78話 アンバーに乗って
クルトが言っていた小屋は思ったよりも広く、全員がゆっくり休めることができそうだった。
食事は携帯食料が中心だったが、みんなで火を囲みながら食べたのでとても美味しくて、これから最後の巡礼に向かうのだという緊張が少しだけ和らぐ。
あまり疲れは感じなかったが、寝袋に入ると驚くほどすぐ眠気に襲われ、気が付いた時には朝になっており、びっくりするほどよく眠れた。
山下りは上りよりも順調で、日暮れ前どころか夕刻には砂漠の手前まで辿り着いてしまった。
クルトはずっとびっくりした顔をしていた。
「こんなになにごともなかったのははじめてです。獣どころか、魔獣の類いにもぜんぜん遭遇しませんでしたし」
「本当にな。この時期は繁殖期の狼がうろうろしているんだが、鳴き声ひとつ聞かなかったぞ」
プラティナはちらりとアンバーを見る。
山登りをする前にアイゼンから言われていたことを思い出したのだ。
『アンバーの本性があれほど大きな龍なら獣の心配はほぼないだろう。奴らは匂いと波動で外敵を嗅ぎ分ける。龍に刃向かう生きものなどいないさ』
最初はこんなかわいいアンバーを怖がる獣がいるかと不安になったくらいだったが、言葉通り何にも遭遇しなかった。
言われたとおりになったことに感動しつつアイゼンを見れば、ノースとゴルドと共に地図を覗き込んで何やら相談をしている。
「どうしました?」
「この先のルートについて少しな」
珍しく言葉を濁したアイゼンの態度を不思議に思いノースの方を見れば、彼もまた眉間に皺を寄せていた。
「何か問題があったんですか」
「そうらしいんだ」
「?」
こちらも歯切れが悪い。
するとゴルドがプラティナに近づいてきた。
「実は砂漠を越えるための道具をこの岩場に隠していたのですが、それが消えているのです」
「ええっ!」
「最初は場所を間違えたのかと思ったのですが、どうやらそうではなく何者かが持って行ったようで」
「何者かって……」
「それだけじゃなくて、草の民が迷わないようにって作っておいた目印まで壊されてるらしい」
ざっと血の気が引く。
それはかなり危ない状態なのではないかだろうか。
「安心しろ。周辺に異常はない。すでに犯人は移動したあとだ」
「いったい誰が」
「ただの物取りかたちの悪い冒険者の仕業か……それとも……」
レーガが寄越した刺客か。
嫌な予感に息が詰まりそうになる。
「とにかく砂漠をこのまま進むのは危険だ。どこかに潜んで待ち構えている可能性もある」
「こっちは砂漠に不慣れだからね。相手の正体がわからないってのはほんと駄目」
二人がほぼ意見を揃えたことにゴルドたちの表情も硬くなる。
短い間ではあったが、一緒に山越えをしたことでアイゼンとノースがそれなりに実績のある冒険者だというのは感じていたのだろう。
その二人が危険だという断じたというのはよほどのことだ。
「でも、ここにずっといるわけにはいきませんよね」
「ああ。だからルートをどうすべきか話し合っていたんだ」
近くにあった岩の上にアイゼンが地図を広げる。
「本来ならばここから真っ直ぐ砂漠を突っ切って進むのが最短ルートだ。途中に休憩できる岩場もある。だが、ここに潜まれていたら囲まれてしまう」
「んで、もうひとつのルートがかなり遠回りだけどここから南回りに進むルート。さっきの倍は時間がかけるけど草の民しかしらない道だから危険は少ない」
選ぶべきはノースが示したルートなのだろう。
だが。
「もしここで荷物を荒らし目印を壊した連中がレーガの手のものであれば、聖地にいる仲間が危険です。一刻も早く戻らなければ」
「そこなんだよねぇ」
真剣なゴルドにノースが腕を組みながら頷く。
「俺たちとしてもあまり長い時間はかけたくない。こちらは砂漠に慣れていないからな」
しんとその場が静まりかえる。
急ぎたいのは皆一緒だが、危険だとわかっていては進めない。
『じゃあ僕がつれていくよ』
「アンバー!?」
いつの間に飛んできたのかプラティナの肩に止まっていたアンバーが声を上げた。
くりくりとした琥珀色の瞳が輝いている。
「アンバー、前にも言ったけどさすがに君じゃあプラティナちゃん一人が限界だろう? 危ないって」
「気持ちが嬉しいが、かわいい君に何かあってはプラティナ様が悲しむ」
『むう! みんな僕のことわかってなさ過ぎ! できるって証拠をみせてあげるからね!』
「アンバー!」
「おいこらチビ!」
止める間もなく、アンバーが身体を光らせその場でくるりと身体を捻った。
その瞬間、何かがはじける音がしてその場が急に暗くなる。
否、巨大な龍が目の前にあらわれた。
「う、うああああ! 龍だぁ!」
最初に叫んだのはクルトだ。
草の民の男性たちと一緒にその場で腰を抜かしている。
ノースはあんぐりと口を開け「うっそぉ」と言っており、ゴルドは信じられないものを見たかのように目を見開いていた。
『これが僕の本当の姿だよ! 三人くらいなら余裕で運べるんだから!』
姿形は荘厳ですらあるのに、口調はかわいいアンバーのままというちぐはぐぶりに何も言えなくなってしまう。
「というかお前、またでかくなってないか?」
アイゼンの言葉にプラティナは何度も頷く。
孤島の聖地ではじめてこの姿を見た時よりも、あきらかにひと回りほど大きくなっている。
『そうかな。自分じゃよくわからないや』
「まったくお前は……」
がくりとアイゼンが項垂れていると、ノースがひらりとアンバーの背中に飛び乗ってしまった。
「すっごいじゃんアンバー! こんな秘密を隠してたなんて!」
『えへへ。すごいでしょう?』
「ちょっと飛んでみてくれよ」
『いいよぉ!』
褒められて嬉しそうなアンバーが翼を広げ空へと飛び立つ。
多少不安定そうではあるがノースはとても楽しそうだ。こちらにひらひらと手を振ってくる表情は子どものような笑顔で、毒気を抜かれてしまう。
「プラティナ様、あの子は」
「実はアンバーはちょっと特別なドラゴンなんです。聖地で私が祈りを捧げる度に成長して。孤島の聖地で、はじめてあの姿になりました」
「そうですか」
話している間中、ゴルドはアンバーから目を離さなかった。
ひとしきり空の旅を楽しんだノース曰く、少しコツはあるが背中に乗っての移動は問題なさそうだと太鼓判を押してくる。
最初は怖がっていたクルトたちも中身がアンバーのままというのがわかってからはすっかり打ち解けたようだ。
むしろ、自分たちの信仰する青龍によく似たアンバーが気になってしょうがないらしく側から離れようとしない。
「しかたない。こうなったらチビに何人か運んでもらおう」
「俺、乗りたい!」
「お前は走っていけ」
「えっ、酷い」
手を上げて意思表示をするノースをアイゼンが一蹴する。
「お前の足なら突っ切っても聖地に辿り着けるだろう。ついでに敵の偵察もできるはずだ」
「それはそうだけど……」
「聖地に無事に辿り着くのが最優先だ。俺たちだけで聖地に行っても警戒されてる。ならばゴルドかクルトを同行させるべきだろう」
冷静なアイゼンの言葉にノースはううと短く唸ったあと、しかたないなぁと悔しそうに叫んだ。
結局、その後の話し合いでアンバーに乗って移動するのはプラティナとアイゼン、そしてゴルドの三人に決まった。
ノースは本来のルートを進み、クルトたちは迂回路を選んだ。
「よし、行くぞ」
『はーい!』
「しっかり掴まっていろよ」
「はい!」
アイゼンとゴルドに挟まれるようにしてアンバーの背中に乗ったプラティナは、目の前の背中にひしとしがみつく。
合図をすると同時にアンバーが羽を動かし、一気に上空へと舞い上がった。
砂が舞い上がり咄嗟に目を閉じる。
そして次に目を開けた瞬間、目の前には広い広い空が広がっていた。
「わ、ああ……!」
思わず口から歓声が溢れる。
高いところからの景色を見たことがないわけではなかったが、別格だった。
自分の周りすべてが空で風を感じながら前へ前へと進んでいる。鳥にでもなったような気分だ。
「すごいな」
「長く生きているとこんな経験もできるのですね」
アイゼンとゴルドも同じ気持ちなのだろう。感じ入るように声を上げていれば、アンバーが嬉しそうに声を上げた。
『すごいでしょう!』
「すごい、すごいわアンバー。重くない?」
『ぜんぜん! しっかり掴まっててね』
「ええ」
「あの石を目指せばいいんだな」
「はい。私たちが暮らす村もその傍にあります」
「よし、行くぞアンバー」
『うん! みんな、口は閉じててね!』
アイゼンの声にアンバーが応え、そして翼を大きく動かした。
ぐんと身体が強く引かれたような感覚が起きた次の瞬間、世界が一気に動き出す。
(すごい……!)
あっという間に周りの景色が流れていく。
風が強くアンバーに言われなくても口を開いていることができなかっただろう。
アイゼンが前にいてくれるおかげでなんとか目は開けていられるが、ゆっくり楽しむ余裕はなさそうだ。
振り落とされないようにアイゼンの背中にぎゅっとしがみついた。
まわりすべてが砂漠かと思っていたが上空から見下ろせば砂漠の外には森であったり湖であったりと、まったく違う景色が広がっているのが見えた。
(世界はこんなにも広いのね)
プラティナにとっての世界はあの神殿の狭い部屋だけだった。
だが巡礼の旅に出たことで世界が急に広がった。
プラティナにとっては世界を巡るような大きな旅路だった巡礼も、世界から見たらちっぽけなものなのかもしれない。
不意にそんな考えが頭をよぎる。
『見えたよ!』
アンバーの呼びかけに視線を地面に降ろせば、山の頂上で見た白い石の建造物がすぐそこまで近づいていた。
(あれが、最後の聖地)
旅の区切りがつこうとしている予感にプラティナはきゅっと唇を引き結んだのだった。





