第32話
京 礼庵の診療所―
礼庵は、届けられた手紙を読んで、驚いていた。
礼庵「…総司殿が…!?」
総司が江戸にいるという、土方の手紙を受け取ったのである。
礼庵「江戸に…?…大坂で…松本医師に診てもらっているのでは…!?」
礼庵にとっては、衝撃だった。
ずっと、松本良順医師という優秀な医者の下にいるものと思っていたのだった。
礼庵「…江戸の…千駄ヶ谷…?」
礼庵は江戸の生まれだが、京でずっと過ごしていたために、すぐには総司のいる療養所の場所を理解できなかった。
礼庵「…とにかく…行ってみるしかない…。…土方殿が危険を承知で教えてくれたのだもの…」
新選組の幹部は、もはや官軍の「お尋ね者」となっている。それでも、総司の居場所を知らせてくれた土方の想いはどんなであっただろう…と思うと、礼庵は動かずにはいられなかった。
礼庵「…婆!!」
礼庵は思わず声を上げた。婆が礼庵の傍に走り寄ってきた。
婆「…婆にはもう覚悟はできております。」
礼庵が何も言わぬ間に婆がそう言った。
婆「…みさちゃんのことはお任せください。…この「婆」がちゃんと守って見せます。」
礼庵「…婆…」
礼庵の目に涙が溢れた。婆にはわかっていたのだ。礼庵がいつか京を離れることを。
「俺もいるよ。」
その声を聞いて、礼庵は驚いた。
なんと、玄関に「九郎」がいる。
礼庵「九郎殿!!」
九郎「いつかこの日が来ると思っていたんだ。…婆さんとみさちゃんは、この九郎がちゃんと守ってやる。…礼庵は、安心して江戸へ行くがいい。」
礼庵の目に再び涙が溢れた。
礼庵「格好つけなさんな。…九郎殿…。」
九郎は、泣きながら言う、その礼庵の言葉に苦笑した。
九郎「…俺は、沖田殿からあんたを守るように言われたんだ。…そして…死んだ中條にもな。」
中條の名を聞いて、礼庵の表情が暗くなった。
九郎「…でも…俺は江戸を捨てた身だ。それに、俺が傍にいたら…お2人の邪魔だろうしな。」
お2人とは、もちろん、総司と礼庵のことである。
その時、みさのすすり泣く声が礼庵の耳に届いた。
礼庵は思わず、ふすまを開いた。
みさ「…先生…おじちゃん…お願い…。」
礼庵「みさ…!」
礼庵はみさを抱きしめた。みさは堪えきれずに声を上げて泣いた。




