61話 子守と約束
時間はプラティナとメリルがアイゼンたちを待つと決めたところまで遡る。
市場の入り口で二人に声をかけてきたのは、恰幅のよい中年女性だった。真っ白なエプロンを身につけ、髪を高い位置でひとまとめにしている。
「ねぇ。アンタ、誰かを待ってるのかい」
「えっ、はい」
突然話しかけられプラティナが困惑した表情を浮かべていると、すかさずアンバーが庇うようにプラティナの前に立ちはだかる。
小さな背中だというのに本性が龍という事もあり、どこまでも頼もしく感じてしまう。
だが今のアンバーはただの子どもだ。庇わせるわけにはいかないとプラティナは慌ててその肩に手を伸ばす。
「アンバー、大丈夫よ」
「でも……」
不安そうな顔をするアンバーに微笑みかけ、プラティナは女性に向き直った。
「私たちに何か御用でしょうか?」
「御用ってほど大したもんじゃないんだけど……その子たちは連れだろう? アンタ、子どもの扱いに慣れてるんだよね」
「ええと」
話の着地点が見えず、プラティナは困ったなと眉を下げる。
女性からは敵意や悪意のようなものは感じない。こちらの油断を誘ってる可能性もあるが、それにしても会話の流れがよく分からない。
「実はね、私は普段ここの市場に店を構えてる人たちの子どもを預かってるんだ。ほら、小さい子は商売の邪魔だろう? かといって家に置いておくわけにはいかない年頃の子どもを持った店主は案外多くてさ」
「はぁ」
「だから持ち回りで子守をしてるんだよ。ほら」
女性が指さした先は小さな広場になっており、アンバーやメリルたちと同年代の子どもたちが数名遊び回っている。
可愛らしい笑い声に、プラティナは思わず頬を緩ませる。
神殿では子どもの姿を目にすることはなかった。たまに見かけても病や呪いで苦しんでいる子どもか、炊き出しにやってくる痩せた子どもばかりだ。
健康的に太陽の下で遊んでいる子どもの姿は見ているだけで気持ちが温かくなってくる。
「今日は私が当番なんだけどね。ちょっと急用が入って小一時間ほど市場を離れなきゃならないんだ」
「それは大変ですね」
「そうなんだよ。ちょうどこの時間は市場も客が多くて誰かに頼める空気じゃなくてね。そこで、さっきアンタとその子が話してる声が聞こえたんだよ」
それはプラティナがメリルにここでアイゼンを待つと言った時のことだろう。
「ほんの一時間ほどでいいんだ。私が戻るまで、ついでに子どもたちを見ててくれないかい」
「え!? 私がですか!?」
唐突すぎる依頼にプラティナは高い声をあげた。
顔見知りならともかく、いまここで初めて顔を合わせた他人に子どもを託すなどありえるのだろうか。
「でも、私は旅のもので……」
「私は人を見る目には自信があるんだ。アンタはどう見ても悪人じゃないし、人をだませるようには見えないからさ。その子たちを遊ばせるついででいいんでちょっとだけ頼むよ。駄賃ははずむからさ」
「だちん?」
ソレは一体何だろうとプラティナが首を傾げていると、女性はからからと明るい声を上げた。
「アンタおもったよりも育ちがいいんだね。お礼だよお礼。少しだけどちゃんとお金は払うから。私もなるべくすぐに帰ってくるから、頼んだよ」
「えっ、あ、待って!」
颯爽と走り出してしまった女性を見送りながら、プラティナは呆然と立ち尽くす。
嵐に巻き込まれたように呆然としていれば、誰かがスカートの裾を引いたのを感じた。
「お姉ちゃんが遊んでくれるの?」
舌っ足らずな声に視線を落とせば、アンバーよりも頭一つほど小さな男の子がニコニコと笑いながらプラティナを見ていた。
愛らしいその表情につられて笑顔を返せば、他の子どもたちもわらわらと集まってきた。
「あそぼ、あそぼ」
可愛らしい声で口々に誘われて断れる気がしない。
しかし自分にはメリルと一緒にアイゼンを待つという使命があるのだからと、表情を引き締める。
「ごめんね。私、人を待ってるの。君たちのことは見ててあげるけど、一緒に遊ぶのは……」
「僕、遊びたい!」
「アンバー!?」
「メリルも少しだけ遊ぼうよ。じっとしてるよりずっといいよ」
「えっ、でも……」
「ほら!」
目を輝かせたアンバーが、暗い顔をしていたメリルの手を引いて子どもたちの輪に加わった。
市場の子どもたちは見知らぬ相手と遊ぶことになれているのか、一瞬でアンバーたちを受け入れ笑いながら遊びはじめた。
最初は母親のことが心配なせいでイマイチ輪に加われないでいたメリルも、やはり子どもというところなのか、周りの雰囲気に釣られて笑顔を浮かべて遊びはじめてしまった。
「えっと……」
完全に取り残されたプラティナは、市場の入り口を振り返る。
まだアイゼンたちが来る様子はないし、太陽の位置から見ても正午まで時間はある。
先ほどの女性が言葉通り1時間ほどで帰ってきてくれればきっと問題ないだろう。
「しかたないか」
これも何かの縁なのだろうと思いながら、プラティナは子どもたちを見守ることにしたのだった。
が、ただの傍観者でいられたのは最初だけだった。
ぽつんと立ち尽くすプラティナに気づいた子どもの一人が「あそぼう」と手を引いて輪に引き入れてしまったのだ。
結局、断るタイミングを逃したプラティナは子ども達の遊びに巻き込まれ、涙が出るほどに笑ったり汗をかくほどに走り回ることになったのだった。
「勝手に子どもたちを預かるようなことになってしまったのはごめんなさい。でも、約束通り市場からは出ませんでしたから!」
「まって、じゃあプラティナちゃんは子どもたちと遊んでただけってこと?」
「はい」
「その姿はどうした。ぼろぼろじゃないか。」
「これは、その……さっきまであの中にいたんですけど、倒れちゃって。疲れて少し休んでたんです」
ただ手を繋いで輪を描きまわるだけという遊びとも呼べない行為だったが、全力でやってみると案外疲れるし楽しいものだということをプラティナは初めて知った。
慣れない動きに足をもつれさせ倒れ込んだので、少し離れた場所で休んでいただけだ。
だというのに、やってきたアイゼンとノースが凄い形相で意味の分らないことを言ってくるものだから、プラティナとしても訳が分からないとしか言いようがない。
「二人はなにをそんなに怒ってるんですか? 誰か言えって言われましても」
そういえばあの女性の名前すら聞いていなかったことを思い出す。
子どもたちの名前は会話の中で聞いて覚えたが、短い時間だったので正確に顔と一致させられる自信は無い。
もしかして怒られるやつだろうかと、どきどきしながらアイゼンたちを見れば、二人は顔を覆って天を仰いでいた。
「あー……」
「うわ、恥ずかし……えっ、嘘だろ」
溜息にも似た長いうなり声を上げるアイゼンと、なにかをぶつぶつと呟くノース。
二人の奇っ怪な姿をプラティナは不思議なものを見るように見つめていたのだった。
それから数分もたたず先ほどの女性が約束通り戻ってきた。
子どもたちを見ていてくれたお礼だと、銅貨4枚と焼き菓子の詰め合わせを渡される。
「急に頼み事をしちゃって本当に悪かったね」
「いえ、私も楽しかったです」
「ねえおばちゃん。いくらなんでも不用心すぎない? プラティナちゃんだからよかったけど、悪いやつだったら子どもたちに何かあったかもしれないじゃん!」
不機嫌なのを隠そうともせず問いかけるノースに、女性は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにからからと大きな声で笑った。
「ここで何十年も店を構えてる経験から、その人の人となりってやつが大体わかるんだよ。子どもたちを任せても大丈夫だってね」
「なにそれ……」
女性の発言にノースがぐったりとその場に座り込む。
アイゼンは怒ることすら諦めたのか、腕を組んでプラティナを見下ろすように正面に立つ。
その鋭い視線にプラティナは身を縮こめて小さくなった。
「まったく。君はどうして簡単にトラブルに巻き込まれるんだ」
「そういうつもりはないんですが……」
「今回は何ごとも無かったからよかったが、次からは知らない人間からの頼み事は断れ。分かったな」
「はい。すみません……アッ」
素直に謝ったところでプラティナは大切なことに気が付く。
それはアンバーと手を繋いでこちらを見ているメリルの視線が、痛いほどに突き刺さる。
じわっと額に汗を滲ませたプラティナに、アイゼンがすっと目を細めた。
「その『アッ』はなんだ。まだなにかあるのか」
「えっとですね。実はですね……」
視線を思い切り彷徨わせながら、プラティナはメリルと交わした約束について口にしたのだった。
すべての話を聞き終えたアイゼンは盛大に溜息を吐くと、大きな手でプラティナの頭をがしりと掴んだ。
「どうして君はそうなんだ。俺の言ったことを忘れたのか」
「ひ、ひえぇ。ごめんなさいぃ」
痛くはないが圧はある。情けない声で謝れば、慌てたようにアンバーが駆け寄ってきた。
アイゼンの腕に両手でしがみつくと思い切り頬をふくらませる。
「プラティナは優しいの! 僕はそんなプラティナが好きだよ! アイゼンだって好きでしょ!」
「なっ……」
「えっ……!?」
アンバーの問いかけにアイゼンがぐっと喉をならし、プラティナの頭から手を離した。
「そ、そういう問題じゃない。プラティナの優しさは確かに美徳だが、今は旅の途中だ。困っている人間を全員救えるわけでは無いだろう」
「でも、メリルくらいは助けてもいいじゃん!! 僕はプラティナに助けてもらって嬉しかったもん!」
「アンバー……」
はじめて出会った時のアンバーは心ない密猟者に襲われ傷だらけだった。
あの日、プラティナたちが見つけていなかったらそのまま弱って命を落としていたかもしれない。
「アイゼン。私からもお願いします。今、私がいただいた銅貨とメリルが持っている銅貨を合わせれば、熱冷まし草が買えます。それを煎じて飲ませてあげたいんです」
「お姉ちゃん……!」
ずっと黙っていたメリルが声を上げた。
瞳を潤ませ、スカートを握り締める姿はとても儚げだ。
今の今まで遊びほうけてしまった罪悪感もあるのだろう。巻き込んでしまった申し訳なさに、胸が痛む。
「このお金をどうか使わせてください」
身勝手なことを言ってる自覚はある。
だが、このお金はメリルがいなければ手に入ることはなかったお金だ。メリルのために使ってあげたい。
「……それは偶然とは言え君が稼いだものだ。好きに使えばいい」
「アイゼン!」
「だが、薬草を買うだけだ。それ以外は許可できない」
「えっ……」
「もうすぐ正午だ。俺たちには仕事がある。一度引き受けた依頼をほうり投げるわけにはいかない」
「それ、は……」
「全員で戻らなければ、船長だって不安に思う。わかるな」
「……」
正論だった。メリルの住まいがここからどれほど離れているかはわからない。薬草を煎じる時間や、呑ませる時間まで考えれば正午などあっというまに過ぎてしまうだろう。
今回の依頼は、旅を続けるために受けたものだ。その旅はプラティナが望んだ巡礼のため。
これ以上、アイゼンたちを振り回せるわけがない。
「わた、し」
「君の気持ちはわかる。だが、薬草を買う時間しか無いこともわかってくれ」
それでいいのだろうか。ただ物を与えただけで片付けてもいいのだろうか。
迷いが胸の中でぐるぐると渦巻く。
いつの間に傍に居たのか、メリルがプラティナの手をぎゅっと握ってきた。
「お姉ちゃん、大丈夫。私、ちゃんとお薬作れる。お母さんに飲ませるから」
「メリル」
「ありがとう、お姉ちゃん」
声を震わせるメリルに頷き返したプラティナは、先ほどもらった銅貨をその手に握らせた。
「買うところまでは付き添わせて。私、薬草を見る目はあるの」
「うん」
「俺たちも付き添おう」
そうして再び薬草を扱う店に戻れば、店主は一瞬不審そうな顔をしたものの、メリルがちゃんと代金を持っていることに安堵したらしく素直に熱冷まし草を売ってくれた。
プラティナが受け取った薬草はやはり少ししなびているが、質は問題なさそうだった。
「…………はい、これ。ちゃんとお母さんに飲ませてあげてね」
「うん!」
薬草を受け取ったメリルは嬉しそうに頷いた。
市場の入り口で別れて見送ったあとも、何度も何度もこちらを振り返って手を振ってくる。
その可愛らしい姿にプラティナがほのぼのしていると、隣にいたアイゼンが小さく咳払いをした。
「あの薬草に力を使っただろう」
「あ、バレました?」
「わかるさ。君の考えていることくらい」
「ちょっとだけですから」
メリルに手渡した薬草には聖なる力をたっぷり注入しておいた。
アレを煎じて飲めば、命に関わる病以外はほぼ完治するはずだ。
「本当に君は……」
「勝手なことをしてごめんなさい」
「別に謝らなくていい。らしいと言いたかっただけだ」
アイゼンの手が優しくプラティナの頭を撫でた。
その温かさに、頬がじんわり熱くなる。
「二人とも、そろそろ行こうよ。時間になっちゃうよ」
少し離れた場所に立っていたノースが声をかけてきた。
アンバーに至っては待ちくたびれたのか少し眠そうだ。
「そうだな。行くか」
「はい!」





