8話 城門にて・前編
荷馬車から降り、城門に続く道をプラティナとアイゼンは並んで歩いていた。
今のプラティナは荷物の中に用意されていた灰色のローブを羽織らされている。
「祭服のままで出歩いていれば巡礼者だとすぐにわかるからな」
「駄目なんですか?」
事実、プラティナは巡礼に向かっているのだから隠す必要はなさそうなものなのにと首を傾げれば、アイゼンが呆れたようにため息を零した。
「巡礼者はカモにされやすいんだ。騙されて身ぐるみを剥がされるなんて話は珍しくない。特に君は若い女性だから、気をつけろ」
アイゼンの言葉を頭の中で反芻しながらプラティナは大きく頷く。
「わかりました。気をつけます!!」
「……先が思いやられるな……」
げんなりした返事をしながらも、アイゼンは道すがらいろいろな旅の心得を語ってくれた。
無理はしないこと。荷物は増やさないこと。不用意に人に関わらないこと。巡礼者を狙う犯罪者も多いので、むやみに旅の目的を口にしないこと。
どれもこれも納得できることで、プラティナはアイゼンの言葉一つ一つに感心しながら瞳を輝かせた。
「凄いですね、アイゼン様は」
「……その、『様』というのはやめろ。俺は一応、君の従者なんだぞ」
「でも、旅の師匠になるわけですし。お世話になるのに呼び捨てなんかできませんよ」
困ったように頭を掻いたアイゼンは、プラティナを見つめ何かを諦めたように肩を落とした。
「とにかく、あの城門では余計なことは喋るな。俺が全部の手続きをする。君は黙って俺の傍にいたらいい」
「わかりました」
「城門を出てすぐに街があったはずだ。そこで旅支度を調えよう」
「はい!」
本当に旅がはじまったのだという喜びから大きな声が出てしまう。咎めるような黒い瞳にプラティナは急いで口をつぐんだ。
そうこうしているうちに城門の前まで辿り着けた。
見上げるほどに大きな建物にプラティナは興奮気味だった。城と神殿以外の建物に来るのははじめてで、何もかもが新鮮に感じる。
「旅人か」
大きな門の前に立っていた兵士服の男性が声をかけてきた。
どこか疲れて落ちくぼんだ目元から、うろんげな視線が二人に向けられる。
「男と女か。不義の旅じゃあるまいな」
(ふぎ? ふぎってなんでしょう?)
単語の意味はわからなかったが、明らかにこちらを疑うような兵士の態度に、プラティナは思わずアイゼンの陰に隠れた。
「まさか。きちんと許可を得て旅をしているものです。許可証をご覧ください」
そう言ってアイゼンは懐から鈍色に光るプレートを二枚取り出した。
兵士はそのプレートを嫌そうな顔で睨み付けると、受け取って表面に書かれた文字をじっと目で追っていた。
数秒の間があったが、どうやら問題ないと判断されたらしく兵士はプレートをアイゼンに投げるように返してきた。
「薬師にしてはずいぶんな装備だな。しかもそんなガキを連れ歩くとは」
兵士の言葉に、プラティナは先ほどアイゼンから教えてもらった自分たちの設定を思い出していた。
巡礼の聖女とその護衛騎士、という肩書きでは騒ぎになる可能性がある。そのため、アイゼンは旅の薬師でプラティナはその弟子という肩書きになっているらしい。
薬師は貴重な職業なので粗末に扱われることが少ないからというのが理由だった。
「自分で素材を狩ることがあるので自然と。彼女はああ見えてなかなか優秀な存在なんですよ」
愛想のよい笑顔を浮かべたアイゼンが、息をするように自然と嘘を吐く姿にプラティナは思わず目を丸くする。先ほどまで会話をしていた姿とはまったくちがう。
「ふん。まあいい。許可証は問題なかった」
「それでは、通らせて頂きますね」
「……いや、待て」
「は?」
そそくさと城門を通り抜けようとしたアイゼンの前に兵士が立ち塞がる。
「どうして邪魔を? 何かお疑いですか」
わずかに低くなったアイゼンの声音に、プラティナは小さく息を呑む。
めったにはないことだが、たちが悪い兵士だと正規の許可証を持っていても袖の下を強要し、難癖を付けて通行を邪魔するものがあると先ほどアイゼンから教えられたばかりだった。
まさか最初でそれに当たってしまったのだろうか。
(どうしましょう……やはり本当のことを言うべきでは?)
アイゼン曰く、巡礼者は無条件に城門をくぐれるという決まりがあるらしい。一度嘘をついてしまった身の上だが、ローブの下にある祭服を見せれば納得してもらえるのではないだろうか。
「薬を売って欲しい」
「……は?」
兵士がかすれた声で呟いた言葉に、アイゼンが間の抜けた返事を零す。プラティナもまた、驚いた顔で兵士を見つめた。
先ほどまでは険しい表情だった兵士は、まるで何かを恥じるように視線を背けている。
「実は、昨日から腹の調子が悪い。この城門に詰めている兵士全員だ。恐らくは昨日の食事に当たったんだろうが、ろくな薬の蓄えもなくてな。医者を呼ぼうにも、まともに動けるのは俺だけなんだ」
そこまで一息に語った兵士は、はぁ、と熱っぽい息を吐き出した。
確かに最初からずいぶんと顔色が悪いとは思っていた。胡乱な表情も、つっけんどんな態度も体調不良から来るものならば納得だ。
「実は立っているのもやっとなんだ。金は出す。薬をくれないか」
壁に寄り掛かりながら、苦しそうに呟く兵士にアイゼンとプラティナは顔を見合わせる。
「……少し待て」
アイゼンはそう言うとプラティナに顔を寄せて小声で話しかけてきた。
「どうする。薬師を名乗るために多少の薬はあるが、渡してしまうか? だが、数が足りないかも知れない」
「うーん……」
プラティナは兵士の方に視線を向ける。
額には脂汗が滲んでおり、本当に具合が悪そうだ。
「よし。私がなんとかしましょう」
「は?」
「あの、台所はありますか?」
言いながらプラティナは兵士の方に近づく。
「台所?」
「ええ。薬を作らせてください」
突然喋りかけてきたプラティナにぎょっとした兵士だったが、本当に辛いのだろう。震える指で門の横にある小さな扉を指さし、その奥だと教えてくれた。
「アイゼン様、手伝ってください」
「お、おい」
戸惑うアイゼンを連れ、プラティナは扉の中に入っていく。
中は大きなテーブルに椅子、簡素な台所流がある部屋になっていた。兵士たちの休憩兼食堂なのだろう。流しには洗われていない皿やスプーンと大きな鍋が置かれている。
つん、と鼻を刺す刺激臭にこれが彼らの腹痛の原因なのだとすぐにわかった。恐らくは食材が傷んでいたか、毒性のあるものが紛れていたのだろう。
これはやりがいがありそうだとプラティナはローブを脱いで腕まくりをしたのだった。





