…私は子どもなのでしょう?」


と総司が目を閉じたまま言った。


みつの目から涙がこぼれて落ちた。

が、総司が目を閉じたままでいるので、気づかれないように涙を払った。


総司「…寝るよ…なんだか…眠くなってきた。」


総司が目を開けずに言った。


みつ「…わかったわ…。」


みつがそう答えた。


総司がこう言うときは、「今から眠るから、帰ってくれていいよ」という意味合いをもっている。

何度か、総司に繰り返されるうちに、みつにもわかってきた言葉だった。

しかし、今日は総司が目を覚ますまでいるつもりだった。


夫がいつ江戸を離れなければならないのか、まだ聞かされていない。が、離れなければならない日が迫っているような気がした。

その日がくるまで、少しでも長く弟の傍にいてやりたい…とみつは思っていた。


みつ「おやすみ、総司。…姉さん、ちゃんといるからね。」


みつはそう言い、ずっと握っていた手を床の中にいれてやり、ゆっくりと離した。

そして、何事もなかったかのように縫い物を続けた。

…縫っているのは、総司の寝着である。

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