68話 龍のうた
「お母様が、草の民……」
「龍が目覚めれば国が混乱するでしょう。その時、龍とこの国を治める王族との架け橋となるべく、草の民の中でも最も力を持っていた巫子がシャンデの王族に嫁ぎました。それが亡くなった先代王妃だと僕は聞いています」
ぼんやりと母のことを思い出してみるが、その輪郭はおぼろげだ。
プラティナが幼い頃に病死した母。
父はあまり母のことを語らなかった。
それは新たに王妃となったレーガへの配慮だとおもっていたが、違うのだろうか。
「私、お母様のこと殆ど知らなくて。お父様は教えてくださらなかったし」
「……そうなんですね」
どうしていままで疑問に思わなかったのが不思議なくらいだった。
母の痕跡は殆ど残っていない。
母方の祖父母や親族の話すら聞いたことが無かった。
(あれ……?)
不意になにか大切なことを忘れているような気がした。
目の前のクルトに関わることのような気がするが思い出せない。
肝心のクルトは、前髪引っ張りながらウンウン唸っている。
どうやら考え事をするときの彼なりの癖らしい。
「僕もあなたのお母様のことはほとんど知りません。でも僕の師匠にあたるひとなら詳しいことを知っていると思います」
「クルトさんのお師匠様ですか?」
「はい。僕の師匠は、アスタ神殿……あなた方が目指す砂漠の聖地にいるのです」
「!」
「なんだと!?」
今度はアイゼンが声を上げた。
「僕たち草の民は女王の手が及んでいない砂漠の聖地の近くに根を下ろし、隠れ住んでいます。皆さんが聖地を目指すというのならば、案内させてください」
「いいんですか!」
「もちろんです。これもきっと龍のおぼしめし。聖女様の巡礼を手伝えと大地が言っているような気がするんです」
何かを決意したように目を輝かせるクルト。
プラティナはどうしたものかと思いながらアイゼンへと視線を向けた。
アイゼンは少し考え込むような仕草を見せたあと、わずかに細めた視線をクルトに向ける。
「お前のくれた情報を信じるだけの証拠は?」
「アイゼン!?」
「証拠、ですか」
「ああ。このプラティナは女王が自らの地位を守るために幽閉されていたが、運良く巡礼を装うことで逃げ出せたことでいまここにいる。そして先日、その女王からの追手がここまで来た」
「……!」
「でもアイゼン。クルトさんのお話は理にかなっていますし、納得できます」
「ああ。だが。だが真実は証拠ではない。こいつが草の民を装った女王の追手ではないと君はいいきれるのか?」
「う……」
そう言われてしまえば黙るしかなくなる。
ノースもアイゼンの意見に近いのか、どこか探るような視線をクルトに向けていた。
「俺たちもお前を疑いたいわけではない。こちらも砂漠への案内を探していたところだ。だが、こちらにも事情がある」
「アイゼン……」
アイゼンの口調は責めるものではなく、信じたいという気持ちに満ちていた。
それがクルトにも伝わったのだろう、彼は静かに目を伏せるともう一度懐から何かを取りだした。
「証拠になるかはわかりませんが、これは龍の雫を元に作った結晶……僕たちは星石と呼ぶものです。プラティナさん、この石に力を込めて祈ってみてもらえませんか?」
差し出されたのは青く光る雫型の宝石だった。
受け取ってよいものか迷っていると、アイゼンがそれを指先でつまみ上げしげしげと観察する。
「それ自体に力はありません。原料である龍の雫は龍が好んで食べていた花なんです。龍の魔力との親和性が高く、結晶化することで龍の意思に触れることができます」
「そんな力が……」
「僕たちはその結晶に祈ることで、大地に眠る龍から少しだけ力を借りて、あなた方が魔法と呼ぶような力を使うのです。といっても風を起こしたり水を湧かせたりくらいのささやかなものですが」
宝石を確認し終わったアイゼンがそれをプラティナに差し出した。
特に悪いものではないと判断したらしい。
プラティナの手に乗ったそれをアンバーがふんふんと嗅いでいた。
『これ、すごくいいにおいがするよ』
うっとりとした声を上げ、アンバーが宝石にすりっと身を寄せた。
「えっ! 喋った! この龍は喋る従魔なのですか?」
声が聞こえたらしいクルトがぎょっと目を見開き、しげしげとアンバーをのぞき込んだ。
この様子では倉庫前にいた子どもがアンバーの変身した姿であることや、巨大な龍にまでなれることを知ったらどうなることか。
(特にさっきの絵。アンバーにそっくりなのはなにか理由があるのかしら)
まだクルトには告げない方がいいだろうと判断しながら、プラティナは手のひらに載った宝石を見つめる。
「星石に祈りを捧げてみてください。巫子の血を引くあなたなら、僕たちよりもはっきりと大地の声を聞くことができるはずです」
「……声を」
言われるがままにプラティナは宝石を両手で握り込む。
その瞬間、特に力を込めていない筈なのに手のひらの中の宝石が淡い光りを放ちはじめた。
身体の中を巡っていた力が急にみなぎっていくのがわかる。
「わっ……!」
世界が一瞬で青い光に包まれた。
先程まで宿屋の一室にいたはずなのにたった一人で虚空に投げ出されたような状態になる。大地も天もない不思議な空間でプラティナは声を上げることもできず、祈りを捧げた体勢のまま動けないでいた。
――
ずっと遠くから誰かの声がした。
正確には言葉ではない。鳴き声のようなそれがプラティナの頭に響く。
(あ……)
それは龍の歌だった。美しい青い龍が美しい声で歌う姿がはっきりと見えた。
これまで聖地で唱えた祝詞によく似たそれが何重にも重なる。
(そうなのですね)
言葉はなくともはっきりとわかった。
大地に眠る龍とその願いと悲しみが。
そしてこれまでも何度もプラティナはこの龍を感じていたことにも気が付く。
カーラドの谷、そしてセルティの孤島。
それぞれの聖地で祈りを捧げたときに感じた波動はこの龍のものだ。
(わかりました。私、かならずあなたを――――)
「……ティナ、プラティナ!」
「……!」
肩を揺さぶられる衝撃に意識が急にハッキリとする。
目の前には焦りを帯びたアイゼンの顔があり、その後ろではノースとクルトも青ざめて立ち尽くしていた。
アンバーもきゅうきゅうとないてプラティナの服を引っ張っている。
「えっ、っと。どうしました?」
「どうしたじゃない。急に動かなくなってこちらの声にも反応しなくなったんだ。ずっと呼び続けて……」
「ええ?」
「あと少し君が目覚めるのが遅かったらこの男を殴り殺していたかもしれない」
「ひえぇぇ」
情けない声を上げてのけぞるクルトに、プラティナは目が覚めてよかったと心から安堵する。
「大丈夫ですからそんなことしないでください」
「本当か?」
「はい。クルトさん、私、ちゃんと龍と話をしてきましたよ」
「えっ!? 本当ですか!!」
真っ青だった表情から一変し、クルトが立ち上がると興奮した様子でプラティナに近づいてきた。
「はい」
「龍はどのような状態なのでしょうか。女王がこの土地に来て以来、龍は力を奪われ続けていました。僕たちできるのは祈りを捧げるばかりで……」
「安心してください。龍はちゃんと今でも元気ですよ」
大地に眠っているのを元気と言うのは何か違う気がするが、プラティナと繋がった龍は弱っているようには見えなかった。
だがクルトが語るように本来ならば得られるはずの魔力の供給を断たれ、冷たい大地に孤立させられている。
「アイゼン。クルトさんの言葉は真実です。彼と一緒に聖地に行きましょう!」
「……本当に大丈夫なのか? さっきみたいなことが起きたらどうすんだ」
「大丈夫ですよ。ちょっと龍と繋がってただけなので」
「ちょっとって……君なぁ」
がくりと項垂れたアイゼンの肩を、何故かノースが労るようにぽんと叩いていた。
「クルトさん。どうぞよろしくおねがいします」
「こちらこそ!」
嬉しそうに差し出された手を握り返しながらプラティナは笑顔を浮かべたのだった。





