65話 草の民の秘密
港に着くとノースの言葉通り、倉庫の横には様々な店が並んでいた。客層から見るに、船乗りたちの食事処といったところだろう。
アイゼンはどこかと見回していれば、倉庫の入り口にどこから持ってきたのか椅子を置いてそこにどっしりと座っている姿が見えた。休憩しているのか腕組みをして目を閉じているせいで大きな置物のようにも見える。
「アイゼン!」
呼びかけながら駆け寄れば、アイゼンはパチリと目を開けた。
「プラティナ。どうしてここに」
「さっきギルドに薬を納品してきたんです。その報告と、お昼ご飯を食べに」
「ああ」
なるほど、と頷きながらアイゼンが食事処の方へ目をやる。
「アイゼンは何か食べましたか」
「いや」
「じゃあ一緒に食べましょうよ」
『僕も食べたい!』
アンバーも活気づいている食事処に興味津々の様子だ。
「じゃあ俺とアンバーで何か買ってくるから、二人はここにいなよ」
「いいんですか?」
「うん。まかせて。行こうぜアンバー」
『わーい!』
いつのまにそんなに仲良くなったのか、ノースとアンバーが連れ立って行ってしまった。
のこされたプラティナとアイゼンはぽつんとその場に並んで立ち尽くす。
「まったく。ガキには困ったものだ」
「ノースは大人だと思うんですが……」
「いいや。中身はチビとそう変わらんぞ」
分った顔で頷くアイゼンは、歩いて行くノースの背中をじっとりと見つめてからプラティナに向き直った。
「薬は無事に納品できたのか」
「はい。ずいぶんと好評でした。きっとよい値段が付くかと」
「そうか」
「アイゼンは何か変わったことは?」
「今のところは平和だ。これだけ人の目があるから、盗もうと考えるような奴もそうそういないだろうからな」
港にはたくさんの船が停泊しており、たくさんの船乗りたちが闊歩している。
こんな中で倉庫に押し入ろうとすれば、騒ぎになるのも当然だろう。
「早く来てくれるといいですよね」
アイゼンやノースがずっと気を張っている状況はやはり心苦しいものがある。
薬草のことも気がかりだった。草の民が住処を追われたことや、彼らにとって大切な薬草が禁制品になっているというのがどうにも気になる。
レーガは一体何のためにそんなことをしたのだろうか。
それに。
「街道の崖崩れも、私の加護がなくなった影響でしょうか」
あちこちで起きている天変地異はプラティナが祈りを止めた反動の可能性が高い。
もしプラティナが今でも神殿で祈っていれば、彼らが遅れることも無かっただろうに。
「馬鹿を言え。自然が起こした現象だぞ。君に何の責任がある」
「アイゼン……」
「気に病むな。すべての原因は君じゃない。ソレをしっかりと覚えておけ」
いつだってアイゼンの言葉はプラティナを支えてくれる。それが嬉しくて幸せで、少しだけ落ち着かない。
頼もしさに胸を震わせていると、誰かがこちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。
もうノースたちが戻ってきたのかと振り返ろうとした瞬間、アイゼンの大きな手が伸びてきてプラティナの腰を掴んだ。
「きゃっ」
そのまままるで恋人を抱くように抱きしめられ、小さな悲鳴が出てしまう。
ぴったりと密着する感覚に心臓が口から飛び出そうなほどに大きく脈打つ。
「あ、あい、アイゼン?」
「誰だ?」
「え?」
恐ろしいほど低い声に一瞬で頭が冷静になる。
首をよじってなんとか振り返れば、そこには真っ黒なローブを被った背の高い人物が立っていた。走ってきたのか、ぜいぜいと肩で息をしている。
どうやら先ほどの足音はこの人物のもので、アイゼンは背後から迫ってきたこの人物からプラティナを守るために抱き寄せてくれたらしい。
「あのっ、僕っ」
聞いているこちらが苦しくなりそうなほどに呼吸を乱しながら、その人物はフードを外した。
現れたのは、くすんだ銀髪に浅黒い肌をした若い青年だった。つり上がった目の中で輝く瞳はヘーゼル色で、まるで大きな猫のようだ。
「僕ッ、ここに薬草を採りに来たものです!」
青年はクルトと名乗った。
よほど急いで来たのだろう、身分証をアイゼンに手渡したクルトはその場にへなへなと座り込んでしまった。
丁度ノースたちが買ってきてくれた果実水を飲ませて落ち着かせる。
「ああ、よかった。ギリギリ間に合いましたね」
果実水を飲み干したクルトは泣きそうになりながら安堵の息を吐き出す。
なんでも街道が崖崩れで使えなくなったので、かなりの遠回りをしてここまでやってきたらしい。
「……身分証は本物だな。船長から聞いていた身なりとも一致する。一人で来たのか?」
「まだ仲間はいるんですが僕だけ先に来たんです」
街道を抜ける道は細く、大人数が一気に通り抜けられるものでは無かったらしい。
他の商隊もいたことから、順番にしか行けなかったので一番足の速いクルトが選ばれたのだとか。
「薬草は持って帰れるのか」
「取り急ぎ必要なものだけ僕が預かります。これに入れられるので!」
クルトが指さしたのは大きな背負い袋だ。どうやら収納袋らしい。
「ずいぶんと大型だな」
「はい。僕たちは薬草を扱うことが多いので、特別製なんです」
にこにこと笑うクルトの笑顔はどこか幼く、こちらの警戒心を溶かしていくようだった。悪意の欠片も感じない姿に、船長の言葉が正しかったのが伝わってくる。
「……?」
何故かクルトがじっとこちらを見つめている気がして瞬けば、慌てて視線を逸らされてしまった。
細々としたことを確認し合うアイゼンとクルトにノースが近寄って、一緒に書類を確認しはじめる。
「じゃあこれで依頼は達成ってコト?」
「一応な。あとはコイツに品を確認してもらい、サインをもらえば仕事は終わりだ」
おもったよりも早く仕事が片付きそうだとプラティナが胸を撫下ろしていると、クルトも同じように胸に手を当てて長い息を吐き出した。
「ああ本当によかった薬草が駄目になったらどうしようかと」
「よほど心配だったようだな。船長も気にしていた。今から確認するか」
「はい。なるべく早く処理をしないといけないので……」
処理、という言葉にその場にいた全員の肩がぴくりと揺れる。
クルトはこちらの動揺に気が付いていないのか、早く倉庫に入りたくてたまらない様子だ。
「それじゃあ確認を頼む」
「はい!」
鍵を開けると倉庫内から薬草特有の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
中に入ったクルトは迷いのない足取りで箱の一つに近づいていく。そして躊躇いのない動きで蓋を開けると中に顔を突っ込んだ。
「アア間違いない。この匂いだ……!」
匂いで判断するのか、と少々動揺していると箱から顔を上げたクルトが満面の笑みでこちらを見た。
目がらんらんと輝いて迫力があるものだから、プラティナはついアイゼンの背後に隠れてしまう。
「あのっ、箱の中を全部確認したいので少し待ってもらえますか」
「わかった」
恐らく今から龍の雫の処理をするのだろう。
深くは追求せずに頷き、クルトを残して倉庫を出る。
「いや~よかったねぇ。あの僕ちゃんが薬草の処理を終えたらギルドに行くってことでいいのかな」
「そうだな。受取人が来た以上、俺たちの役目は終わりだろう」
「よかったですね」
「じゃあ、とりあえずご飯食べちゃう? いろいろ買ってきたよ」
「わぁ!」
そういえば食事を食べ損ねていたことを思い出し、プラティナはノースが買ってきてくれたいろいろをのぞき込む。
どこれもこれもとても美味しそうだ。
「どれにしようかな……ん?」
不意に視界に影が差した。何かと思って顔を上げれば、アイゼンとノースがプラティナを何かから守るように背を向けて立っている。
「アイゼン?」
「……プラティナ、倉庫の中に行け」
「えっ!?」
急にどうしたのかと視線を動かせば、アイゼン達が向いている方から数名の男たちがこちらに向かってくるのが見えた。
やけにきっちりとした服装をしているが、その表情は険しく見るからに不穏な空気をまとっている。
「アレって」
「王国の警備隊だね」
「警備隊!?」
「そ。いわゆる女王陛下の番犬、ってやつだよ。まあこんな国の外れに派遣されるような連中だから三下だろうけど。さて、奴らの狙いは倉庫の中のブツか、それとも……」
アイゼンとノースがプラティナに視線を向ける。
ここにやってきた目的がもし禁制品の取り締まりではなくプラティナだとしたら。
「君は姿を見せるな」
「えっ、でも」
「いいからいいから」
ノースがプラティナの腕を引き、倉庫のドアをあけて中に押し込めた。
中で作業していたクルトがぎょっとした顔でこちらを見ている。
「俺たちが開けるまで出ちゃ駄目だよ~」
「ノース! あ!」
言うが早いかノースがばたんと扉を閉めてしまった。鍵の掛かる音に外側から鍵をかけられたのがわかる。
アイゼンとノースだけでなく、アンバーまで向こうに置いてきてしまった。
心配でたまらなかったが、自分がいてもなにができるわけでも無いことをプラティナは分っている。
無力さを噛みしめながらドアを見つめていると、背後からおずおずとした声が聞こえてきた。
「あの、なにかあったんですか?」
不安そうな顔をしたクルトが、プラティナと扉の外を気にするように身体を揺すっていた。
何かを後ろ手に隠していることから、薬草の処理をしている最中だったのだろう。
「済みませんお騒がせして。えっと……ちょっと、問題が」
「問題、ですか」
「はい。その、王国の警備隊が……」
「!!」
真っ青になったクルトがその場でぴょんと飛び上がる。
そのはずみに持っていた何かが床に落ちた。
「それ……」
「しまった……!!」
床に落ちたのは淡く光る花びらだった。純白の柔らかそうな花弁が、床の上でくるくると回る。
それをものすごい勢いで拾い上げたクルトは、引きつった笑みを浮かべていた。
「それが、龍の雫、ですか」
「……!! どうしてそれを!!」
「あ……実は……」
ここまで来たら隠しておく必要は無いだろうと、プラティナはクルトに船長から事情を聞いたことを説明した。
その上で、プラティナたちは禁制品のことを訴えるつもりは無いことや、自分たちも女王とはワケありなのでぜひ協力したいということを説明する。
「なるほど。そうだったんですね」
「はい。それが『龍の雫』なんですね」
「……ええ。草の民はこの花の蜜を使って作る結晶を媒介に力を使うのです。ですが、国内ではほぼ絶滅してしまった」
しょんぼりとうなだれるクルトの姿に胸が痛くなる。
「この花はシャンデにしか咲かない花と言われています。今回、外で見つかったのは奇跡なんです」
「それで船長さんに依頼を?」
「はい。危険なこととは分っていましたが、このままでは結晶が尽きてしまう。花の状態が良ければ種も収穫できますから、可能な限り採取してきてもらったんですよ」
腰にかけた小さなカバンからクルトが大きめの瓶を取り出した。中には琥珀色の液体が溜っている。
「とても状態のよい花ばかりだったので、こんなに蜜がとれました。少しですが種も。うまくすれば栽培できるかもしれない」
「まあ。それはよかったですね!」
「はい。あと少し遅かったら。花も萎れていたでしょう。船長さんには感謝してもしきれません」
噛みしめるようなクルトの声に、彼がどれほどこの花との出会いを待ち望んでいたかが伝わってくる。
きっと草の民にとって本当に大切なものなのだろう。
「処理は終わったんですか?」
「はい。この花弁は誤って落としてしまったのでもう使えないのですが、もったいなくて。収穫すると一週間ほどで完全に消滅してしまうんです」
「不思議な花なんですね」
苦笑いを浮かべながら、先ほど見せてくれた白い花弁をヒラヒラと揺らめかせてくれた。
ふわりと香る甘い匂いの正体は花の蜜だろうか。
驚くほどに心が落ち着いていくのがわかる。
「でもどうして急に警備隊が来たんでしょうか。もしかしたらこの荷物の噂をききつけて?」
「わかりません……話を聞く前にここに押し込められたので」
「そうなんですね……僕も聞いた話でしかないんですが、警備隊は特に何も無くても無理難題を吹っかけて港の人々に圧力を掛けているという噂があります。ずいぶんと嫌われてるそうです」
「無理難題、ですか?」
いくら女王直属だといってそんなことが許されるのか戸惑えば、クルトは苦笑いを浮かべる。
「この港町はほぼ自治領みたいなところですからね。女王の威光が届きにくい。だから警備隊が定期的に騒ぎを起こして、存在を主張しているようなんです」
「ひどい……」
そんなことまでしていたなんてと口を押さえて俯く。
何かを諦めたような笑みを浮かべながら、クルトが首を振る。
「それでもギルドとは揉めたくないそうで。だから船長はギルドに護衛を頼んだと思います。ギルドの仕事に口を出ことはできないはずなので。きっと大丈夫ですよ」
「だといいんですが……」
扉の向こうにいるであろうアイゼンたちを思いながら、プラティナは両手を組んだ。
どうか何ごともありませんようにと祈りを込めると、クルトの手のひらが淡く光り出した。
突然のことにプラティナたちは驚いて息を呑む。
「えっ!」
「なっ、これは……!」
手のひらには龍の雫の花びらが握られていた。
真っ白に輝くそれは、まるでプラティナの祈りに呼応するように光っていた。
「っ……これは……!?」
「私の力に反応してるんでしょうか」
「プラティナさんの?」
「はい、あの私、実は元聖女でして。すこしだけ聖なる力があるんです」
「……!」
クルトが目をまんまるにしてプラティナを見つめた。
それから何かを考え込むように目を伏せ、勢いよく顔を上げる。
「あの、あなたの髪色と瞳はご両親どちらに似たんですか?」
「えっ?」
「さっきから気になってたんです。あなたのその髪色と瞳は、僕たち一族の特徴によく似ている。もしかして、同族じゃないかって」
その言葉に、どくんと心臓が大きく跳ねた。
(この髪色と目は……私のお母様の)
病気で亡くなった母はプラティナによく似ていたという。その母が草の民の出身かもしれない。それが一体なにを意味するのか。
プラティナは混乱から視線を左右に彷徨わせ、生唾を飲み込んだ。
「……母、だと思います」
「お母様はあなたに何か故郷のお話などはしていませんか?」
「……いいえ。私が幼い時に亡くなったので」
「あ、それは……失礼しました」
「いえ」
気まずそうに頭を掻くクルトにプラティナは緩く首を振る。
「あのっ、草の民って何なのですか? どうして、女王はあなた方の住処を奪ったんでしょうか。私、どうしても気になって」
「それは……」
何かを言おうとクルトが口を開いた、その時だった。
「……!」
ものすごい物音が扉の向こうから聞こえた。次いで誰かが叫ぶ声とうめき声。
あまりの恐ろしさにクルトとプラティナは手を取って身体を硬くする。
しばらくその騒動が続いたのち、再び静寂が訪れた。
「えっと……」
「外、見た方がいいと思いますか?」
「どうでしょうか」
正解が分らず固まって入れば、誰かが扉を叩く音が聞こえた。
次いで、鍵が開く音が響く。
ゆっくりと開いた扉からからひょいっと誰かが顔を覗かせた。
「おまたせ~! 終わったよ!」





