86話 これまで歩んできた道
話し合いの結果、出立は翌朝と決まった。
ゴルドたちは酷く驚いて、ここでもっと準備をするべきだと提案してきたがプラティナたちは少しでも早くことを起こすべきだと判断したことを説明した。
「ツィンが戻ってこなければ、レーガはここにもっとたくさんの兵士をおくってくるでしょう。そうなれば皆さんが危険にさらされてしまう。私はそれが一番怖いんです」
ぐずぐずしている間にも新たな刺客がここを目指して出発するかもしれない。
ここにいる人たちだけではない、これまでプラティナを助けてくれた人たちだって危険にさらされるかもしれないのだ。
「アンバーに乗っていけば、一日で王都に戻れます。私、ヴェルディに会ってみようと思うんです」
ヴェルディの名前を出すと、ゴルドは何かを察したように大きく目を見開く。
そして力なく肩を下げて首を振った。
「せめてクルトたちが戻ってくるまでと思ったのですが……」
「みんなによろしく伝えてください」
「決意は固そうですな……わかりました」
説得しても無駄だとわかってくれたのか、ゴルドはしぶしぶではあるがプラティナの決断を認めてくれたようだ。
決して危険なことはしないようにと何度も言い含められた。
そして草の民に伝わるいくつかの魔道具を貸してくれた。
そのひとつは、龍から剥がれ落ちた鱗を砕いて生地に織り込んだ特別製のローブだった。
「このローブを羽織ると、存在が認識されにくくなります。魔力を隠してしまうのです」
「貴重なものなのではないのですか?」
「今、あなたに渡さなくていつ使うのですか? どうかご無事で」
そう口にしたゴルドの瞳はうっすらと濡れていた。ローブを手渡してきた腕は震えており、本当にプラティナを案じているのがわかる。
きっとゴルドはプラティナの母であるクリスタを送り出した時もこんな気持ちだったのだろう。
「……必ず。必ずレーガを倒して、また会いに来ます」
「お待ちしております」
「その時は……もっとお母様の話を聞かせてくださいね、おじいさま」
「……!」
ゴルドは息を呑み、それから無言で何度も頷く。
深い皺の刻まれた目尻から溢れる涙を見つめながら、プラティナはこの人のためにも必ず帰ってこようと誓ったのだった。
そして出立の朝。
龍の姿になったアンバーの背には、アイゼンとプラティナ、そしてノースの姿があった。
見送りにはゴルドをはじめ集落で親切にしてくれた人たちが揃っている。レンナやミリーの姿もあり、プラティナはアンバーの上から何度も何度も手を振った。
「じゃあ、行くよ!」
翼を大きく動かしアンバーがその身体を浮かせる。
最初に乗った時よりも安定した動きなので、ちっとも怖くはない。
風の強さに目を閉じ、次に開けた時には最後の聖地が小さく見えるほどに高く舞い上がっていた。
再び目にした世界の広さを感じながらプラティナは前を向く。
目の前には頼もしいアイゼンの背中があった。
「しっかり掴まっていろよ」
「はい!」
躊躇いなくその背中に手を伸ばし、プラティナは大きく息を吸い込む。
「戻りましょう、王都へ!」
アンバーの背に乗っての移動はあっという間だった。
山を越え、真っ直ぐに王都を目指したことでこれまで通り過ぎてきた様々な景色が見えた。
これだけの長い道のりを歩いてきたのだという感慨深さに浸っている間に、見えてきたのは最初に越えた城門だ。
懐かしさに心の中で大騒ぎしていると、アンバーはそれより少し手前の林の中にゆっくりと降りていく。
「プラティナ、大丈夫か」
「はい」
成長したことでアンバーの飛び方が安定したのか、最初に乗った時よりも疲れなかった気がする。
それでも地面に降りるとほっとした。
人目に付く前にとアンバーは元の龍の姿に戻り、プラティナの鞄におさまる。
アイゼンは周りを気にしながらノースに声をかけている。
「落ち合うのはここでいいのか?」
「うん。もうそろそろ……あ、来た」
明るい声を上げノースが手を上げた。
視線の先を追えば、懐かしい人たちがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「やぁ、久しぶり」
「セインさん!」
すらりとした金髪の青年、もとい冒険者のセインがいた。後ろには何人かの冒険者がついてきている。セインの隣にはギルドマスターのガゼルもいて、なかなかの大所帯だ。
「久しぶり~」
「相変わらず元気だね、ノース」
「セインこそぜんぜん変わらないじゃん」
ノースとセインは親しげに言葉を交わしており、他の冒険者もそれに加わってとても楽しげだ。
ガゼルはノースに声をかけたのち、こちらに歩いてきた。
「久しぶりだね、プラティナさん。いや、聖女様」
礼儀正しい挨拶に、プラティナも頭を下げる。
「久しぶりです。以前はお世話になりました」
「いや。しかしまさかあなたが聖女様だったなんてな。そこの騎士殿にすっかり騙されたよ」
騎士殿と呼ばれたアイゼンは口をへの字にしてから軽く肩をすくめて見せた。
「騙したのは悪かったが、あの時点で事実を告げるわけにはいかないからな。過程は違ったが、結果は同じだったんだしいいだろう」
「まあ、そういうことにしておこうか」
さらりと話を切り上げると、ガゼルがプラティナに向き直る。
ノースとセインたちも近づいてきた。
「いろいろと話したいことはあるが、急いでいるのは承知している。あの城門を抜け、あまり騒ぎにならないように王都の神殿に行きたいということで合っているかな」
「はい」
頷けばセインも応えるようにしっかりと頷く。
「声をかけてくれてよかった。今は、何を警戒しているのか城門とその付近の警備が厳しくなっているんだ。もし先ほどの手段で城門を越えていたら大騒ぎになっていたことだろう」
ガゼルの視線がアンバーの収まっている鞄に向けられる。
どうやら飛んできたところを見られていたらしい。
「えっと」
「追及はしないから安心してくれ。ここは森も深いし城門側からは死角だから、見えてはいないはずだ」
「よかった……」
安堵の息を吐いていると、アイゼンがガゼルとプラティナの間に身体をすべりこませてきた。
そしてまるで隠すように立ちはだかる。
「これからの計画は」
「君たちは見習い冒険者という形を取って王都に入ってもらう。城門を抜けたら、森の中に馬車をまたせてあるからそれに乗って一気に王都の神殿まで行ける」
「さっき、城門の警戒が厳しくなっていると言っていたが、問題はないのか」
「城門に俺の知り合いがいて話は通してある。急ぐんだろう? 残りは歩きながら話そう」
城門までは歩いて半刻ほどかけるということだった。
ガゼルとセインは、あの街を出てからのことを何かと聞きたがったので、話せる部分をかいつまんで聞かせれば、感心したり驚いたりといろいろな表情を見せてくれた。
「実は君たちが浄化した谷の話は聞いていたんだ」
「えっ」
「あの谷で悪事を働いていた連中は、これまでも同じようにいろいろな人々を苦しめていてね。君らが頑張ってくれたおかげで、本当に助かった。今、あの谷は再建に向かっているという」
「そう、だったんですね」
ホッと胸を撫で下ろしていれば、セインが後ろから声をかけてきた。
「君たちが町の水源を浄化してくれたおかげか、他の土地では病が流行っているというのに僕らの町は平穏そのものなんだ。きっと、聖女様の力が守ってくれたんだね」
「ええ……ですがそれは」
「君ならありえるな」
「ありえるね」
否定しようとするも、アイゼンとノースが先に肯定してしまうのでプラティナは再び頬を膨らませることになった。
そうこうしていると、城門がすぐそこに見えてきた。
大きな門の左右に立つ兵士がこちらに気が付いたのか胡乱げな視線を向け来る。
前にも同じようなことがあったと思いながら、ゴルドに託されたフードを被りなおしていると、兵士の一人が「あ!」と大きな声を上げた。
アイゼンたちに緊張が走る。
「おい、話は通してあったんじゃないのか。あれはお前の知り合いか」
「いや……俺が話をつけておいたのは別の奴だ」
「どうする。一気に抜けるか」
すわ荒事かという気配に場の空気が硬くなった。
だがそれを遮ったのは他の誰でもない、声を上げた兵士だった。
「君たち! 戻ってきたのか!」
「えっ?」
兵士の表情は喜色に満ちており、とても親しげにアイゼンとプラティナに手を振ってくる。
(だ、誰?)
混乱しながらも敵意は感じないことから門に近づいていけば、兵士が勢いよくアイゼンに向かって手を伸ばしてきた。
「いつぞやは助かった! もらった薬のおかげであれから身体の調子がすごくいいんだ」
「あ……あああ!」
アイゼンがらしくない声を上げる。
その声と態度にプラティナもまた「ああ!」と声を上げた。
「もしかして、あの時、お腹を壊していた兵士さん、ですか?」
最初にこの城門に来た時に、今にも倒れそうだった兵士の一人と面影が重なる。
あの時は頬も痩けていたし、倒れそうなほど痩せていたので気が付かなかった。
「そうさ。いやぁ、旅は終わったのかい? よく戻ってきたね」
にこにこと嬉しそうな兵士の声に反応してか、城門の奥からぞろぞろと人間が出てくる。
彼らはプラティナたちに気が付くと口々に感謝の言葉を伝えてきた。
曰く、置いていった薬のおかげで長年の腰痛が治ったとか、家族が身体を壊したからと田舎に帰ることになった兵士にわけてやったら、その家族が回復したとか様々だ。
「また会えたらお礼を言おうと思っていたんだ」
その言葉にじんわりと嬉しさがこみ上げてくる。
「ガゼルが一緒ってことは何かの依頼を受けて王都に行くのかい?」
「あ、ああ。薬を届けに行くんだ」
アイゼンが話を合わせれば、兵士は得心がいったように何度も頷く。
「なるほどだ。だったら早く行ってやってくれ、王都の中じゃいろんな病が流行っているらしい。それに治安も悪化してるそうだから、充分に気をつけるように」
「あ、ああ」
「もし何か困ったことがあれば、ここに来てくれれば安全だ。どうか無事を祈っているよ」
兵士たちは口々にアイゼンとプラティナを案じてくれた。
王都の中でも比較的安全と言われている地区を教えてくれたり、伝わってくる噂などをあれこれと教えてくれた。
そして、通行証のチェックすらされずに無事に城門を抜けることができたのだった。
こちらの姿が見えなくなるまで手を振ってくれた兵士たちに見送られ、丘を越え林に入る。
ようやく一息付けるところまで来たところで、プラティナはこみ上げてくる感情を噛みしめるように両頬を自分の手で押さえた。
(嬉しい)
あの時したことが、まさかこんな形で自分たちに返ってくるなんて想像もしなかった。
手を貸した彼らがあんなに健康で、プラティナたちの無事を願ってくれたことが、とても嬉しい。
「聖女様は本当にすごいですね」
「でしょう」
「なんでノースが自慢げなんだよ」
驚きを隠しきれないセインにノースが胸を反らしてみせる姿すら微笑ましい。





