51話 それは奇跡か偶然か ①
ご無沙汰してます連載再開です……!
ノースの言葉が理解できず、プラティナは何度も目を瞬かせた。
誰かに否定して欲しくて咄嗟にアイゼンに視線を向ければ、彼は難しい顔をして腕組みしたままノースを睨み付けている。
「そう思う理由はなんだ」
「明確な証拠はない。でもこれまでの情報を集めて並べてみてよ。レーガが女王になったのと聖女様が神殿に閉じ込められたのはほぼ同時期。それからこのシャンデは女王による圧政がはじまった」
圧政。その言葉に胸がギュッとなった。
国王である父が守っていたシャンデは、レーガによってずいぶんと荒れた国になってしまった。
「弱者は搾取されるのはとうぜん。貴族や金持ちはとことん優遇。血なまぐさい事件も起きてるから、ギルドは大忙しさ。でも不思議なことにレーガの政治に口を出す人間はいない。なんでだと思う?」
「なんでですか?」
「シャンデは守られているからだよ。城壁の外にさえ出なければ、魔物に遭遇することはない。天候や気候が安定してるから農耕や商売はしやすいし、鉱山から採れる資源だって潤沢だ。ここ数年は酷い疫病も流行ってない。とんでもない加護に国全体が守られているとしか思えないんだ。金と権利さえあれば暮らしやすい国だって世界中で有名だせ」
ノースはシャンデのいいところを指折り数えていく。
神殿にくるのは暮らし向きに困っている平民ばかりだったから、そういう意見は新鮮だった。
確かに希に祈祷を依頼してくるお金持ちは、シャンデをやたら褒めていたような気がする。
「それに女王の暮す王城や、その周辺を守る結界も不気味なほどに強力で手の出しようがない。戦争を仕掛けられても負け知らず。女王を暗殺しようとした連中の存在そのものが消し飛んだって話もある」
「そ、んな」
「でもここ最近、様子がおかしい」
スラムで疫病が広がり、鉱山が崩れ、作物は虫害に侵されている。トドメに、これまで近づくことすら出来なかった城内にノースが簡単に忍び込めた。
「明らかに加護が弱まってる。今は王都やその周辺だけに被害が出てるけど、郊外でも似たようなコトが起き始めてるってはなしだ。恐らく、聖女様が神殿で祈りを捧げなくなったからじゃないかとギルドマスターは疑ってる」
「私の祈り、ですか?」
「そ。聖女様の祈りにはガチで効果があったんだと思う。神殿の内部には流石に侵入できなかったけど、うちのマスターが金を積んで中を調べさせたらおもしろいものが見つかったって連絡があった」
ノースが懐から一枚の紙を取り出し、机の上に置いた。
そこに描かれた絵柄には見覚えがある。
「祈りの魔法陣じゃないですか」
それは祈りの間のあちこちに描かれた魔法陣だった。神殿の部屋にもしっかりと描かれていたように思う。
あまりにずっと目にしていたので、存在を忘れがちだったくらいだ。
久しぶりに目にしたそれに懐かしささえ感じる。
「聖女様はこれが何か知ってる?」
「確か、祈りの効果を高める術式だったと聞いたような……?」
「そういう効果もあるみたいだけど、正しくは違う」
「違うんですか?」
だったらなんのための術式なのかと首を傾げれば、ノースがぎゅっと眉根を寄せて紙に書かれた魔法陣を指先で叩いた。
「ギルドお抱えの魔術師でも文献で見たことしかないくらい古い魔法の一部だった。これは、呪いをかけた相手の力を奪う術式の装置なんだよ」
ダン!と鈍い音がした。
一瞬、自分の身体から聞こえたものかと錯覚したが、それはアイゼンが拳で机を思い切り叩いた音だった。
分厚い木製の机が、痛々しく凹んでしまっている。
「アイゼン……!」
怪我をしたのではないか慌てて拳を確かめようとするが、アイゼンは額に青筋を立ててノースを睨み付けている。
「どういうことだ」
「俺を睨んでどうするんだよ! 俺は事実を話してるだけだっての! この魔法陣の近くで呪いの対象者が何かしらの力を使えば、それを根こそぎ吸い上げてどこかに集めるもんらしい」
ノースが呪術師から聞いてきた話によれば、この術式は、権力者が魔法使いや自分のような聖女から力を奪うために使う為に作られたものらしい。随分前に禁呪に指定され、今では使い方の記録すら残っていないそうだ。
悪趣味の極みだと吐き捨てながらノースが魔法陣を睨み付ける。アイゼンも同じだった。
「これが神殿にあったことと、聖女様になにかの呪いがかけられていたこと、そして聖女様が神殿を出てから突然弱まったシャンデの加護……これらを複合して考えれば、女王が聖女様に呪いをかけて力を奪ってた、って考えるのが自然だろ」
しんと部屋の中が静まりかえる。
アイゼンも、アンバーも、誰も口をきかない。
私も何も言えなかった。アンバーだけが不安そうに私たちの顔を見回している。
「……先に言っとくけどこの事実を知ってるのは一握りだと思うぜ。これは呪いをかけられた相手以外には全くの無害だ。神殿の連中の大半は、聖女様を心配してた」
「そう、ですか」
「だが神殿長とその周辺だけは慌てふためいてるらしい。レーガの恩恵にあずかってる連中だな。それで、あの馬鹿がここに来たって訳だ」
「馬鹿?」
「あのお坊ちゃんだよ。アイツ、女王と父親である神殿長に蹴り飛ばされて聖女様を探しに来たんだ」
迎えに来たと口にしたツィンを思い出す。
あんなに簡単にメディに乗り換えておいて、迎えに来るなんておかしいとは思っていたが、行動の裏にそんな理由があったなんて。
納得すると同時に、ツィンらしいと思ってしまった。
「やっぱり、私のことを心配していたわけではなかったんですね」
ノースとアイゼンが、何故か同時に息を呑んだ音が聞こえた。
二人は苦虫を噛んだように顔を歪めて私を凝視してくるものだから、なぜだか居心地が悪くなる。
「あの……?」
「君、あの男を好きだったことなどないと言ったが、あれは嘘だったのか」
「はい?」
「そうだよ聖女様。あんなクズのことなんて気にするだけ無駄だよ」
「?」
一体何の話だろうか。
わけがわからず首を傾げていると、アイゼンが奥歯に物が詰まったような口調で声をかけてきた。
「あの男の態度に悲しんでいるんじゃないのか?」
「まさか!」
プラティナは慌てて頭を振った。
「ツィンがここに来た理由がわかってスッキリしただけですよ。わざわざ迎えに来るなんておかしいとは思っていたんですが、命令されたなら納得だなって。本当に私はツィンのことを好きとかそういう風に考えたことはありません。ただ、いずれ結婚すれば家族になってくれる人だって、すがってたのかもしれません」
自分だけを大切にしてくれる家族。そういう相手になってくれるのだろうと期待してしまっていた。
「そこに私の意志なんてなかったことに気づきました」
「プラティナ……」
「聖女様……」
なんだかしんみりとした雰囲気になってしまったと申し訳なく思っていると、アンバーが不愉快そうに羽を羽ばたかせる。
『プラティナ、そいつ燃やす?』
「燃やしちゃ駄目」
物騒な発言に思わず笑みがこぼれてしまう。
鈍色の頭を優しく撫でながらアイゼンたちを見ると、アンバーの言葉に毒気を抜かれたのかさっきよりずいぶんと表情が和らいでいた。
「……とにかく、聖女様の中にある呪いは女王が原因だと思って間違いないと思う。この術式は術者から離れるか、魔法陣から離れればどんどん弱まるらしいから。近くにいれば近くにいるほど、何もしなくても力を吸い取られるらしい」
ノースの言葉にプラティナははっとする。
王都を出てからお腹は空くことはあれど、神殿での日々のような倦怠感や苦しさはほとんど感じなかった。
力を使いすぎて倒れたことはあったが、最初に倒れたときのような自分自身の存在が希薄になるような感覚は無かったのを思い出す。
「もしかして、私が元気になってきたのって」
「王都を離れたからだろうな。少なくとも魔法陣から離れたし、女王も近くにいない……」
そこまで喋ったアイゼンが急に黙り込んだ。何かを考え込むように顔を伏せ、数秒の間の後、勢いよく顔を上げた。
「そうか……!」
「わ!」
突然立ち上がったアイゼンの椅子が床に倒れる。
びっくりしてアンバーが飛び上がり、ノースも目をこぼれんばかりに目を見開いている。
ばっとこちらを見たアイゼンはこれまで見たことのないような表情をしていた。
「俺が逃げ出せたのは、君が神殿を出たからか……!」





