38話 ゼットの靴紐
「俺とアイゼンは三年前まで一緒のギルドにいたんだ。よく同じ依頼を受けてな。まだガキだったコイツに、何度も助けられたよ」
そう語るゼットの顔には、過去への哀愁が滲んでいるように見えた。
長い冒険者生活で身体を壊したゼットは、アイゼンと一緒の船でこの国に渡ってきたらしい。
昔からずっと憧れていた食堂兼宿屋の主人になるために。
「元いた場所は顔なじみが多くてどうも落ち着かなくてな。最後の仕事の報酬でこの店を貰ったこともあって、この港町に腰を据えたってワケさ」
「ずいぶんと似合ってるじゃないか、店長」
「まあな。色々あったが、それなりに上手くやってるぜ」
気の置けない二人の口調にプラティナはつい笑ってしまう。
「で、お前はなんでプラティナちゃんみたいな可愛いお嬢さんの護衛をやってるんだ? 風の噂じゃ、この国の姫さんの近衛騎士をやってるって聞いたが……俺はてっきり、宮仕えが気に入って冒険者を辞めたのかと思ったぞ」
気遣わしげなゼットの問いかけに、アイゼンは思い切り鼻の頭に皺を寄せた。
「剣技大会で優勝したせいで無理矢理にやらされてたんだ。色々あって近衛は辞めた。いまは彼女の護衛だ」
「色々って……」
訳がわからないという顔をしてアイゼンとプラティナを見比べていたゼットだったが、はぁ、と短いため息をつくとすぐに表情を切り替えた。
「ま、人生には色々あるか。とにかくお前が元気そうでよかったよ。よく来てくれた」
ほがらかなその笑顔は温かさに満ちていて、見てるこちらまで穏やかな気持ちになってくる。
きっとこのゼットという人は素晴らしい人なんだなとプラティナは感じていた。
だからこそここに連れてきてくれたのだろうと。
少しだけアイゼンに近づくことを許されたような気持ちになって、胸の奥がじんわりと痺れた。
「泊まっていくのか?」
「ああ。2、3日ほど頼む。あと、従魔がいるんだが屋上は使えるか? でかいんだ」
「おう。好きに使ってくれ。って、お前、魔物と契約なんてできたのか?」
「俺じゃない。彼女のだ」
「へぇ」
ゼットが意外そうに目を丸くした。
まさかプラティナのような小娘が魔物を従えているとは思わないのだろう。
「プラティナ、チビを呼んでやれ」
「ええ」
「その階段を上がれば屋上に出るぜ!」
「ありがとうございます」
アイゼンとゼットに見送られながら、プラティナはアンバーを呼ぶために階段を駆け上がったのだった。
「で、一体どういうわけだ」
「なにがだよ」
「あのお嬢さんだ。あんな育ちのいい娘さんをどっから連れてきた」
先ほどまでの穏やかな表情を一変させ、どこか冷酷そうな顔をしているゼットにアイゼンは軽く肩をすくめる。
ゼットは海向こうの国では名の知れた冒険者だった。
派手な活躍はしないものの、安定した実力と明るい人柄のおかげで人望があり、引退後はギルドからも職員にならないかと望まれていたくらいだ。
靴紐のように目立たないが、なくてはならない大事な要。
誰かが面白がって付けた愛称を気に入り、店名にまでしてしまった豪快な人柄はいろいろな人を惹きつける。
だが、引退後は人並みの生活を送りたいといってわざわざ国を移り住んだ。
(どこまで話したものか)
アイゼンはゼットに深い恩がある。
ギルドに登録したばかりのひよっこの頃からよく面倒を見て貰った。ゼットに教えられた知恵は、この旅でも随分役立っていた。
だからこそ、ここにプラティナを連れてきたのだ。
「……彼女は神殿で聖女をしていた女性だ。訳あって追放同然に巡礼の旅に出された」
「巡礼って……あの、この国に散らばってる聖地を回る旅のことか? あんなか弱そうなお嬢さんが巡礼? しかも聖女って言えば、神殿でも最高位の存在だろう? それを追放って……この国はほんとうにどうしちまったんだ」
信じられないと目を剥いて矢継ぎ早に疑問を口にするゼットに、アイゼンはめんどうくさそうに頷く。
「俺は彼女の見張り役としてつけられた護衛だ。といっても、連中に尻尾を振る気はないがな」
「護衛ってのは本当だったんだな。しかし、なんでお前が」
「呪いで縛られてた」
「なっ!」
「すでに彼女が解呪してくれた。今のところ、追っ手もいないし見張りも付いてない」
ここまでの道中。アイゼンの他にプラティナを追う気配は感じなかった。王家の連中はまだアイゼンの呪いが解かれていることにも気がついていないはずだ。
「見張りもいないのに、なんで彼女と一緒に居るんだ?」
「俺は俺の意志でプラティナを守ってる」
最初は呪いによって強制的に護衛にさせられたが今は違う。
プラティナが望む限りは傍に居るし、その後だってずっと守っていてやりたいとさえ思っている。まだ本人に伝えてはいないので許可をもらっているわけではないが、アイゼンなりにこの先のことは真剣に考えていた。
「ほー……」
「……なんだよ」
「いや。世界の全てが敵みたいな顔してたお前がなぁ」
しみじみと何かを噛みしめるような顔をするゼットから、アイゼンはふんと顔を背ける。
「まてよ……じゃあ、噂になってる「奇跡の聖女様とその護衛」ってのはお前のことか」
「なんだその噂は」
「少し前にギルドから聞いた話だ。指名手配になってた詐欺師どもが捕まったらしくてな。連中をやり込めたのが、巡礼に来てた聖女様だってのが噂になってたんだ。それ以外にも、男女の二人組があちこちで奇跡を起こしてるってな」
(しまった)
アイゼンは思い切り顔をしかめた。
旅を急ぐあまり、プラティナがこれまで起こしてきた奇跡がどう広まるかを考えていなかったのだ。
最初の街に、カーラドの谷、そして川の民。そこ以外でも、プラティナは旅の途中で立ち寄った小さな集落で怪我人や病人をさも当然のように癒やしたりしていた。冷静に考えて、話題にならない方がおかしい。
「その噂、どこまで広がってる?」
「さぁ……? でもギルドに出入りしている人間ならもう大体知ってると思うぜ。今この国じゃ明るい話題はないに等しいからな」
「まあ……そうだな」
「女王陛下の御代になってから、ずいぶんと荒れてるらしいじゃねぇか。この港町は治外法権みたいなもんだからあまり影響はないけど、王都から出てくる人間の数は増え続けてる。最近じゃ、ここに来る人間よりも出て行く人間のほうが多いくらいだ」
「だろうな」
王都はレーガの圧政のせいでずいぶんと治安が悪いと聞いている。
城から出ることが許されなかったアイゼンの耳にも届いていたくらいだ。
王家の犬どもが動いてる気配はなかった。王都がかろうじて維持されているのは、ギルドあたりが努力しているのではないかとアイゼンは踏んでいた。
黙り込んだアイゼンを見ていたゼットが、ふと何かを思い出したように片眉を上げる。
「……そういや、つい最近王都から出てきた客から聞いたんだが、王都の神殿にいた聖女様が代替わりしたらしい。そのせいで、これまで王都に出回ってたお手製の薬が手に入らなくなって色々困ったことになってるらしいぞ。スラムじゃ妙な病気が流行ってると聞くし、マジでやばいかもな」
「…………」
さぐるようなゼットの言葉にアイゼンは応えない。
聖女の薬については初耳だったが、それを『誰』が作ったかなんて考えなくてもわかる。
返事をしないアイゼンにゼットは長いため息を吐いた。
「面倒ごとが嫌いだったお前がずいぶんと変わったもんだ」
「うるさい」
「……いい子なんだな」
「……」
「大事にしてやれよ」
上手く返事をすることができないアイゼンはゼットから視線逸らす。
そうしたいのはやまやまだ。だが、今のところどうすればいいのかよくわからないのも事実で。
(大事にするってどうすればいいんだよ)
気持ちを静めるように小さく息を吐いたアイゼンは、再びゼットに顔を向けた。
「……とりあえず医者を紹介して欲しい」
「医者? お前どこか怪我をしたのか」
「俺じゃない。彼女だ」
「は?」
ゼットは、プラティナが上っていった階段へと視線を向けた。
「詳しい病名は俺も知らない。妙に疲れやすかったり、元気かと思ったら急に倒れたりすることがある。巡礼に出されたのもそのせいだ」
「……王都では治せなかったのか」
「治す気がなかったようだ。食事もまともに与えられてなかったくらいだからな」
ごん、と鈍い音が響く。固く握りしめられたゼットの拳が机を叩いたのだ。
怒りに染まったその表情に、アイゼンは相変わらずの正義感を感じて苦笑いを浮かべる。
「頼む。腕のいい医者を紹介してくれ」
「もちろんだ」
訳も聞かず頷いてくれるゼットに頼もしさを感じながらアイゼンは静かに立ち上がった。
「夕食は多めに頼む。彼女、ああ見えてよく食べるんだ」
「まかせとけ! 従魔には何を用意したらいい?」
「肉なら何でもいいさ」
ここ最近は川魚ばかりでアンバーも飽きていたことだろう。
ゼットの料理はうまいから、きっとプラティナも喜ぶはずだ。
頬をほころばせて食事をする姿を思い浮かべるだけで、身体の奥がほんのりと熱を持つのは何故なのか。
はっきりと名付けるのがまだ勿体ない。そんな気持ちを噛みしめながらアイゼンは階段に足をかけた。





