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余命わずかだからと追放された聖女ですが、巡礼の旅に出たら超健康になりました  作者: マチバリ
八章 最後の聖地と恋心

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81話 宴から逃げた先で


 案内された集落は砂漠のオアシスを利用して作られた、和やかな場所だった。

 草の民の大半はここで暮らしており、のこりは国内外を旅してまわっているのだという。

 青々とした草木を使って作られた高床式の建物の中はひんやりとしており、すぐそこが砂漠であることを忘れそうだった。

「……この子があの龍だとは」

「びっくりですよねぇ」

「えへへへ」

 ゴルドたちと向き合うように座ったプラティナの横には人の姿になったアンバーがちょこんと座っていた。

 龍として覚醒した姿のまま集落に入れば、大騒ぎになることは間違いないので、人の姿になってもらったのだ。

 肉体と力が一気に成長したものの、中身はこれまでのアンバーとほとんど変わっていないため、まるで仔猫のように部屋の中をきょろきょろ見回したり、目が合った相手に微笑みかけたりと忙しそうだ。

 この集落で落ち合った草の民は怪訝そうな顔でアンバーとプラティナを見ているが、あの場にいた人たちは皆アンバーを真剣に見つめていた。

 それはそうだろう。

 彼らにとってアンバーはずっと待っていた、信仰する存在そのものなのだから。

「つまり、我らの青龍は役目を終え大地に還ったのですね」

「驚かないのですか?」

 すべてを説明したプラティナは、てっきりゴルドたちがショックを受けると思っていたのだが、その態度は想像よりずっと落ち着いていた。

 悲しんでいる者もいたが、嘆いているというほどではない。

「龍の復活に関しては、いろいろな説がありました。その中でもっとも有力だと考えられていたのは、新たな肉体を得ての復活でした。まさか、次代に魂を繋いでいたとは思いませんでしたが」

 座っているのに飽きたのか、プラティナの膝に頭を乗せて甘えはじめたアンバーをゴルドは愛しげに見つめた。

「最初に姿を見た時、もしやとは思ったのです。我らは龍からずっと恩恵をうけてきました。その子から、同じような気配を感じた」

「そうだったのですね」

 アンバーの姿をはじめて見た時、ゴルドが少し驚いたように目を見開いていたのは気のせいではなかったらしい。

「確信したのはここまで共に飛んだ時です。聖地には魔物は近寄ることができない。ですが、その子はたやすく空中を舞い、降り立った。青龍に縁がある存在であることは間違いないと」

「どうして教えてくれなかったんですか?」

 もし先に説明してくれていたら、プラティナはもっと青龍と話ができたかもしれないのに。

「その子が青龍の子ではなく、一部だと考えたからです。もしそうならば、最後の祈りを捧げたことで消えてしまう可能性を考えた」

「……!」

 思わず息を呑めば、ゴルドが申し訳なさそうに顔を伏せた。

「君がその子を慈しんでいるのは感じていた。真実を知り、巡礼を渋るのではないかと思ってしまったんだ。本当に失礼なことをした」

 深々と頭を下げたゴルドに他の人々も倣う。

 プラティナは慌ててやめてくださいと声を上げる。

「謝らないでください」

 彼らにとって巡礼による龍の復活は悲願だったことだろう。

 プラティナが祈りを捧げなくなる可能性は、少しでも排除したかったのは少しだけ理解できる。

「こうしてアンバーは無事でしたし、龍は復活しました」

 青龍が完全に大地と一体化し、新たな守り神であるアンバーが復活したことで、滞っていた大地の流れが一気に正常化したのがわかる。

 砂漠だった地面もだんだんと緑を取り戻し、今この国で起こっている天変地異も少し収まっていくことだろう。

「まさか、こんな日が来るなんて」

 老齢の人々が声を震わせた。ゴルドの目にも涙が滲んでいる。

「プラティナ……いいえ、プラティナ様。アンバー様と共にどうか我らをお導きください」

「えっ、ええ」

 一斉に頭を下げられ、プラティナは狼狽えきった声を上げる。

 空気の濃度がぐっと高まり息苦しくなった。

 真剣すぎる声と視線から逃げられる気がしない。

「あなたはこの国の真の王でもある。どうか、どうか……」

「ま、まってください!」

 まさかそこに話が飛ぶとは考えていなかったプラティナは助けを求めるように、アンバーとは逆隣に座っているアイゼンに視線を向けた。

 だがアイゼンは涼しい顔でゴルドたちを見たままだ。

「アイゼン、どうにかしてください」

「事実だろう? 君はこの国の王女で唯一の王位継承者だ。そして先代の龍の巫子の娘で聖女……もう少し自覚を持て」

「自覚って」

 てっきり何かうまいことを言って助けてくれるかと思ったのに、アイゼンはゴルドたちの意見を押しているかのような態度だ。

 じわりとした不安で息が詰まる。

 役目を終えたことでアイゼンとこれまで通り過ごせなくなるのではないかという未来を想像してしまったからだ。

 離れてしまうのだろうかと瞳を潤ませかけていると、アイゼンが盛大な溜息をこぼした。

「もっと偉そうにしていろということだ。君はこれから王都に戻ってレーガを打ち倒すんだ。自分が一番偉くて強いという顔をしていろ」

「えっ、ええ?」

「呑気な聖女様でいる君も悪くないが、多少は威厳が有った方が民衆を動かしやすいぞ。しっかりしろ!」

「は、はい!」

「そうだな……唇を引き結んで目は半目にしろ。そしてなるべく表情を消すんだ。偉そうにするよりも、神秘的な方向の方が君に合っている」

「わかりました!」

「声を張り上げるな。背中を真っ直ぐにして黙ってみろ」

「はい!」

 想像もしていなかった方向の指導に従い背筋を伸ばしたり表情を作っていれば、アイゼンがくくっといつものように悪戯っぽく笑った。

 ゴルドたちは目をまんまるにしてプラティナを見つめていたし、アンバーは楽しそうに目を細めていた。

 先ほどまでの息が詰まりそうな空気はもうない。

「よし、いい感じだ」

「ほんとですか!」

「ああ。荘厳な聖女様に見えなくもなかったぞ」

 大きな手がくしゃりとプラティナの頭を撫でてくれた。

 不安だった思いが一気に吹き飛ぶ。

 やっぱりアイゼンはプラティナの一番の味方だ。

 これからもずっと一緒にいてほしい。何があっても傍にいてほしい。

 そんな気持ちに浸っているとゴルドが咳払いをして、返答を求めるように呼びかけてきた。

「プラティナ様」

「あ、ごめんなさい! 私、確かにいろいろな肩書きを持ってますが、今見ていただいた通り中身はこんなんなんです。皆さんを導くってのはあんまりむいてないかも」

 えへへと言いながら肩をすくめて見せる。

「そのかわり、ちゃんとこの国を取り戻してみせます。そのあとのことは……全部終わったら考えるので待ってもらっていいですか?」

 あまりにも曖昧な返答だったが、いまのプラティナにはこれが精一杯だった。

 まずレーガからどうやればこの国を取り戻せるのかわからないし、考えなければいけないことがたくさんある。

 未来の話は一旦横に置いておきたい。

「……わかりました。年を取ると、どうも急いていけませんね」

「ありがとうございます」

 素直に受け入れてくれた姿にほっと胸を撫で下ろしていると、ゴルドの後ろにいた青年が「でも!」と大きな声を上げて立ち上がった。

「どうか今日は祝わせてください! 僕たちの長年の願いが叶ったことを、みんなで祝いたいんです」

「そうだ! 復活祭だ!」

「おおお!!」

 一気に喝采を上げはじめた草の民を止める術はプラティナにはなかった。

 あれよあれよという間に集落の中心にある広場に櫓が組まれ、火がおこされたかと思ったらどこから持ってきたのか果物とか肉がどんどん並べられて宴がはじまってしまった。

 もっとおとなしい人々かと思ったが、わりと行動的なのだなと妙なところで感心してしまう。

 最初は戸惑っていたプラティナも、皆の楽しそうな様子につられてだんだん楽しい気持ちになってきた。

 ずっと隣にいてくれているアイゼンも止めようとする気配はない。

「これは砂漠に咲くサボテンの実なんですよ」

「こっちは、砂サソリの肉です。さっぱりして美味しいですよ」

 次から次に見たこともない食べ物がプラティナの前に積み上げられていく。

 どれから食べようかと迷っている間に、アンバーが吸い込むように食べていくものだから、いつしか取り合うように食事に舌鼓を打っていた。

 気が付けば空には星が瞬いていた。

 堅い木の実の中の蜜を発酵させてつくったという酒を嗜む大人たちの陽気な姿を見つめながら、甘くてみずみずしい赤い果実を食べていたプラティナは、ふとさっきまで隣にいたアイゼンがいないことに気が付く。

「あれ、アイゼンは?」

「さっきあの女の人と一緒にあっち行ったよ」

 お腹いっぱいなのかうつらうつらと船をこぎはじめていたアンバーが口にした言葉にプラティナは冷や水を浴びせられたような気持ちになる。

「女の人、って」

「砂漠に着いた時に、アイゼンと喋ってた金髪の」

(レンナさん)

 美しい彼女の姿を思い出し、プラティナは浅く呼吸をする。

 周りの人々は完全に盛り上がっており、プラティナが姿を消しても問題なさそうだった。

 アンバーにここにいてと声をかけ、そっとその場を抜け出す。

(どこだろう)

 酷く気持ちがざらついていた。

 早く見つけないとという焦りで手のひらが汗ばむ。

 そして、櫓の炎が作る光がかろうじて届かないくらいの場所に見慣れた背中を見つけた。

(アイゼン……!)

 早足で駆け寄りかけたプラティナだったが、その向こうにレンナが立っているのを見かけ思わず足を止める。

 見つめあう二人からはただならぬ空気に包まれていた。

「ずっと探してたの」

 レンナの声だ。

 盗み聞きなんて良くないと思うのに、足が動かなくなる。

「みんなのことを知って、ずっとアイゼンのことを探してた。風の噂で黒騎士なんて呼ばれてるのを知った時は驚いたわ」

「昔のことだ」

 アイゼンの声はいつもよりずっと低くて冷たい。

「あなたたちが大変だった時に傍にいられなくてごめんなさい。一人気ままに生きてた自分が恥ずかしい」

 レンナの声は涙に濡れていた。

(ああ……)

 きっとアイゼンの過去に起きた出来事にレンナは巻き込まれなかったのだろう。

 そして彼女はそれをずっと悔いていた。

「気にするな。お前が好きな男を追いかけて姿を消した時は驚いたが、元気そうでやってるならあいつらだって喜んでるさ」

優しい声だった。

 レンナの肩を慰めるように撫でているのが見えて、心がざわつく。

優しくしないで。そこはプラティナの場所なのに。

 そんな自己中心的な考えが頭を満たしていくことに、プラティナは酷く混乱する。

「……あなた、変わったわね」

「そうか?」

 アイゼンが軽く肩をすくめた。レンナは涙を拭いながらそんなアイゼンをまじまじと見上げていた。

「昔からずっと可愛げがなくて、黒騎士って呼ばれるようになってからは目だけで人が殺せるくらい怖いって話しか聞かなかったのに……」

「何だそれは」

「ほんと、変わったわ。いい男になりすぎよ」

 レンナがアイゼンの胸元をとんと殴った。

 甘えるようなその仕草に、頭の芯がかっと熱を持つ。

「っ……」

 それ以上見ていられず、プラティナはその場から踵を返して逃げ出した。



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