40話 誇り
医師の言葉通りしっかり眠ったプラティナは熱も下がり、夜には普通に動けるようになった。
胃腸を休めるためにとゼットが用意してくれたのは細かく切った野菜がたくさん入ったおかゆ。優しい旨味ととろりとした食感がたまらない。弱っていた身体に染みわたるおいしさに救われるようだった。
一番大変だったのはアンバーの世話だったとアイゼンは教えてくれた。
どうもプラティナが寝込んでいることに気がついたらしいアンバーが、精を付けさせようとおもったのか勝手に魔物を狩ってきては宿屋の屋上にせっせと運び込んできたらしい。
その中にはかなり貴重な魔物もいて、ゼットでさえ驚いていたのだとか。
食事を終えたプラティナを見守るように傍にいてくれているアイゼンの顔は、そのことを明らかに面白がっていた。
「あんな大慌てなゼットははじめて見たぞ。処分しきれなくてギルドに買い取りに来て貰ったくらいだ」
「アンバーったら」
「おかげでこの店の貯蔵庫には肉がたんまりだ。元気になったら君に食べさせるんだと意気込んでるから覚悟しとけよ」
「ふふ……」
その光景を思い浮かべ、プラティナは肩を揺らした。
早くアンバーに会いたいと思いながら、自分の両手をじっと見つめる。
医者に様々な事実を告げられたときのショックはまだ抜けきっていないが、アイゼンやゼットがずっと気遣ってくれたことでずいぶんと持ち直している。
「とにかく今夜はしっかり眠れ。ゼットが呪いに詳しい人間を探してくれてる」
「すみません、迷惑をかけて」
「言っただろう。君は俺を呪いから救ってくれた。今度は俺の番だって」
「アイゼン」
当然のことだと笑うアイゼンの笑顔に、胸が締め付けられる。
「情けないです。聖女なのに呪われるなんて」
呪われている事実を知ったプラティナは熱にうなされながら、なんどか自分の力を内側に向けてみた。
これまでは目の前の人を救うことに必死で、自分の力で自分を癒やそうなんて考えたことがなかったのだ。
呪いなんてないと信じて触れた自分の中。結果は惨敗。
たしかにプラティナは呪われていた。
身体の奥底に何らかの核が埋められている。だが、それに触れることはどうしてもできない。
「お前の力でも無理なのか」
「うーん……なんていうのでしょうか、正確にはコレは呪いではないようなんです」
「呪いじゃない?」
怪訝そうに眉を寄せるアイゼンに、プラティナは触れて気がついた呪いの核について感じたことを説明した。
プラティナの中に埋まったこれは聖なる力を吸収していることはまちがいない。だが、それを悪用してプラティナを害そうとしているわけでもどうやらないらしい。
もし本当にプラティナを苦しめるための呪いなら、流石に気がついたはずだ。
「ただ力を吸収してるだけって……その吸収した力は何処にいったんだよ」
「それがわからないんです。今は殆ど動いてないんですよねこの呪い」
まるで眠ったように静かな呪いの核をさぐりながらプラティナは首を傾げる。
これは、ずっと長い間身体の中にいたのだと思う。プラティナが持つ聖なる力とかなり同化してしまっている。解呪しようとしてもできないのはそのためだ。
「私が死にかけたのはこの呪いが原因だと思うんです」
「は?」
「今ならわかるんですが、神殿での祈りって異常に力を吸われていたんです。たぶん、神殿で祈ることが発動条件なんじゃないでしょうか」
人々の平和を祈っていた祈り。その行為が、己の命を削っていたかもしれないと知ったときは正直ショックだった。
だが、熱が下がり冷静になった今は少し違う。
旅の道中に聖なる力を使ったときは確かに疲れやすかったが、祈ったあとに力が根こそぎなくなるようなことはなかった。
それは旅で身体が強くなったせいだろうと今までは思っていたが、きっと違う。
おそらくこの呪いは神殿での祈りの際に、プラティナから過剰なまでに力を奪っていたのだ。
聖女として祈って倒れたのは、力の調整が下手だったからじゃない。
いつから、誰が、何故そんなことしたのかはまったくわからないが、つじつまはあう。
「なんだよそれ……」
「不思議ですよね。でも、安心しました。今は呪いは作用してないみたいです。これなら巡礼の旅も続けられそうです」
「なんだと?」
低い声で唸ったアイゼンに、プラティナは動きを止める。
先ほどまでの心配そうな表情が一変し、明らかに怒っているのが伝わってくる。
どうしてそんな顔をするのかと戸惑っていれば、アイゼンが乱暴に前髪をかきあげた。
「君はずいぶんとあっけらかんとしているな。熱を出していたときは、もっとしおらしかったのに、今はずいぶんと強気だ」
「……!」
アイゼンに手を握って貰っていたことを思い出し、プラティナは顔を赤くした。
弱っていたせいでかなり気弱になって、恥ずかしいくらいに甘えてしまった記憶に、今更ながらに悶えたくなる。
「そ、それは……ちょっとあそこまで苦しいのが久しぶりだったからで」
「これまでだってひょいひょい倒れてたくせに」
「っ!」
なんだかずいぶんと意地悪なアイゼンの口調に、プラティナは急に悲しくなった。
たしかに呪われていたという事実は悲しかったが、別にそれでプラティナの何が変わるわけではない。
熱で弱っていたときはとにかくショックで自分の人生を否定されていたような気がしたが、今は違う。
そう気づかせてくれたのは、他でもないアイゼンなのに。
アイゼンとの旅が、プラティナを強くしたのだ。
「好きで倒れてたんじゃないです……でも、迷惑をかけていたのは……謝ります」
アイゼンの言葉に、心と一緒に頭が下がる。
ごめんなさい、と口を開きかけた瞬間、ゴン! と鈍い音がした。
「あ、アイゼン!?」
アイゼンがベッドサイドのテーブルに頭を打ち付けていた。
あまりにシュールな光景に、プラティナは驚きすぎて動けない。
目を見開いたまま固まっていれば、アイゼンはゆっくりと身体を起こした。その額は怪我こそしていないものの、真っ赤になっていて痛々しい。
「すまん」
さっきとはまるで人が変わったようにアイゼンの声が萎れている。
心なしか顔色も悪い。
「そんなことを言わせたかったわけじゃないんだ」
「えっと……?」
あまりに情緒不安定なアイゼンの態度にプラティナは何度も瞬く。
これはどうしたことだろうか。自分で自分の頭を打ち付けるなんて。
まさかアイゼンも何かに呪われたのだろうか。
心配になって手を伸ばせば、アイゼンの手がそれを優しく捕らえた。
「俺と、この国を出よう」
熱を帯びた声に息が止まる。
「君はもっと自分の価値を自覚すべきだ。もう無理をする必要は無い。巡礼だってやめたっていい。君を追い出した王家の指示に従う必要なんて無いはずだ。聖女を呪って力を奪うようなやつがいるこんな国、捨ててしまえ」
「アイゼン」
「外の世界が見たいなら俺が何処にでも連れてってやる。この国から連れ出すくらい簡単だ。君が望むなら、なんだってしてやる。だから」
大きな手がプラティナの手首を握り締める力強さに、心臓が大きく跳ねた。
いつもとは違う必死な表情と声。熱烈な言葉の猛攻に、頭の中が真っ白になる。
ようやく下がったはずの熱が、じわじわとあがってプラティナは潤んでしまった瞳を誤魔化すために何度もまたたく。
「私は……」
いったい自分はどうしたいのだろう。
確かに巡礼は王家からの命令だ。どうせ余命わずかなのだからと、巡礼の旅にかこつけて外の世界を知りたいとここまできた。
だがアイゼンが言うように、身体が健康になった今、巡礼だけにしがみつく理由は殆ど無くなってしまった。
この港町から船に乗って、シャンデを出て行けば何かが変わるかも知れない。
でも。
「アイゼン。私はこの国の王族なんです」
「……!」
確かに大事にされた人生ではなかった。
死ぬとわかって助けるどころか追い出されてしまった。
だけど。
「父はこの国を愛していました。私も、この国が好きなんです」
今はずいぶんと荒れてしまったこの小さな国を、これからも支えていきたいと思っている。
女王レーガの治政下でプラティナに何ができるかなんてわからない。
これまでと変わらぬ日々が待ってるだけかも知れない。それでも、自分だけ逃げるなんてことはできそうになかった。
聖女と慕ってくれた人たちにろくに挨拶もできなかった。
許されるなら無事だと伝えて、これから自分にできることを探したい。
「私は巡礼を続けます。そして胸を張って王都に戻ろうと思うんです。呪いも解きたい。このまま逃げるなんて、いやなんです」
何故、呪われていたのか。
今はそれを知りたくてたまらなかった。
「アイゼン。ここまで連れてきてくれて本当にありがとうございます。おかげで私は食べ過ぎでお腹を壊すくらい元気になりました」
あの医者が言っていた。食生活と運動によってプラティナの身体が健康になったと。だったらそれは全部アイゼンのおかげだ。
「呪いだなんて厄介なことに二度も巻き込んでしまって本当にごめんなさい。あなたがもうこの国を出たいのは、当然です。幸いここは港町ですから、きっと何処でも行けます。本当は、まだ一緒に来て欲しいけど……」
そこまで言ってしまってやっぱり言葉が詰まる。
この先、アイゼンがいなくなったら苦労することくらい今ならわかる。
無知で無力で頼りない小娘でしかない自分。
王都を出されたとき、何も考えず巡礼に行きたいと口にした時の自分を叱りつけてやりたい。
優しいアイゼンは、きっとそんなプラティナを見捨てられなかったのだろう。
でも、もう手放さなければ。ずっと考えていたことだ。プラティナのわがままにアイゼンを巻き込むわけにはいかない。
「けど、アイゼンが嫌なら」
「嫌じゃない」
手首を掴むアイゼンの手に、更に力が籠もった。
「君と行く。君が望む限り傍にいる」
「アイゼン」
どうしてそんなに優しいのだろう。
これまでだってずっと助けてくれたのに、何故まだ傍にいてくれようとするのか。
我慢していたものが溢れて、気がついたときには頬が濡れていた。
「ほんとに、ついてきてくれるの?」
情けないくらいに震えてしまった声。
アイゼンがぎゅっと眉を寄せ、掴んでいた手首を離す。
やっぱりどこかに行ってしまうのかと悲鳴がこぼれかける。
だが、それよりも先に身体があたたかいものに包まれた。
労るような優しい抱擁に、新しい涙があふれる。
「どこまでだって行ってやるさ」
プラティナは涙のにじんだ目元をアイゼンの胸に押しつけながら、ありがとうの代わりに何度も頷いた。





