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余命わずかだからと追放された聖女ですが、巡礼の旅に出たら超健康になりました  作者: マチバリ
八章 最後の聖地と恋心

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幕間 主を亡くした騎士の願い


「ヴェルディ、どうかプラティナを守ってあげて。そして、私が果たすべきだった役目を、あの子に伝えて……」

「クリスタ様……!」

 今にも消えてしまいそうなクリスタの姿に、ヴェルディは涙を流す。

 どうにかして助けたいのに、何の力もないことが歯がゆくてたまらなかった。

「いかないでくれ、クリスタ!」

 その傍ではクリスタの夫であるシャンデの国王が悲痛な叫びを上げている。

 クリスタもまた国王の手をきつく握っており、二人の絆がどれほど強いかを見せつけられているようだった。

(ああどうして。龍よ、どうしてこの人を私から奪うのだ)



 草の民として生まれたヴェルディは、仲間の中でもひときわ恵まれた体格を持っていた。

 戦いでは負けたことがなく、師であったゴルドに教わったことで学問にも精通でき、いずれは里を率いる長になると見込まれていた。

 だが、そんなヴェルディの人生はある一人の少女との出会いで一変する。

 師であるゴルドの娘にして、龍に選ばれた巫子、クリスタ。

 聡明で優しい彼女にヴェルディは心を奪われた。恋や愛のような陳腐な感情ではない。献身であり敬愛……もはや崇拝というしかないほどの想いを感じた。

「お前は、龍の巫子と対であらわれる龍の騎士なのかもしれないな」

 自分の感情を理解できずゴルドに相談すれば、そのようなことを教えられた。

 龍の巫子があらわれる時には、それを守るための対存在である龍の騎士が生まれることがあるらしい。巫子を守り慈しむ護衛騎士。ヴェルディが強く賢く生まれたのは、クリスタを守るためだったようだ。

 人生のすべてをかけてクリスタを守る。ヴェルディはそう心に誓った。

 美しく成長するクリスタを傍で見つめているだけで幸せだった。

 ずっと一緒に生きていく。そう信じていたのに運命は残酷だった。

 クリスタはシャンデの王太子に出会い恋に落ちた。

 いずれ復活する龍の存在を国民に伝えるためにもと、クリスタは彼と結婚すると決めてしまったのだ。

 幸せそうに微笑むクリスタからその事実を伝えられた時の喪失感は、今でもヴェルディの心を苛んでいる。

 もう護衛騎士としては傍にいられないと言われた。

 シャンデに嫁ぐクリスタは草の民である事実を隠し、どこかの貴族の娘となるからだと。

(いやだ。そんなことは許されない)

 ヴェルディのすべてはクリスタのものだ。クリスタが幸せになるために自分の人生を捧げると決めたのだから、今さら離れることなど考えられない。

 だからヴェルディはクリスタがシャンデの王家に嫁いだのを見届けてすぐ、仲間を捨てシャンデの王都へと走った。

 有り余る才能を使い、後継がいない貴族に取り入り養子になることに成功した。

 そしてがむしゃらなまでの努力を重ね王城の文官になり、出世するためには何でもやった。

 高官としてようやくクリスタに再会できた時は、涙が出るほどに嬉しかった。また傍に仕えられる。その喜びで胸がいっぱいになる。

 王太子妃となったクリスタは、巫子であった時よりも美しく洗練された姿になっていたが、その心根は何も変わっていなかった。

 ヴェルディとの再会を心から喜び、努力を褒めてくれた。

 王太子は少し複雑そうな顔をしていたが、すぐにヴェルディの実力を認め、いつしか右腕として信用してくれるほどの関係になった。

 少し気が弱いところはあるものの、優しい心を持った王太子は立派な人物でヴェルディはすぐに彼のことも支えるべき主だと思うようになっていた。

 そして月日を重ね、王妃となったクリスタは懐妊し、プラティナが産まれた。

 こんなにも美しく可愛らしい赤子がいるのかとヴェルディは驚いた。

 クリスタと国王、そして王女プラティナ。

 彼らを支え、護ることこそがヴェルディの使命になった。

 それが、ヴェルディの人生でもっとも幸せな時間だった。

 だが。

『このレーガを側妃に迎えることとなった』

 登城してきたレーガを見た瞬間、ヴェルディは酷く不愉快な気持ちになった。

 美しい女ではあるがどこか毒々しく、傍にいると息苦しい気がしたのだ。

 クリスタという完璧な王妃がいるのに、何故か国王は有力貴族の娘であるレーガを側妃にすると言い出した。

 宰相に上り詰めていたヴェルディはそんな必要はないと何度も国王に進言したが、彼は頑なだった。

 高位貴族たちも何故か揃ってレーガを推しており、政治的にも断れる状況ではなくなっていった。

 クリスタは悲しげな顔をしていたが、その頃少し身体を壊していたこともあり、国王の決断を受け入れてしまった。

 もしあの時、どんな手段を使っていても抵抗していればとヴェルディは悔やむことになる。

 側妃となったレーガは最初はおとなしかったものの、クリスタが病で表舞台に立てなくなると、まるで自分が王妃であるかのように振る舞いだした。

 どんなに窘めても振る舞いを改めなかったし、国王もレーガを諫めるふりさえ見せない。

 何かがおかしいと感じたが、それよりも日々弱るクリスタが気がかりで、ヴェルディは仕事以外の時間をすべてクリスタと幼いプラティナに費やしていた。

 そのうちにレーガもまた娘を産み、ますます増長していく。

 周りは何故かそんなレーガに従うばかりで、ヴェルディはクリスタとプラティナを守るために必死だった。

 クリスタの回復だけを願っていた。

 だが病は確実に彼女の身体を蝕んでいた。

 草の民として自然の中で生まれ育った彼女は、王都で生きるには弱すぎたのだ。

「どうか早くお元気になってください」

「……そう、ね」

 力なく笑ったクリスタは、この時にはもう覚悟を決めていたのかもしれない。

 まるで花が散るようにクリスタは身体を弱らせていき、ヴェルディと国王が見守る中、眠るように息を引き取った。

 幼いプラティナは何が起こったのかわからないなりに、動かなくなった母の身体にすがりついて泣いていた。

 悲しみに暮れていたヴェルディは、気付なかった。

 クリスタの死を待っていた魔女の存在に。

『あはははは! ようやくくたばったな目障りな巫子め!』

 不愉快な高笑いがクリスタの墓前で響く。

『これで妾の邪魔をするものはいなくなった。手始めにお前だ。あの女がもっとも信頼してたお前を、妾の臣下にしてやる』

 何を、と叫ぶ間もなく何かを胸に打ち込まれた。それがレーガの呪いだと気が付いた時には手遅れだった。ヴェルディの心と身体は完全に切り離されてしまった。

 心は常にクリスタの死を悼み、レーガを憎んでいるのに、命令に逆らえない。

 操られる側になったことで、国王や高官たちも同じように操られていることにも気付いた。

 そのうちに心も鈍感になり、レーガに従うことだけが生きる術だと思うようになってしまった。

 レーガは大地から吸い上げた魔力を使いこの国を掌握していった。

 夫である国王が死ぬと慣例を打ち壊し自分が女王の座におさまり、本来ならば王位を継ぐはずのプラティナを神殿に追いやったのだ。

 涙を目にいっぱい浮かべ何度もこちらを恋しそうに振り返るプラティナの姿を見た時、ヴェルディはもはや何も感じなかった。

 どれほどの時が経ったのかわからない。

 ただ生きているというだけの日々が重なり、ヴェルディは考えることすら放棄していた。

 だが。

『お姉様には聖女を引退してもらおうと思うの。協力してちょうだい』

 無邪気に、そして残酷にプラティナの排除を提案してきたのはレーガの産んだ娘であるメディだった。

 そんなことができるはずがないと機械的に答えたヴェルディだったが、数年ぶりに聞いたプラティナの名前に何故か心がざわめいた。

 大切なものを忘れたのかと魂が叫んだのだ。

『お姉様ってばいつも神殿で倒れているのよ。それを理由に城に連れ戻すから、適当な理由をつけて国外に追放しちゃいましょうよ』

 名案だとばかりにメディは勝手な計画を口にする。

 ただ追放するのでは面白くない。もっと劇的な何かはないかとヴェルディに意見を求めた。

 ――巡礼。

 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、ずっと虚空を漂っていたヴェルディの意識がはっきりとしていくのを感じた。

 草の民が守り続けてきた龍が眠る聖地。クリスタが今際の際に口にした「果たすべき役目」という言葉が鮮やかに思い出される。

 どうして今まで忘れていたのだろうかと自分を責めた。だが後悔する暇はない。

『巡礼! いいわ!! すごくいいじゃない!』

 メディは一も二もなくヴェルディの案に乗ってきた。メディはレーガの本性など知らないのだから当然だろう。

 レーガの目を盗み、計画を練り、実行に移した。

 神殿からようやく連れ出すことができたプラティナは本当に今にも死にそうなほど弱っていて、許されるのならば大切に手元で介抱してやりたかった。

 だが王都から出すまでは油断はできない。

 身ひとつで追い出そうとしていたメディに「それでは示しが付かない」と遠回しな説得をし、最低限の荷物と護衛をつけさせた。

 護衛に選んだ騎士は呪われた身であったが実力はあると感じていた男だった。

 彼には申し訳ないと思ったが、巡礼の旅につきそいプラティナを守るように命じた。そしてその死を見届けよと命令した時、メディはほくそ笑んでいたが、ヴェルディの考えは違った。

 巡礼の旅をはじめればプラティナはレーガから魔力を奪われることもなくなり、すぐに健康になるだろう。だから簡単に死ぬことはない。そして護衛を命じられた騎士自身はプラティナを害することはできない。

 もしレーガがこの企みの真意に気が付き追っ手を放ったところで、護衛は命がけでプラティナを守るしかないのだ。

(どうか私の代わりにクリスタの宝を守ってくれ)

 クリスタが長い時間をかけて作っていた目覚めの聖句を持たせ、プラティナを巡礼に送り出した。

 戻ってきたレーガは案の定、怒りに我を忘れた。

 メディのしでかしに激怒しプラティナを奪還することに気を取られ、ヴェルディの企みにはまだ気が付いていないようだ。

 草の民であるヴェルディは感じていた。

 大地に眠っていた龍がレーガの呪縛から解放されつつあるのを。

 力の供給源を失ったレーガの呪いは着実に弱っており、ヴェルディのように己の意志で自我を取り戻す者も増えている。

 あと少し。あと少しだ。

「クリスタ。このみじめな俺をどうか見守ってくれ」

 もう騎士と名乗ることさえできぬ自分の醜さを呪いながら、ヴェルディはその時をずっと待っていた。


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