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余命わずかだからと追放された聖女ですが、巡礼の旅に出たら超健康になりました  作者: マチバリ
九章 最後の戦いと魔女の末路

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88話 地下牢での再会


 穴の中は思ったよりも広く向こうが見えないほどに長い。

 丁寧に作られているからか、足元も安定しており歩くのには何の不便もなかった。

 誰も声を上げずもくもくと歩き続けると、突き当たりに小さな扉が見える。

「俺が開けよう。ノース、何かあればプラティナを抱えて戻れ」

 アイゼンが扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。

 すると隙間から冷えた空気が流れ込んできた。濡れた石とカビの臭いが鼻を刺す。

「城にこんなところがあったなんて」

 扉を抜けた先はベックが言っていたとおり地下牢だった。石壁に石床。所々錆び付いた鉄格子。人気はないが、なんだかぞっとする場所だ。

 そっと足を踏みいれてみれば、地面はわずかに濡れている。

 水の音が聞こえるので、どこかに水路があるのかもしれない。

「誰もいないようだな」

「位置的に、一般牢じゃないみたいだね。人に会わせられないような特別な囚人を閉じ込めとく場所だから、今は無人なのかも」

 自分たちの声だけしか見えない空間を見回していると、一番奥の牢が何故か気になった。

「通路はこっち……えっ、プラティナちゃん?」

 駄目だとわかっていても足が止められなかった。

 無人の牢の前を抜け、奥の牢の前に立つ。

「……メディ!」

 そこにはメディが横たわっていた。

 綺麗なドレスは水と泥で汚れ、メディの身体もすっかり痩せてしまっている。

 いつも整えていた髪はぐしゃぐしゃで、お化粧だって剥がれてしまっていた。

「メディ! メディ!!」

「落ち着けプラティナ」

 鉄格子を掴んで声を上げるプラティナをアイゼンがなだめる。

「よくみろ。呼吸はある、死んではない」

 アイゼンの指摘にメディの肩をみれば、浅く上下しているのが見えた。確かに息はあるらしい。

 だがこのまま放置しておけば、間違いなく命に関わる。

「どうしてこんなことに……メディは女王の娘なのに」

 自分と違いずっと大事に甘やかされてきたメディ。

 いつだって綺麗な服を着て楽しそうに遊び回っていた。

 ツィンのことや巡礼の旅に追い出されたことへのわだかまりがないと言えば嘘にはなるが、こんな姿になっていることを喜ぶほど憎んでもいない。

「さあな。冷酷な魔女の考えはわからんよ」

「とにかく助けないと。お願いします、ここを開けてください」

「助けるの? この我が侭姫を?」

 ノースは嫌そうに顔をしかめる。アイゼンも同様だ。

「反対だ。助けてしまえばこのままにはしておけない。騒がれて兵士を呼ばれたらどうする?」

「それは……」

「このままにして、全部が終わったら救出すればいい。君は目的を忘れたのか」

 冷静な指摘に押し黙る。

 プラティナがここに来たのは、レーガを倒しこの国を取り戻すことだ。

 メディを助けることで、それがうまくいかなければここまで助けてくれた人たちの想いを無駄にすることになるだろう。

(でも、できない)

 いまここでメディを見捨てたら、きっとプラティナは一生後悔する。

 あとで助けたとしても一度見捨てたという事実に生涯苛まれるだろう。

「……ごめんなさい。あとでいくらでも怒ってください」

「おい!」

 プラティナは石床に座り込むと、両手を床に押し当てた。

 そして両手から地面を通し、メディに回復の力を流しこむ。

「……きゃあ!」

 メディの小さな身体がはね、勢いよく飛び上がる。

 混乱して周りを見回す仕草は酷く幼い。

「何、何なの……えっ、おねえ、様?」

 牢の中をぐるりと見回したメディはプラティナに気が付き目をまんまるにした。

 それから立ち上がると鉄格子にすがりつくように近寄り、プラティナに手を伸ばした。

「助けてお姉様!」

「メディ……いったい何があったの?」

「うっ、うっ……お母様が、お母様が……」

 ぼろぼろと涙を流しながら、メディは自分の身に起きたことを口にした。

 プラティナを巡礼の旅に出したことをレーガに伝えたら、激怒されたこと。

 ツィンと引き離され、この地下牢に閉じ込められ続けていること。

 食事も水も最低限で、まともに立っていることさえままならないこと。

「ごめんなさい、ごめんなさいお姉様。謝るから、助けて。お母様がずっとこわいの。私の身体を自分のものにするって……」

「えっ?」

 あまりにも不穏な言葉にプラティナは息を呑む。

「それってどういう……」

「神殿長が、ツィンのお父様がね、言ったの。お母様の身体はもうすぐ限界が来るから、次は私の身体を使うんだって。だから私はそれまで死なせないだけなんだって。どういうことなの? 何もわからないの。怖いの。お姉様、私どうなっちゃうの?」

 はらはらと涙を流すメディは年相応の少女でしかなかった。

 全身を震えわせ、未知の恐怖に怯えている。

「ずっとここに一人なの。誰も来ないの。食事だってパンひとつで、お腹も空いてるの、こわいよ、さみしいよ、死にたくないよぉ」

 ずっと、というのはプラティナが巡礼の旅にでてレーガが戻ってきてからなのだろうか。

 そうだとしたら、どれほど心細かったことだろうか。

 これまでずっと何かもを与えられ大切にされてきたメディが、その孤独と境遇に耐えられるはずがない。

 もっとも信頼していた母親により命を脅かされているという事実は、世界が壊れてしまうほどの恐怖だったに違いない。

「何を甘えたことを……プラティナはずっと神殿で今のお前のような暮らしをしてたんだ。それを追い出しておいて、よくものうのうと」

「あ、アイゼン、なんであんたが……!」

 プラティナの後ろにいたアイゼンに気が付いたメディが悲鳴を上げてのけぞる。

 それでもプラティナの手を離さないのは心細いからだろう。

「それはお前がこれまで散々好き勝手やってきた罰だと思え。死ぬのが怖い? お前は余命わずかのプラティナを旅に出して殺そうとしただろう。俺のことも始末するつもりだったはずだ。自分がやってきたことが返ってきただけだろう」

「ひいぃっ」

 メディの表情に絶望が滲む。

 反論などできるはずがない。すべて真実なのだから。

「でも、だって、こんなの……」

 いやいやと首を振るメディの弱々しさに胸が痛む。

 確かにメディのしたことは許されないことだ。

 特にアイゼンは、メディによって自由を奪われ呪いだってかけられていたのだ。いい感情などあるはずがない。

 それでも。

「ごめんね、アイゼン」

「プラティナ?」

 先にアイゼンに謝ると、プラティナはメディを安心させるように微笑みを浮かべた。

「大丈夫よメディ。お姉様が助けてあげるからね」

「おい!」

「プラティナちゃん!?」

 アイゼンとノースが目を剥くのがわかった。

 彼らの気持ちもわかる。だが、プラティナはメディを見捨てることはできそうになかった。

「お姉様……ほ、本当に?」

 メディ自身も自分ですがっておきながら酷く狼狽えていた。どうしてと描いてある顔をプラティナは優しく撫でる。

「いろいろあったけれど、私たちはこの世にたった二人の姉妹よ。あなたが不幸になったら、私はとても悲しいわ。あなたを見捨てたら、私きっと後悔するもの」

「……!」

 涙で濡れた顔がぐしゃりと歪む。

 肩を震わせたメディが、握りあった手に強く力を込めてくる。

 痩せて骨張った小さな手をプラティナは優しくその手を握り返した。

「ご……なさい、ごめんなさい、お姉様、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ」

「メディ……」

 手を繋いだまま、メディはその場に伏し大きな声を上げて泣いた。

 プラティナはその背中を優しく撫でてやる。

「その代わり、これまであなたが迷惑をかけた人たち皆に謝るのよ。許してもらえるまで、何度だって謝って、償いをしましょう」

「償い……」

 不安そうな声を上げたメディは視線を彷徨わせ、それからアイゼンをちらりと見た。

「大丈夫。アイゼンはねとっても優しいから。私も一緒に謝ってあげる」

「……おい、それは卑怯だろうが」

 はぁと大きな溜息を吐いたアイゼンが肩を落とす。

「まったく、君のお人好しぶりには驚かされる」

「ほんとほんと。よかったね、第二王女様、優しいお姉様で」

 メディは困惑したように何度も瞬きをしながら、アイゼンたちとプラティナを見比べた。

 そしてか細い声で「ごめんなさい」と絞り出すように謝罪したのだった。

 きっと今のメディにはこれが精一杯なのだろう。これで許してもらえるとは思っていないのが伝わってくる。それでも言わなければならないのもわかっているからこそ言葉にしたのだろう。これはきっと大きな一歩だ。

 アイゼンもそれがわかっているのか、許すとは言わなかったが、許さないとも言わなかった。

「えーっと、盛り上がっているところ悪いんだけど少しいい?」

「どうしましたか」

 鉄格子の鍵に触っていたノースが手を上げてプラティナたちを呼んだ。

「この鉄格子、魔道具だ。鍵と錠が対になってて、それじゃないと開けられないように制約がかかってる」

「私の力でも解呪できませんか?」

「できなくはないとおもうけど、かなり力を消耗すると思う」

「……」

 これからレーガと相対することを思えば、大量の力を使うのは避けたい。

 考え込んでいると、メディがすっと立ち上がった。

「か、鍵は神殿長が持ってたわ。お姉様は、お母様に会いにここまできたのよね? 私をここから出したら、お姉様は困るのよね」

 メディなりに今の状況を一生懸命考えているのだろう。

「わ、私ここで待ってる。ちゃんと待ってるから……あとで、絶対に助けに来てくれる?」

「メディ」

 不安そうに両手を組み合わせ、身体を震えわせながらも、メディは自分を置いていけと言っていた。

 これまでのメディならば考えられない成長だ。

「わかったわ。必ず迎えに来るから、待ってて」

「うん」

 心細いのを必死に押し隠しているのだろう、メディはがむしゃらに何度も頷く。

 連れて行ってあげたい気持ちもあるが、これからのことを考えればメディを同行させるのは危険すぎる。

 ここで待っていてもらった方がきっとみんなのためにいい。

(でも、このままなのも……どうしたら……あ)

 プラティナはふとあるもの存在を思い出した。

「ノース。あの、港町のギルドからもらった魔石を貸してくれませんか」

「魔石……ってあれを?」

「はい」

 不審そうな顔をしながらもノースは港町のギルドから預かってきたという魔石をプラティナに手渡した。

 プラティナはその中に、人を一人分だけ回復させることができる程度の魔力を込める。

「ここに私の魔力を込めたわ。あなたにも聖女の素養があるから、この魔石を使えば身体を回復できるはずよ。石に込めた魔力が尽きるまでには戻ってくるから、信じて待ってて」

 鉄格子越しに魔石を手渡す。

 メディはそれを抱きしめるようにして胸に当てると、ぐすんと鼻を啜りあげながらも頷く。

「これも持っていて。魔女の攻撃を一度だけ防げるそうなの」

 ベンナからもらった鏡も手渡してあげると、ようやく泣き止んでくれた。

「わかったわ」

 心細そうにこちらを見てくるメディに何度も励ましの言葉をかけて、プラティナはノースたちに背中を押されるようにして地下牢を出た。


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