54話 問題発生
「もう、朝」
色々あったことで疲れていたのだろう。
部屋に入った途端猛烈な眠気に襲われたところまでの記憶しか無い。
同じベッドにはアンバーがお腹を出して気持ち良さそうに眠っている。
昨日、巨大な竜になったり人型になったりしたとは思えないあどけない姿だ。
「アンバー、起きて」
『んんう? 朝ぁ?』
くるくると小さく鳴きながらアンバーが身体を起こす。ぐぐっと伸びをする姿は、まるで猫のようでもある。
「朝ご飯食べに行こうか」
よく眠ったおかげで身体も軽いし頭もスッキリしている。空腹を訴えるお腹を押さえながらアンバーと共に食堂に降りれば、すでに起きていたらしいアイゼンとノースが同じ机を囲んでた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう聖女様」
ほぼ同時に挨拶をされて、プラティナは思わず動きを止めてしまった。
気のせいかもしれないがアイゼンとノースの間に流れる空気が変わったような気がする。
でもそれが何かもわからないし、理由も思い付かないのでプラティナはただただ首を捻りながらアイゼンの横に座った。
「おはようプラティナちゃん。今日の朝食はこれだ」
「わ! パンですね!」
ゼットが明るい声をあげながら、きつね色に焼けた四角いパンを乗せた皿を机に置いてきた。四角く切られたバターがパンの上にちょこんと乗っていてなんだか可愛らしい。
「チビ助は上に肉を置いてあるぞ」
『わーい! プラティナ、食べてくるね』
「行ってらっしゃいアンバー」
肉という単語に反応したアンバーが嬉々とした様子で屋上へと飛んでいく。
それを見送って再び机の上に目を向ければ、先ほどまでは固形だったバターが既に半分ほどにとろけていた。よく見ればバターが染みこみやすいように切れ目が入れられている。
「おいしそう~」
「まだまだこれからだ」
そう言いながらゼットが小さな乳白色のツボのようなものを取り出してきた。よく見ると小さな注ぎ口が付いており、水差しにも見える。
パンの上にそれを傾ければ、注ぎ口から琥珀色の液体がパンに降り注いでいった。
「はちみつ!」
「正解!」
「おいしそうです!」
焼けたパン、蕩けたバター、そして甘い蜂蜜の香り。
幸せ三拍子だと歓喜しながら手を伸ばし、思い切ってかぶりつく。サクサクとした表面としっとりしとした内側の白い生地にバターと蜂蜜の風味が混ざり合って舌を蕩けさせる。
「しあわせ~~!」
思わず両手で頬を押さえて身震いすれば、向かいの席に座っていたノースがむせたような声を上げた。
「どうしました?」
「いや……甘い物が、お好きなんだなぁ、って」
「はい、大好きです!」
「んんっ……」
勢いよく応えれば、今度は胸を押さえて呻かれてしまった。
何か良くないことを言ったのかとアイゼンを見れば、アイゼンもまた顔を逸らしてしまっている。
「二人は食べないんですか」
「もう食べた」
「そ、だから聖女様は気にせずゆっくりどうぞ」
にこにこと優しそうな笑顔を浮かべるノースに、プラティナははたと動きを止める。
「あの。その聖女様、ってやめませんか?」
「え?」
「私はもう聖女ではありませんし、その、その呼び方だと周りの目が気になりますし」
聖女様とノースが口にするたびに、他の人たちがちらちらとプラティナに視線を向けてくる気がしてどうにも落ち着かないのだ。
「ああ、それもそうか。うーん……じゃあ、プラティナ様?」
「様はいらないです。プラティナで」
「えぇぇ……それはちょっと……じゃあ、プラティナちゃんでどうかな? ここの店主もそう呼んでるみたいだし」
「まあ、それなら」
「よし。じゃあ改めましてプラティナちゃん。今日からよろしくね」
「はい!……はい?」
流れで素直に返事をしてしまったが、何かとんでもないことを言われてしまった気がする。
はて、と首を傾げればノースが嬉しそうに頬を緩ませていた。
「昨日、この護衛騎士サマ……っていうかアイゼンと話しあったんだけど、俺もしばらく二人に同行することになったんだ」
「本当ですか?」
「ああ。昨日の件もある。俺一人でも問題ないが、人手は多い方がいいだろう」
腕を組んだまま頷くアイゼンの表情は少し硬いが、反対はしていないらしい。
もしかしたら昨日のうちに二人で話を済ませたのだろうか。
昨日少ししか関わっていないが、ノースからは悪意のようなものは感じなかった。つかみ所は無いが、不思議と悪人とはおもえなかったのだ。
アイゼンに言えばお人好しが過ぎると言われそうだが、なんとなく信じてみてもいい気がするとさえ思っている。
(仲良くなってくれればいいけれど)
そんなことを考えながら、プラティナはパンを完食したのだった。
食後に出された蜂蜜入りの牛乳を飲んでいると、満足げな顔をしたアンバーが屋上から降りてきた。
『おなかいっぱい!』
「お帰りアンバー」
ちょこんと膝に乗ってきたアンバーは、先ほどのプラティナ同様にアイゼンとノースを交互にみつめて首を傾げてる。
なにかを感じ取っているのかもしれない。
ノースは身を乗り出してアンバーににっこりと笑いかけた。
「チビドラゴンくんもよろしくね」
『……プラティナ、こいつ燃やす?』
「燃やしちゃ駄目。彼はノース。今日から一緒に旅をしてくれるんだって」
『ええ~』
「なんでそんなに不満げなの!? 俺、役に立つ男だよ」
ノースが心底傷ついたような悲鳴を上げ、腰の鞄から何かを取り出した。
それは小さな欠片で、キラキラと輝いている。
アンバーはそれを見た途端、ぴい! と甲高く鳴いて羽を羽ばたかせた。
『それ!』
「お近づきの印にどうぞ、チビドラゴン君」
『いいの!?』
「どうぞどうぞ」
机の上に転がった欠片に、アンバーが飛びつく。
器用に舌でそれを口の中に放り込むと、嬉しそうに頬ばりはじめた。
「それ、なんですか?」
「これはね、星の砂っていって魔力の結晶粒なんだ。鉱山なんかで希に採れる」
「へー!」
キラキラとした粒を一つ受け取って光りにかざせば、七色に輝いて見える。
言葉通りまるで星だ。
「もっと大きければ魔道具とかいろいろ使い道があるんだけど、ここまで小さいと装飾品にもならない。でも、これが大好きな種族がいてね」
「もしかして、竜種ですか?」
「そ。ドラゴンにはじまる竜種はこれが好物なんだ。だから、竜が出るような場所に行くときは御守代わりに持っていくんだよ。友好的なタイプだとこれで仲良くなれる」
『おまえいいやつだな! ついてきていいよ!』
「こんなふうに」
手のひらを返してノースを受け入れたアンバーにプラティナは笑い声を上げる。
「アンバーはこれが好き?」
『うん。あまくておいしい』
「そうなんだ?」
「竜種は魔力を栄養に変える器官を持っていると言われているからな。この結晶からも魔力を得ることが出来るんだろう。腹は満ちないが嗜好品……いわば菓子みたいなものだな」
「なるほど」
アイゼンの解説にプラティナは大きく頷いた。
この世界にはまだまだ知らないことが満ちていると感心しながら星の粒を味わうアンバーの頭を撫でたのだった。
「それじゃ無事に俺の仲間入りも許されたことだし、次の聖地に向かうってことでいい?」
「ああ。長居は無用だろうからな……と、言いたいところだがいくつか問題がある」
「「問題?」」
アイゼンの言葉にプラティナとノースの声が重なり合う。
これまでずっと順調に旅をしてきた中で、アイゼンが『問題』などと口にしたことは殆ど無かったのに。
よほどのことかもしれないとプラティナはごくりと唾を飲み込んだ。
「次の聖地は砂漠のど真ん中にある遺跡だ」
三つ目の聖地アスタ神殿。このラナルトから山を一つ越えた先にあるニグル砂漠のほぼ中心に位置する神殿だ。そこは他の聖地とは違い、邪龍が討伐された場所だと言われている。
巡礼をする場合、もっとも重要な場所だ。
「問題の一つは、装備不足。ここに来るまでに食料をほぼ使い切ったし砂漠に行くなら水も調達する必要がある。服も揃えなきゃならない」
「確かにそうですね」
「二つ目は、情報が少なすぎることだな。今回は案内人がいたが、ニグル砂漠は人が住める環境じゃないこともあって、詳しい人間がほぼいない。ゼットが探してくれている最中だが見つかるのか確証はない」
「なるほどね。たしかに山向こうには集落もないし大した素材も取れないからギルドも関知してない地区だもんな」
「三つ目。これが一番重要だ」
普段以上に真剣なアイゼンの表情に、プラティナはごくりと喉をならす。ノースも一緒になって動きを止めた。
「なんでしょうか」
「金が尽きた」





