74話 まさかの出会い
出立は夜明け前だった。
夜のうちに旅の準備を済ませておいたこともあり、思ったよりも慌ただしいものにはならずに済んだ。
ゼットは歩きながら食べられる朝食を作ってくれており、町の城門まで見送りに来てくれた。
「元気でな」
姿が見えなくなるまで手を振ってくれたゼットに別れを告げ、クルトたちが待つ集落へと向かう。
朝日に照らされた街道は妙に輝いて見えるから不思議だ。
「集落はこの先か」
「歩いて半日ってところかな。予定より早く合流できそうだね」
「そのあとはすぐ山越えですか?」
「ああ。留まらずに先を進んだ方がいいだろう」
周りに人気はないが、いつ何時レーガの追っ手がやってこないとも限らない。
ツィンたちがここに来たのを考えれば、何かしらの方法でプラティナの居場所を探る手段をもっている可能性だってあるのだから。
集落への道のりは想像していたよりも平坦な道なりだったので、半日もかからずに辿り着くことができた。
クルトが言っていたとおり、数軒の家以外は畑や納屋ばかりの小さな集落で冒険者らしき姿さえない。
むしろ急にやってきたアイゼンたちを思いきり警戒しているくらいだ。
「あんたたち、何の用だい」
集落の入り口でどうするかを話し合っていると、白髪の老人が声をかけてきた。
プラティナたちをひとりひとり品定めするように睨み付けてくる。
「ここで人と落ち合う約束をしている」
「約束だ? ここにはそんな者はいねぇぞ」
「いや、ここを指定された」
きっぱりと言い切ったアイゼンに老人が思いきり戸惑っていると、集落の奥から見覚えのある人影が手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。
「プラティナ様!」
「クルトさん!」
息を切らせながらこちらに向かってきたのはクルトだった。
最後に会った時よりもずいぶんと血色がよく、表情も明るい。
「何だ、クルト坊の連れか。そうならそうと早く言ってくれればよかったのに」
老人は表情を一変させ、柔らかな笑みを浮かべた。
まるで別人になったような豹変ぶりにアイゼンが目を細める。
それを合図にしたように、周囲の家々から人が出てきた。どうやら見張られていたらしい。
「早かったですね! ようこそ来てくれました!」
嬉しそうに声を弾ませるクルトと再会を喜んでいると、先ほど彼が駆けてきた道の向こうから真っ黒なローブを着た人たちがやってきた。
彼らはクルトと同じ髪色がくすんだ銀色だ。肌の色は様々で、クルトのように浅黒く日焼けしている人もいれば、アイゼンたちと変わらぬ肌色をしている人もいた。
「紹介します。僕の仲間です」
クルトが紹介してくれた彼らは、砂漠に暮らす草の民なのだという。
皆すでに事情は聞いているらしく、プラティナに恭しく頭を下げてくれた。
そんな彼らの後ろから背の高い人物が近づいてきた。
銀と言うよりも灰色に見える髪とがっしりとした体格をした中年の男性だ。
(あれ?)
その姿にプラティナは奇妙な既視感を抱く。
ずっと前から知っているような、どこかで会ったことがあるような、そんな不思議な感覚に陥る。
「師匠! プラティナさん、こちらが僕の師匠のゴルド様です」
クルトが嬉しそうに男性をプラティナの前に連れてきた。
アイゼンよりも大柄なのに不思議と威圧感のないゴルドという男性は水色の瞳でじっとプラティナを見つめる。
何故か心臓が酷くうるさい。
「そうか。君がクリスタの娘か」
びくりと身体が震えた。
頭の中がキンと冷えて、足から力が抜けそうになる。
「プラティナ!」
後ろにいたアイゼンが肩を抱いて支えてくれなければその場に座り込んでしまっていたかもしれない。
信じられない気持ちでゴルドを見つめ続けていると、アイゼンは低く唸った。
「貴様、彼女に何をした」
「何も……そう、これまで何もできなかった」
ゴルドは沈痛な表情を浮かべ、苦しそうに首を振った。
その仕草に何故か胸が騒ぐ。
「あなた、誰なんですか? どうしてお母様の名前を、知ってるんですか?」
「何?」
「クリスタは私の母の名前です」
プラティナがうんと小さな時に亡くなった母。
父はほとんど母の話をしなかった。唯一飾られていた肖像画の姿だけがプラティナの知る母の面影だ。
母はプラティナと同じ白銀の髪と水色の瞳をした儚げで美しい人だった。
「そうだ。そして娘の名でもある」
「えっ……」
「クリスタは私の娘だ。だから君は私の孫になる」
感じていた既視感の理由がようやくわかった。
ゴルドの瞳はプラティナと同じ色だ。
「証拠は。突然あらわれて娘だ孫だのと……それが真実であるとどうやって証明する」
「これを」
ゴルドはローブの中から何かを取り出した。
それは金色のペンダントで、中には絵が収まっている。
「……!」
アイゼンもノースも息を止めていた。
プラティナもそこに描かれているものを食い入るように見つめる。
「わ、たし?」
プラティナそっくりの女性と、おそらく今よりもずっと若いゴルドが並んで笑っていた。
「クリスタが、君の父親に嫁ぐ前に作った肖像画だ。とても優しい子だった。龍の導きを信じ、シャンデの王族に嫁ぐ覚悟をしてくれた」
過去を懐かしむような声が心に響く。
理屈ではなく、ゴルドがプラティナの肉親であることが伝わってくる。
「あの、じゃあ、本当に」
「のこのこ出てきてと思うだろうが、本当だ。私は君の祖父。そして草の民ゴルドだ」
「信じるのか?」
アイゼンの言葉にプラティナはどうしていいかわからなくなる。
直感はこれが真実だと告げていたが、突然目の前にあらわれた祖父をすぐに受け入れることはできそうにない。
「え、と」
「慌てなくていい。ゆっくりと考えてくれ。今さら君に祖父と呼んでもらおうだなどと都合のいいことは考えていない」
柔らかな声でそう告げたゴルドは肖像画を再びしまい込むとプラティナに頭を下げた。
「クリスタが亡くなった時、かけつけるべきだった。だがレーガが恐ろしい早さで結界を張り、我らを遠ざけたせいでずっと君を苦しめてしまった。本当にすまない」
急に謝られますますどうしていいかわからなくなる。
困りはててアイゼンを見上げれば、優しく肩を抱いてくれた。
「謝ったところでプラティナの時間は帰ってこない。さっさと本題に移れ」
強い口調をなだめたくなったが、今はその余裕もない。
ゴルドはアイゼンの言葉に悲しげに目を伏せるともう一度だけ「すまない」と呟いてから頭を上げた。
「そうだな。若者の時間を無為に奪うのは本意ではない。奥に私たちが借り受けている家がある。そこで話そう」
ゴルドたちが借りている家は集落の中でもずいぶん大きなもので、全員が入ってもゆったり座れるほどだった。
部屋の奥に通されたプラティナの左右にノースとアイゼンが座り、膝の上にはアンバーがしっかりと居座っている。
アンバーを見たゴルドは驚いたように目を見開いていたが、特に何も言わなかった。
向かい合わせに座ったゴルドの横にはクルトがおり、その後ろには四名の草の民が座る。
しんと静まりかえった中、最初に口を開いたのはクルトだった。
「プラティナ様……その、まさか師匠がプラティナ様のおじいさまだなんて僕知らなくて……すみません」
しょんぼりとした姿から本当に何も知らなかったのが伝わってくる。
「クルトは若いから知らなくて当然だ。私もあえて説明しなかったからな。この子を責めてやらないでください」
「気にしていません。大丈夫ですよ」
「プラティナ様……」
うるうると瞳をゆらすクルトに声をかけていると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
あまりにもいろいろなことがありすぎて混乱していたが、今考えるべきことはつぎの聖地に向かうことだけだ。
「私はこれから皆さんが住むニグル砂漠にある聖地を目指したいと思います。どうか手伝ってください」
「無論です。我らはその日のために聖地を守っていたのですから」
「砂漠の聖地はここからどれくらいかかるんだ?」
「山を越えるのに二日。そこから聖地まではまた二日、というところでしょうか。ですが、普段使っている峠道が土砂で崩れているため迂回をしなければなりませんから、もう少しかかるでしょう」
「そうか……」
簡単な道のりではないと思っていたが、具体的な時間を示されると気持ちが重たくなる。
とはいえ、これまでだって時間をかけて旅をしてきたのだから、乗り越えられないことはないだろう。
「プラティナ様には少し過酷な道かもしれません。山越えができる馬かロバを借りていこうと思ってるのですが……」
「大丈夫です。装備もちゃんとしてきたので、私、歩けます」
「馬を使えば逆に選択肢が狭まる。そこまでする必要はない」
アイゼンとプラティナの両方に必要ないと言い切られ、ゴルドたちは驚いたように目を丸くしていた。
「ですが、本当に大変なんですよ」
「平気です。これまでの聖地も崖だったり島だったりでしたけどなんとかなりましたし。アイゼンが居れば平気ですから」
「それならいいんですが……」
「俺も馬は使わない方がいいと思うな。下手にこの集落から馬を借りたり買ったりすれば、レーガたちがここに目をつけるかもしれないし」
ノースの言葉にゴルドたちははっとした表情を浮かべた。
その考えには思い至らなかったらしい。
「しかしここってずいぶんと小さな集落だよね。大きな水源や資源があるわけでもないのに、なんでこんなところに人が住んでるわけ? あんたたちと付き合いがあるみたいなこと言ってたけど、女王に追われてる草の民と親しくしてるってやばいんじゃないの?」
問いかけにクルトたちは少し迷うように顔を見合わせる。
何か事情があるらしい。
「説明したいのですが、我々の一存では……」
「かまいませんよ」
「!」
家の入り口が開き、先ほど集落の入り口でアイゼンと喋っていた老人が入ってきた。
「先ほどは失礼しました旅の御方。私はこの集落で長をしているアルマンと申します」
アルマンは軽く頭を下げると、ゴルドの近くに腰を下ろした。
「疑問に思われるのは当然です。こんなところに人間が住んでいれば、誰でも不審に思います」
「不審って言うか……ラナルトまで半日もかからない場所にわざわざ離れて暮らしてるのが妙だなって思ったんだけど」
「はは」
少し気まずそうなノースの言葉にアルマンが軽く笑って見せた。
「今はこんなに廃れていますが、この集落は以前はもっとたくさんの人間が住んでいましたし、地図にも載っていました。この谷間で採れる薬草を加工して売っていたのです」
「薬草を作っていたんですか」
「ええ。水源の少ないこの土地でしか生えない薬草があったんです。ですがある時から薬草がまったく生えなくなりました。若い者は暮らしていけないとここを捨てラナルトやほかの土地に移り住んでしまいました。今では数えるほどに住人しかおりません。ですからもう滅んだと思われて地図からも消えてしまったのです」
苦しげに語る姿に胸が痛む。
「財源であった薬草がなくなったことで薬もろくに買えませんでした。そんな時に助けてくださったのが、ゴルド殿たちです。薬を分けてくれて、畑を整えてくれました。彼らを匿うのはその恩義に報いるためです」
「龍の雫を探していた我らは、この土地で暮らす彼らを見かけて他人事とは思えず手を貸したのです。以後、彼らは我らがどうしても俗世と関わらなければならない時の窓口として協力してくれています」
彼らは長く協力関係にあったのだという。
だからこそ最初にあれほど警戒していたのだろう。
「ゴルド殿の頼みであれば、馬でもロバでもお渡しします」
すべて差し出しそうな勢いのアルマンにアイゼンが眉をひそめた。
「どうしてそこまでする? 聞いた限り、こいつらよりもお前たちの方が負担が大きいのではないか? もし女王に気付かれれば、お前たちは住み処を失うんだぞ」
その指摘にアルマンは悲しげに目を伏せた。
ゴルドたちも表情を暗くさせている。
「何かあるのですか?」
おそるおそる問いかければ、アルマンは少し考え込んだあと、ゆっくりと立ち上がる。
「見ていただいた方が早いでしょう。こちらへ」
プラティナたちは顔を見合わせつつも、アルマンについて家を出た。





