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余命わずかだからと追放された聖女ですが、巡礼の旅に出たら超健康になりました  作者: マチバリ
6章 港町ラプソディ

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58話 はじめてのおつかい

 

 プラティナは目の前の光景に胸を躍らせていた。

 港町の市場は、これまで立ち寄ったどこよりも店も人も多く盛況だ。潮の香りに混じって、スパイスや香料などが鼻をくすぐる。

 歩く人々も、多種多様だ。思わず立ち止まってキョロキョロしていれば、アンバーが袖口を引っ張ってきた。


「プラティナ、立ち止まってると危ないよ」

「あ、そうだね。ありがとうアンバー。頼りになるわ」

「えへへ」


 嬉しそうにはにかむアンバーと手を繋ぎ、市場の中を歩いて行く。

 布や陶器、使い方すら想像できない不思議な道具。どうやって作ったのか色とりどりのガラスが球体にくみ上げられて、露店の天井から吊されていて本当に綺麗だ。


「薬草はどこで買えるのかしら」

「あっちが薬臭いよ。アイゼンも、薬草は市場の奥って言ってた」

「なるほど」


 上着の内側に入れてある革袋の上をぎゅっと握る。

 自分で使えるお金を持って歩くのは、プラティナにとっては初めての経験だ。


『金貨を2枚入れてある。相場が崩れていなければ、全部買っても1枚で足りる筈だが、予備として2枚だ』


 子どもをおつかいに出すように言い含めるアイゼンの顔を思い出し、プラティナは小さく笑った。

 ノースも、怪しい奴には気をつけろと何度も言ってきた。

 せっかく別行動を提案したのに、このままで付いてきそうな勢いだったので、アンバーと二人、逃げるようにして振り切ってきたのだ。


「ちゃんとお買い物をして、私もできるってことを証明しないと」


 アイゼンとの約束は、最後の聖地までの約束だ。そのあとのことはまだ考えていないが、アイゼンに頼り続けるわけにはいかないことだけは確かだ。

 笑顔でお別れするためにも、アイゼンを安心させてあげたい。そんな想いがプラティナの中に生まれていた。このお買い物はその第一歩なのだ。


「プラティナ、だいじょうぶ?」

「大丈夫。アンバー、ついて来てくれてありがとうね」


 自分より頭二つほど小さなアンバーの頭を優しく撫でる。

 アイゼンによく似た黒髪はフワフワしていて、とても手触りがいい。


「僕、プラティナ大好きだからずっと一緒にいたいもん」

「アンバー……」

「これからもず~っと一緒! もし、プラティナが帰りたくないなら、どこにだって連れて行ってあげる」


 ぎゅっと胸の奥が苦しくなった。

 それはプラティナがずっと考えないようにしていた未来の一つだ。

 アンバーに乗って、ここではないどこかに逃げてしまうという選択肢もあるのでは、と。


「……ありがとう」

「うん」


 無邪気に頷くアンバーと歩き続けていると、周囲の匂いがふわりと変わるのを感じた。

 見回せば周囲の露店には、様々な薬草や素材が所狭しと並べられているのがわかる。


「このあたりで買えばいいのね」

「どこで買う?」

「そうね……」


 店の前に並んだ薬草はどれも品質に差は無いように感じる。だが、プラティナが欲しい素材は見当たらない。おそらく、店主に声をかけて出して貰わなければならないのだろう。

 なるべく人の良さそうな店主の店をと視線を動かしていると、小さな女の子がプラティナの横を駆け抜けていくのが目にとまった。

 その子は何かを握り絞めているようで、胸の前で拳を握っていた。顔色が悪く、どうにも気にかかる。目で追っていると、ある露店の前で立ち止まる。


「おねがい。薬草をください。おかあさんが、熱を出してるの」


 女の子が店主に向かって手を差し出した。そこには銅貨が一枚だけ握られている。


「熱冷まし草が欲しいのか? だが、残念だがそれじゃ買えない」

「おねがい。少しでもいいの。お母さんが、お母さんが……」


 震える声で訴える女の子に、店主の表情が曇る。まわりの露店主たちも動揺している様子だが、だれも声をかけようとはしない。

 プラティナは我慢できずに女の子に駆け寄った。


「大丈夫? お母さんが熱を出したの」


 突然声をかけられたことに驚いたのだろう。女の子が涙に濡れた顔を上げる。

 プラティナを見た女の子は大きな目をひときわ見開き、こくんと頷いた。その拍子に真珠のように涙が地面にこぼれる。


「昨日からずっとお熱なの。薬は高くて買えないし、薬草ならって……」


 握り絞めている銅貨は、彼女にとってなけなしのお金なのかもしれない。

 女の子をなだめながらプラティナは店主を見上げる。


「あの……この代金分の薬草を売ってあげることはできないんですか?」

「それは無理な話だよお嬢ちゃん。たしかに薬そのものよりは安価だが、熱冷まし草は葉と根の両方を煎じる必要がある。1本で銅貨5枚が相場だ」

「そんな」


 プラティナは思わず自分のお金を差し出しかけたが、アイゼンに言われたことを思い出し動きを止めた。


『もし、誰かのために金を使いたくなっても我慢しろ。施しや情けをかけるのは簡単だが、責任を取れないことに首を突っ込むな』


 まるでこの騒動に巻き込まれることを予見していたかのような言葉が胸を刺す。

 ここでプラティナがこの子のために薬草を買ってあげることは簡単だ。でもそれは正しいことなのだろうか。

 どうすればいいか迷っていると、女の子が再び店主に向かって声を上げる。


「でも、このままじゃお母さんが。お願いします。あとで必ずお金は払いますから!」

「すまないなお嬢ちゃん。俺たちも商売をしている人間だ。気持ちは分るが、あんたに情けをかければ次々に似たような手合いがやってきてしまう。商品が欲しかったら代金を持ってきてくれ」


 店主の表情も辛そうだ。まわりの露店主たちも同じような顔をしている。

 きっと女の子を見捨てるのは本意では無いのだろう。だが簡単に施しを与えれば、そのあとに起きる問題もあると知っているのだ。

 軽々しく代わりに薬草を買おうとした自分が恥ずかしくなる。


「でも、でも……」

「悪いな。で、ソッチのお嬢ちゃんはお客さんかい?」

「はい、えっと……このリストにある薬草を一房ずついただけますか」


 アイゼンが書いてくれた紙を手渡せば、店主は手早く薬草を揃えてくれた。

 提示された金額もアイゼンの予測通り、金貨一枚で十分足りる額だった。

 品を見る限り、薬草は本物のようだ。すこし萎れている気もするが、多少、質が悪くても力を使えば問題ないだろうと考えながら、プラティナは薬草を受け取る。


「ありがとうございます」

「まいどあり」

「僕が持つよ」


 薬草を詰まった袋をアンバーが受け取る。

 これで買い物は終わったとほっと息を吐きながらも、気になるのは女の子のことだ。

 薬を買うのは諦めたのか、しょんぼりと肩を落としてとぼとぼと歩いて行く背中から目が離せない。


「プラティナ、いいの?」


 アンバーも同じ気持ちなのか小さく頷く。

 見捨てるのは簡単だ。アイゼンや店主が言ったように、責任を持てない情けや施しをするのはいけないことなのだろう。

 それでも、目の前で困ってる人を見捨てるのはどうしてもできそうになかった。


「追いかけよう」

「うん!」


 プラティナの言葉に嬉しそうに頷いたアンバーに微笑みかけ、プラティナは女の子の背中を追いかけたのだった。


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