37話 ラナルトの港町
目が覚めるような鮮やかな青の世界。
それがプラティナがラナルトの港に感じた第一印象だ。
「すっごいですね。これが、海!」
海を見つめ、潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。全身で感じる海という存在に胸が高鳴る。
定期船に揺られること二日。プラティナとアイゼンは無事にラナルトの港町についていた。
ラナルトは流石港町と言うだけ合って、道中にこれまで立ち寄った街や村とは規模が違う。
むしろ王都よりも活気が溢れているような気がする。
「ここは他国との交流の要だからな。王家も無茶な政策はとれてないんだろう」
ラナルトは元々無国籍の港町だったが、様々な国からの交易船が着港するようになったことから、百数年前に政治的な理由でシャンデに属した町だった。
納税はするが統治には関わらないというのが当時の取り決めだったらしく、ラナルトはシャンデの中でも特別な位置らしい。
「アイゼンはこの街に来たことが?」
「ああ。俺は船でこの港に来たんだ」
少し懐かしそうな顔をしながら着港している船に視線を向けるアイゼンの横顔に、プラティナは目を奪われた。
アイゼンがこの国の人ではないのは知っていたが、海の向こうから来たのかと。
彼の髪の色も瞳の色も、ここではないどこかのものだと知ると不思議と神秘的に見えてくるから不思議だ。
(あなたの故郷はどんなところ?)
不意にそう聞いてみたくなる。
本当に今更だが、プラティナはアイゼンがどんな人生を歩いてきたかを知らないのだ。
自分のことは殆ど話してしまっているのに。
アイゼンについてわかっていることといえば、冒険者や傭兵として各地を転々としていたことだけだ。
(でも、聞かない方がいいような気もするのよね)
神殿で信者達の相談に乗っていたとき、彼らは自分たちのことを必死に話したがった。逆に、自分のことをまったく語りたがらない人もいた。人が抱える事情はさまざまだ。
興味本位で踏み込んでいいものではない。
(いつか、教えてくれたらいいな)
そんな日が来ればいいと思いながら横顔をじっと見ていれば、その目が居心地悪そうに細まったのがわかった。
「俺の顔に何かついているのか」
「あ、ごめんなさい」
つい見過ぎてしまっていた事実に気がついて急いで目をそらす。
まさか見蕩れてましたとは言えない。
「とりあえず宿に行くぞ。そろそろチビも呼んでやらないと拗ねるだろう」
「そうですね」
空を見上げれば、ずっと上の方で旋回しているアンバーの姿が見えた。ラナルトは港町だけあって、魔獣連れの人間も珍しくなかったがアンバーは何故か人混みを嫌がった。
とはいえずっと空を飛ばせておく訳にはいかないので、魔獣用の小屋がある宿を探している最中だったのだ。
船旅そのものはとても平和だった。ただやはり船上は地上とは勝手が違うこともあり、何かと不便だったのは事実。
地面に降りた瞬間、ほっとして少し気が抜けてしまったくらいだ。
「開いていればいいがな」
少し先を歩くアイゼンの足取りには迷いがない。プラティナのことを気遣ってくれているらしく、歩調は穏やかだ。
それを追うプラティナは、人の多さに少々気圧され気味だ。これまで見たことがない外見をした老若男女たちの群れは情報過多で、見ているだけでも頭が混乱してくる。
アンバーの気持ちが少しわかると思いながら、ちょっと恨めしげに空を見上げたのだった。
少し歩いてようやく人の姿がまばらになってきた。
港の近くとは違い、少し落ち着いた光景になったことでプラティナはようやくほっと息を吐いた。
濃い色のレンガで揃えられた小道と広場。そしてそれを取り囲むようにいくつかの店が建ち並んでいた。
「ここは?」
「知り合いの店だ」
アイゼンが足を向けたのは『ゼットの靴紐』という看板が下がった店だった。靴を売る店なのだろうかと考えながら扉を開ければ、広い店内には揃いの机と椅子のセットがずらっと並んでいた。どうやら食堂らしい。
「すみませんお客さん。まだ開店前なんですよ……って、お前、アイゼンじゃないか」
店の奥からのっそりと現れたのはアイゼンよりも更に背の高い男性だった。短く刈り揃えられた髪と丸っこい瞳。丸みを帯びた体格は、どこか熊を思わせる。
「ようゼット。元気だったか」
「おお。元気してるぜ。お前、王都に行ったきりもどってこないから心配してたんだぞ」
ゼットと呼ばれたその人はアイゼンに近づくと、大きな手でバンバンと肩を思い切り叩いていた。
アイゼンもまたそんなゼットに親しみのこもった笑みを向けている。
(こんな顔するんだ)
驚きながら二人の様子を見つめていると、ゼットがひょいっとこちらに顔を向けた。
胡桃色の瞳がまっすぐにプラティナを見つめる。
アイゼンの知り合いならば悪い人ではないだろうと、プラティナは笑顔を浮かべると小さくお辞儀した。
「こんにちは」
「なっ……!!」
「?」
驚愕という表現がしっくりくる顔をしたゼットがプラティナを上から下まで目を丸くして見つめた後、音がしそうな勢いでアイゼンに向き直った。
「こんな可愛いお嬢さん、お前どっからさらってきた!」
「人聞きの悪いことを言うな!!」
「だって、お前……嘘だろ!?」
「何を考えているか知らんが誤解するんじゃない。今の俺は、この子の護衛だ!!」
「護衛~~!?」
抜けるようなゼットの大声に、店の奥からなんだなんだと人が出てくる。
「店長、何ごとですか」
「まさかまた変な押し売りですか」
「いや、違う。ちょっと昔なじみが来てな。お前達は仕事をしててくれ」
「はーい」
「アイゼン。お前はこっちだ!」
ちょっと慌てた様子で彼らを再び店の奥に追いやったゼットは、アイゼンとプラティナを角の席に連れ込んだ。
ゼットと向かい合う席にアイゼンが腰を下ろしたので、プラティナはその横にそっと座る。
使い込まれた木の机はピカピカに磨き上げられていたし、備え付けの椅子は座り心地がいい。
ここは素敵なお店なんだろうなと思いながら、プラティナはぐるりと店内を見回した。
「ええと、お嬢さん」
「はじめまして。私はプラティナといいます」
「お、おう……俺はゼットだ。この店で店主をやってる。このアイゼンとは昔一緒に冒険者をしてたことがあるんだ」
「まあ! 私は今巡礼の旅をしてるんですが、アイゼンに護衛をしていただいてるんです」
「護衛って……プラティナちゃん、こいつは気も利かないし滅多に喋らない男だろう? 大変じゃないか?」
「とんでもない! アイゼンはとっても優しいですよ。ずっと私を助けてくれて、大事にしてくださいました。彼がいなかったらここまで来られなかったと思います」
アイゼンのことを話せる人にはじめて会った喜びから、声がうっかり弾んでしまう。
ゼットはしばらく固まった後、眩しそうに目を細めてからゆっくりとした動きでアイゼンに視線を向けた。
「アイゼン」
「なんだよ」
「お前……」
うるっとゼットの瞳に涙が浮かぶ。
アイゼンがぎょっとしたのが気配で伝わってきた。
「お前っ、成長したなぁ!」
「絶対何か勘違いしてるだろう。お前が考えてるようなことはないからな!」
「あの……?」
今にも声を上げて泣き出しそうなゼットと眉をつり上げて青筋を浮かべたアイゼンを見比べ、プラティナは首を傾げたのだった。





