45話 巡礼の謎
「おかしいなぁ? アイゼンみたいな大人になるつもりだったのに」
アンバーは子どもの身体がお気に召さない様子だ。
だが言葉遣いやその表情はとてもしっくりくるので違和感はない。
「中身がガキだからだろうが」
「なんだとぉ! アイゼンの意地悪。いーだ!」
「そういうところがガキなんだ」
「も~~! 二人ともやめなさい!」
油断すれば喧嘩を始める二人をなだめ、プラティナは深いため息を零した。
人になったアンバーにどうしてそんなことが出来るのかと聞いてみたが、本人も何故出来たのかよくわからないようだった。
変身したいと強く願ったとき、最初は小さな龍になるつもりだったそうなのだが、どうせならプラティナたちと旅のしやすい人型がいいと思い浮かべたらしい。
まさかそれが本当に具現化するなど、アンバーも想像もしていなかったのだろう。
本人がわからないことはプラティナたちにわかるわけもない。
仕方が無いので、とりあえずアンバーの身の上について色々と質問してみるが、プラティナたちとあの森で出会う前の記憶はおぼろげだという。
一人で生きていたことは間違いないが、いつからあの森にいたのかは覚えていない。親や仲間についても同様だ。
気がついたときには柄の悪い冒険者に傷を負わされ、水源に逃げ込んでいたらしい。
「いつも誰かに追いかけられていたような気がする。だから人間なんて嫌いだって思ってあそこで休んでたんだ」
「そうだったのね……」
人を嫌ったアンバーの心が、あの水源で呪いを生んだのだろう。
当時のことを思い出したのか、しょんぼりと肩を落とすアンバーの背中を優しく撫でてやる。
「プラティナが助けてくれなかったら、僕はきっと悪い龍になってた気がする。人間が大嫌いのままだった」
「今は?」
「好きだよ! プラティナが一番好きだけど、みんな好き! 美味しいご飯もいっぱいくれるし!」
屈託のない笑みを浮かべるアンバーに、つられて頬が緩む。
あの日、出会えた奇跡にもう一度感謝したくなる。
「ねえプラティナ。この格好ならずっと一緒にいられる?」
「え? ええ、そうね。大丈夫だと思うわ」
今のアンバーは完璧に普通の子どもだ。この状態ならば連れ歩いても問題ないだろう。
「やった! 僕がずっと守ってあげるからね!」
「ありがとう」
姿形は違っても中身はそのまま。
変わらず慕ってくれる愛しさに、プラティナは頬をほころばせる。
だがアイゼンは驚きを通り越して呆れ顔だ。
「まったく。お前は一体何なんだよ」
「僕は僕だよ」
「人間に変身できるのって、凄いことなんですよね?」
「凄いどころじゃない。伝説レベルだ。魔力の多い高位の魔物には姿形を変えられるものがいるとは聞いたことがあるが、ここまで完璧なんて話は聞いたことがない」
「そんなに……」
「おいチビ。絶対に人前で変身を解くなよ。騒ぎになるどころじゃすまない」
「え~」
「そこでぶっ倒れている男を見ろ」
アイゼンが指さした方向には気を失っているエリンコがいた。大の字になってまだ気を失っている。
正直、今の今まで存在を忘れていた。
「た、大変……!」
「放っておけ。今起きたら逆に面倒だ。コイツのことをどう説明する?」
「あー……」
突然巨大な龍があらわれて人になった。駄目だ、信じて貰える気がしない。
しばらく考えたプラティナだったが、素直にアイゼンの言葉に従うことにする。
「で、呪いはどうだ」
「あ」
「……もしかして忘れてたのか」
「はい」
空を仰いだアイゼンが低い声で唸る。これは怒られても仕方が無いかと首をすくめていれば、アンバーがひしとしがみついてきた。
「プラティナの中にある赤いの、まだ残ってる」
「見えるの!?」
「うん。最初からずっといたよ。すっごく嫌なかんじ。でもずっと小さくなってる」
魔物であるアンバーにはプラティナたちには見えない何かが見えているのだろう。
じっとお腹のあたりを凝視され、少し落ち着かない。
「どんどんちっちゃくなってるから、もう一回あれを歌ったら消えちゃうかも」
「ほんと?」
「自信は無いけど……」
正確なことはわからないのだろう。アンバーは戸惑うように視線を泳がせながら必死で何かを考えている。
「歌ってのは、あの祈りの文言か」
「ええ。聖句のことですね。国を出るときに持たされた経文です」
アンバーの成長のこともあるし、一度調べようとは思っていたのだ。
依り代である龍の像に近づき、広げられていた経文を拾い上げる。
「あれ……?」
「どうした」
「いえ……なんだか少し文字が変わっているような?」
僅かな違和感に、プラティナは目を細めた。
最初に広げたときはもっと沢山の文字が書かれていたような気がするのに、いま経文に書かれている内容は当たり障りのない祝詞ばかりだ。
どんなことを口にしたのか思い出そうとするがどうもはっきりしない。
「アイゼン。他の経文も見せて貰えますか」
「ああ」
アイゼンは荷物からもう一つの経文を取り出す。
カーラドの谷で読んだものはあの場に置いてきたので確かめようがないが、まだ読んでいない経文が一つあったのが救いだ。
だが、手渡された経文を開こうとしても何故かびくともしない。見た目はただの紙なのに、まるで鉄で出来たようにぴったりと張りついて開く気配がなかった。
「それ、たぶん封印されてるよ。さっき読んでたやつもここに来るまでは同じように封印されてた」
「!」
さらりととんでもないことを告げたアンバーを、プラティナとアイゼンは同時に見た。
「なんでそんな大事なことを言わない!」
「だって僕さっきまで話せなかったもん! 変わった封印だなって思ってたけど……」
「まったく……おい。巡礼ってのは全部こうなのか」
途方に暮れたようなアイゼンの声にプラティナは力なく首を振る。
そもそも、正しい巡礼自体プラティナは知らないのだ。
言われるがままに聖地の巡礼にきたが、実はとんでもないことに巻き込まれているのではないのか、という思いがこみ上げてくる。
死にかけたプラティナを体よく追い出すために指示された聖地巡礼。だが蓋を開けてみれば不思議なことばかりだ。
王都を離れた途端に健康になった身体。身体にかけられていた呪い。聖地で祈る度に得られる力と、聖句の封印。
急に怖くなった。
足元が崩れていくような不安に飲み込まれそうになる。
そんなプラティナの目の前にアイゼンが膝を突いた。
のぞき込むように見つめてくる表情は真剣で、頬がじわりと熱を持つ。
「プラティナ、俺は、君が望むようにする」
アイゼンの言葉に迷いはなかった。
これまでだってずっと、アイゼンはプラティナの望みを叶えるために力を貸してくれた。
でも今更連れて逃げてなんて言えないのもわかっている。
あの日、逃げようと言ってくれたのを断ったのだから。
「……アイゼン。私、聖地巡礼を続けます」
「ああ」
「そして私の呪いと、この聖句について調べたいです」
「そうか」
「王都に戻って、一体何が起こっているのかちゃんと知りたい」
王女として、聖女としてこの国を守りたい。
死にかけていた自分がここまで来ることができたのだ。
もうできないことなんて何もない。
「わかった」
「僕も一緒に行く。ずっとプラティナを守るからね!」
力強く頷くアイゼンと、ぎゅっと抱きついてくれるアンバーのぬくもりに、鼻の奥がツンと痛む。
彼らがいるならきっと何も怖くない。そう信じられるのが嬉しかった。
命すら諦めていた自分が手に入れた目標。
それを確かめるように開けない経文を抱きしめる。
「ありがとう」
もう何度目になるかわからない感謝を口にしながら、プラティナはしっかりと前を向いたのだった。





