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第29話

総司の療養所―


みつが、食事をしている総司をじっと見つめている。

総司は無言で、ただただ食べていた。


みつ「…総司…どう?…味…濃くない?」


総司は、みつには答えない。ただ、食べている。

みつは何か不安になっていた。

食べてはいるが、実は口にあっていないのではないかと。

だから、何も言えずにいるのではないかと。


みつ「総司。…正直に言って頂戴。…味が合わないようだったら、また作り直すから。…ね。遠慮しないで。」


みつは一所懸命に言うが、総司はただ無表情に食べていた。


みつ「ねぇ…総司…。」


そうみつが畳みかけようとした時、総司の目から涙がぽろぽろとこぼれた。

そして、箸と碗を持ったまま、動かなくなった。

涙は、とめどなく総司の膝を濡らしている。


みつ「総司!?…いやだ…どうしたの?」


みつが驚いて、総司の持っている箸と碗を下ろさせ、濡れた頬を手ぬぐいで拭った。

総司は逆らうことなく、されるがままになっている。

それでも、溢れる涙が押さえきれなかった。

みつが何度頬を拭っても、総司の頬は濡れてしまう。


総司「…ごめん…。姉さん。」


総司が震える声で言った。


みつ「いいのよ。味が合わなかったのね。無理に食べなくてもいいのよ。」


みつはそう言いながら、総司の耐えることのない涙を拭き続けていた。


総司「違うよ。…違うんだ…姉さん。」

みつ「?」

総司「…子どもの頃に…食べた…姉さんの味を思い出したんだ…。」

みつ「…!…」


母親を早く亡くしたため、食事の用意は、みつと、総司のもう一人の姉、きんの仕事だった。

総司が思い出すのも仕方がなかった。


総司「…子どもの頃に食べたのと…同じ味だったよ。…変わらないね…姉さん…」

みつ「…そう…そうかしら…」


みつも思わず溢れる涙を、総司の頬をぬぐった同じ手ぬぐいで、自分の頬をぬぐった。


総司「…相変わらず…味…濃かったけれど・・」


総司が泣きながらそう言うと、みつは「やっぱり?」と言いながら、自分の目を拭った。


総司「でも、おいしかったよ…。とても…懐かしい味だった。」


みつは手ぬぐいで顔を塞いだまま、しばらく嗚咽をこらえるようにして泣いていた。

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