42話 セルティの孤島
ゼットが手配してくれた船長は、長年この海で漁をしていたというベテランだった。
日に焼けた肌とたくましい体をした船長はどこか頑固そうな風貌をしていたが、必ず無事に連れて行くという言葉には安心感がある。
案内役の男性は焦げ茶色の髪をした痩せた男性。こちらは船長とは違い、ずいぶんと明るく饒舌な人物のようだ。
巡礼者であるプラティナたちに興奮した様子で話しかけてくる。
「聖地に連れて行ってくださると聞いて、喜んで案内役を受けたんですよ!」
「孤島にお詳しいと聞きましたが」
「はい! 申し遅れましたが、僕はエリンコと申します。趣味で孤島にある聖地を研究している者です!」
「趣味で」
エリンコは自慢げに頷くと懐からヨレヨレの手帳を取り出した。
長年使い込まれたらしいページをめくりながらびっしりと描き込まれた紙面を見せてくる。
「僕は元々この国の人間ではないのです。シャンデには留学で来たのですが、うっかり邪龍伝説に取り付かれてしまいまして……」
うっとりと語りはじめたエリンコの視線はどこか遠くを見てた。
一見すればちょっと怪しいその仕草に、アイゼンが警戒するかのようにプラティナの前に立つ。
「お喋りは現地で頼む。こっちは急いでるんだ」
放っておいたら延々と語っていそうなエリンコを追い立てるように乗せ、船が孤島に向け出航したのだった。
海上を滑るように進む船は揺れも少なく、運航は穏やかなものだった。
頬を撫でる湿気を帯びた潮風の匂いは独特なもので、何もかもが新鮮だ。
プラティナは胸を躍らせながら、太陽の光をキラキラと反射させる波をのぞき込もうとしてはアイゼンに引き戻されている。
そんな船上では予想通り、エリンコの熱弁が続いていた。
「この聖地という概念はまず他国にはありません。これがまず面白い」
「聖地ってどの国にもあるものではないんですか?」
「ないんですよ。呪物や聖遺物はありますが、そういったものを特定の場所に祀って聖地扱いするという考えは特殊ですね」
「へぇ」
場所が変わればいろいろなことが違うのだな、とプラティナは感心しながらエリンコの話に耳を傾けていた。
「最も興味深いのは、なんと聖地に封印されているのは邪龍ではないという説があることです」
「邪龍じゃない?」
聞いたこともない話にプラティナはきょとんとする。
「この国で広まっている伝説では『害をもたらした邪龍を倒し、その核を聖地に封印し平和が訪れた』というのが主流です。でも中には、この国を守るために龍が封印されたという伝承もあるのです。僕が興味を引かれたのはこの相違でした」
目を輝かせるエリンコは身振り手振りを大きくしながら、興奮気味に手帳をめくった。
そこにはいくつものパターンの伝承が書かれている。
「僕、こういう伝説に目がなくて。調べたところ、やはり最初はこの国を守護していた龍がいたという話に辿り着くんですよね。で、国がとんでもない厄災に襲われたため、龍の力を借りてそれを鎮めた、という古い話を見つけました。いつのまにかそれが邪龍扱いになっていたと」
「なんでそんなことに?」
「国の厄災と龍の話が、混ざってしまったのかも知れないと僕は考えています。聖なるものをたたえるよりも、悪しき者を封印しているといった方が威厳もありますしね」
「はあ……?」
「まあそこは僕もはっきりとはわからないので仮説なんですが。もう一つ面白いのが、現在の女王陛下の統治になってからの聖地への扱いが変わったことです。以前は神殿の神官達がこぞっておこなっていた巡礼が突如減り、数年前には誰も来なくなった。そのせいで聖地の扱いはどんどんおろそかになっています。なのに誰も危機感を覚えていない。あれは邪龍だから、祈りを捧げる必要なんてないとさえ思っている。そのせいで僕は、巡礼に立ち会えたことがないんです」
いつ息継ぎをしているのかわからないくらいの早口で喋るエリンコに、プラティナはなんとなく頷くだけで精一杯だった。
困り果ててアイゼンを見れば、少し離れたところで腕を組んで目を閉じている。
どうやらエリンコの話は聞く価値がないと判断したらしい。ずるいと思ったが、聞き始めてしまった以上、突き放すわけにもいかない。
「聖地には聖なる力が宿っていて、そこで祈ることで神官たちは強い力を得るといいます。それは祈りによって聖地に溜まる力をその身に宿すからです。でも本当に邪龍がその場に封印されているのならば、聖地の力を奪うのは御法度のはず。なんだかチグハグだと思いませんか?」
「そ、そうですね」
正直、エリンコの言っていることの半分も理解できない。
彼の中では何かしら答えがあるらしいが、まわりくどいうえに情報量が多くてかみ砕けないのだ。
「だから僕は巡礼の瞬間をこの目で見たいのです。いったいどんなことが行われているのか!」
「見てどうするんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
「ひっ!」
エリンコが、息が掛かるほどに距離を詰めてきた。
その勢いにプラティナはのけぞる。
「僕はこの伝説を戯曲にしたいんです。邪龍にさせられた龍。面白いと思いませんか」
「そ、そうですね」
「いや~! ずっと巡礼に来る人を待っていたんです。やはり実物を見ないとインスピレーションが湧きませんからね!」
「はあ……」
なんだかよくわからない人だ。ただ何かしらの情熱があるのはわかった。
それに、たぶん悪い人ではない。だって、こんなに楽しそうに話をしているのだから。
「お嬢さん。今回は同行させてくれて本当にありがとうございます。最近は孤島に行きたがる船も減っていたんです」
「そうなんですか?」
「ええ。なんでも孤島に行く海流が酷く荒れることが多いらしくて、安銭では依頼を受けてくれないんです。僕もお金があるわけじゃないので……とにかく、島での道案内は任せてください」
どんと胸を叩くエリンコの表情は少年のようだった。
少し不安ではあるが、今優先すべきは聖地に行くことだ。道を知っている存在は頼もしい。
プラティナは海の向こうに見え始めた小さな島を見つめ、きゅっと唇を噛んだ。





