50話 教えられた可能性
お腹も膨れて机の上も綺麗さっぱり。
そろそろ部屋に行って休もうか、などとプラティナが緩やかに疲れにまどろみかけていると、ノースが「さて」と明るい声を上げて両手を叩いた。
「色々と聞きたいことがあるだろうけど、どっから話す?」
屈託のない笑顔で問いかければ、プラティナはぱちりと大きく目を瞬く。
数秒の間をおいてから「あっ!」と慌てて口を押さえれば、アイゼンが呆れたように目を細めたのが見えた。
「プラティナ。君、まさか……」
「わ、忘れてません! ノースさんから話を聞かなきゃいけなかったこと、忘れてません!」
「えっ!? マジ!? 聖女様、本気でこれで解散にしようとしてた!?」
心からビックリしたらしいノースの表情に、プラティナは恥ずかしさで頬を押さえる。
ご飯があまりに美味しくて全部忘れていたなんてどうして言えようか。
二人の呆れたような視線に恐縮しながら、仕切り直しとばかりに首を振る。
「お話、聞かせてください」
「いいよ。ここで話す? それとも聖女様の部屋に行く?」
「えっと……そうですね、じゃあ私の部屋に……」
「俺の部屋でやるぞ」
「えぇぇ」
「嫌ならお前が部屋を取るか、ここで話せ」
睨みをきかせながらアイゼンは立ち上がり、プラティナの手を引くようにして立ち上がらせる。
ノースはつまらなそうに唇を尖らせていたが、諦めたように肩をすくめて見せた。
「わかったよ。護衛騎士サマの言うとおりにする」
「じゃあ、アイゼンの部屋に……」
「その前に、君は上だ」
「上?」
「そろそろ上のチビにも構ってやらないと、宿を壊すぞ」
「アンバー!!」
すっかり忘れていたと小さく悲鳴を上げてプラティナは階段を駆け上がったのだった。
案の定、アンバーは明らかに不貞腐れていた。それも、小さなトカゲの姿で。
従魔用に備え付けられた屋根付の小屋の中央、藁を敷き詰めた場所にくるんと丸くなって此方に背中を向けていた。
近くには空になったお皿があるので、どうやらゼットが気を利かせて食事を運んできてくれていたらしい。
食事抜きでなかったのは不幸中の幸いだろう。
すぐそばに膝を付き、小さな背中をそっと撫でる。小さな姿は久しぶりで、懐かしい感触に頬が緩む。
「あ、アンバー。ごめん、ごめんね」
『……さみしかった』
絞り出すような声が聞こえてきた。
どうやらどんな姿でも喋れるようだ。意思疎通ができるのは嬉しいが、罪悪感はひとしおだ。
謝罪の気持ちが伝わるように手のひらをしっかり押し当て何度も何度も背中を撫でる。
「うん。ごめんね」
『待ってたのに。僕も一緒にご飯食べたかった』
「そうだね。明日からは一緒にご飯たべようね。ほら、抱っこしてあげるからおいで」
『……うん』
ようやく顔を上げたアンバーが、琥珀色の瞳を潤ませながらよじよじとひざに登ってくる。
ひしとしがみついてくる小さな身体をぎゅっと抱きしめれば、くるくると懐かしい喉の音が聞こえたのだった。
小さなアンバーを抱えてアイゼンの部屋に戻れば、椅子に座っていたノースが立ち上がり目を見開く。
「え!? ドラゴンの子ども!?」
「はい。私の従魔なんです」
「へぇ~~」
じろじろと無遠慮な視線を向けられ、アンバーが警戒したように鋭い視線をノースに向ける。
それからさっとアイゼンの方に顔を向けた。
アイゼンはベッドに座って腕と足を組んでいる。アンバーが小さなトカゲになってることにはまったく驚いていない様子だ。
『なにこいつ! 危ないやつ? 燃やしていい!?』
「うわっ! 喋った!!」
「今はダメだ。とりあえず話を聞いてからにしろ」
『わかった』
「待って! ちょっと待って、おっかないんだけどぉ!?」
驚きすぎて面白い顔になっているノースが、アイゼンとアンバーを交互に見つめ狼狽えている。
数時間前、宿の前でツィンたちを叩きのめした時とは別人のようで、なんだかおもしろい。
「聖女様、ちょっと俺が先に話聞いてもいい? 頭混乱してきたんだけど」
「ふふ、いいですよ」
「いいのか」
「はい。きっと、必要なことだと思うので」
ノースがもたらす話がどんな内容なのかはわからないが、きっとプラティナにとって必要なことのような気がした。
同時に、きっとこれまでプラティナが集めた情報もノースに伝えるべきだという予感があった。
そうしてプラティナは、王都を追い出されたところから二つ目の聖地で起きた出来事までをノースに説明したのだった。
「なんというか、どこから突っ込んでいいのか分からないんだけど」
「なにかわからないことがありましたか?」
「わからないことがもはや何なのかわからないって言うか……あー……頭痛くなってきた」
「だったらもう帰って休め」
「なんですぐ追い出そうとするんだよ! ああもう……」
なんとも言えない声を上げ、身体を左右に揺すりながらガシガシと頭を掻いたノースが、長い息を吐き出す。
真っ直ぐにプラティナを見つめたノースの表情は、これまでの陽気なものとは一変して真面目なものになっていた。
「……まずはもう一度自己紹介するね。俺はノース。王都のギルドに所属した冒険者。っても、普通の依頼よりも調査とか追跡とか、そういう仕事がメイン。出身は王都のスラムなんだけど……まあ、そこは本筋には関係ないから割愛ね」
「はあ……?」
「で、今回俺がここに来たのはうちのギルドマスターからの依頼。行方知れずになった神殿の聖女様を探し出して、護れってね」
「ギルドマスターさんが、どうして」
理由が分からないとプラティナが首を傾げれば、ノースが苦笑いを浮かべた。
「聖女様が作ってた薬、ギルドでは大人気なんだ。それが急に卸せなくなったって言われてこっちは大混乱。何があったのかと調べたら、聖女様が城に連れて行かれたってわかったんだ」
「まあ。あの、神殿は私の不在を隠してたんですか?」
「隠してたっていうか、神殿の連中も殆どわけがわかってない様子だった。とにかく聖女様はいないってことしか言わなくてさぁ」
その時のことを思い出したのか、ノースが苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「後任の聖女ってことであの我儘姫、おっと妹姫殿が聖女をやってたらしいんだけど薬作りどころか祈祷の類いも全部放棄して遊びほうけてるもんだから、神殿の連中もかなりストレスが溜ってるみたいだったぜ」
「そんな……メディ……」
あんなに意気揚々と聖女をやると言っていたのは何だったのだろうか。
少しぐらいは努力してくれていたのではないかと思っていただけに、落胆が隠しきれない。
「で、俺が城に潜り込んでみたらまさかの巡礼に出てたってわかったわけ」
「お城に潜り込んだんですか!?」
「そ。普段はめっちゃ厳重な結界が張られてるのに、ずいぶん弱まってて侵入なんて簡単だったよ」
「え……?」
「それだけじゃない。王都全体を包んでた加護が一斉に弱まり始めてる。意味、わかる?」
「メディが祈祷をしていないからですか?」
恐る恐る口にした可能性に、ノースは緩く首を振る。
「ちがう。聖女様が神殿から離れたせいだと俺は思ってる」
「私、が……?」
「俺聞いたんだよね。女王が、聖女様をつれもどせって言ってるの。さっきの呪いの答えってたぶんそれ」
心臓がさかさまに脈打ったような気がした。
痛む胸を押さえれば、アンバーが心配そうに喉を鳴らす。
ノースの話を聞きたいが、聞きたくない。
「聖女様の力を奪ってたのは女王だと思う」





