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余命わずかだからと追放された聖女ですが、巡礼の旅に出たら超健康になりました  作者: マチバリ
四章 自覚と無自覚

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幕間 異母妹の誤算


「なんで! なんでなのよ!」


 声の限り叫んでみるが、誰も返事はしてくれない。

 ざらざらとした石の床は座るのが躊躇われるほどに汚れている。座ろうにも椅子の一つもありはしない。

 眠るためなのか薄い布が申し訳程度に敷かれた一角はあるが、誰が使ったかわからぬところに寝そべる勇気はメディにはなかった。


「お母様を呼んでよぉ!」


 いつだって自分に甘い母。これまでどんな我が儘だって叶えてくれた。

 メディが物心ついたときには、この国は母であるレーガのものだった。

 父の記憶はおぼろげだ。優しかった人だったような記憶はあるが、忙しかったのかあまり構って貰った記憶は無い。

 そのかわり、レーガはいつも女王のように煌びやかでいろいろな人たちに頭を下げられていた。メディもまた、そんなレーガの一人娘ということもあり、周囲からちやほやと甘やかされていた。欲しいものやりたいこと。叶わない願いなんて無かった。

 だが、一つだけ思い通りにいかないことがあった。


「全部、お姉さまが悪いのよ」


 最初の正妃が産んだ娘、プラティナ。

 たった二歳しか違わないのに、最初に生まれただけで()()王女を名乗ることが許される存在。

 メディはとにかくプラティナの全てが気に入らなかった。

 自分とは違うキラキラした白銀色の髪も、いつも薄く微笑んでいるような優しげな顔も、全部嫌いだった。

 みんなで食事をするときメディより上座にいるのも許せなかったし、いつも沢山の従者を連れているのが羨ましかった。

 同じお姫様なのに何が違うのか、と。


 だが、父である国王が亡くなって、レーガが本当に女王になってからこのお城で「姫」と呼ばれる存在は本当にメディだけになっていた。

 最初は理解できなかったが、レーガがプラティナを神殿に追いやってくれたと聞いてメディは大喜びした。

 さすがはお母様だと誇らしく、この国のお姫様は自分だけになったのだとすがすがしい気持ちで日々を過ごしていた。



 だが事実は違った。



 プラティナはいなくなったりなどしていなかったのだ。

 城にいないだけでこの国の神殿で『聖女』などと呼ばれながら生きていることを知った。

 この国が平和であるようにその身に宿った聖なる力を使って日々祈りを捧げているのだと。


 最初は気にも留めていなかった。

 所詮は市井での話だ。

 お城で沢山の貴族たちに囲まれているメディのほうがずっと幸せの筈だ。

 煌びやかなお城でいつだってみんなに愛されている私。

 それがメディの誇りだった。

 国中の人々が、メディをおひめさまだと崇めていると信じていた。


 だがあるとき噂を耳にした。

 聖女の薬で命が助かった人間が沢山いること。聖女の加護のおかげで魔物に襲われずに住んでいる地区があること。

 あの神殿で国の平和を祈る聖女の存在に、国中の信者が秘かに憧れていると。


 ずるい。

 どうして同じお姫様なのに。なんでメディが聖女じゃないのか。

 湧き上がった嫉妬心を抑えきれず、メディはその足で神殿に向かった。

 神殿長はレーガの言うことなら何でも聞く人だ。

 だから、メディは言った。自分も聖女にして欲しい、と。

 だが。


「メディ様にも僅かながらに聖なる力があるようですが、聖女にはなれません」

「どうしてよ! お姉さまができるなら、わたしにだってできるはずでしょう!?」

「プラティナ様とメディ様では力の質が違うのです。申し訳ありません」


 神殿長はそう言うばかりで取り合ってくれなかった。

 勿論レーガにも同じように訴えたが、結果は一緒だった。


「お前は姫として城にいればいいの。大人しくしているのなら、何をしても構わないわ」


 自分を何より優先してくれるはずの母の冷たい言葉にメディは頭が真っ白になった。

 聖女になれない。どうして!どうして!と。

 たかだか神殿で祈るくらいじゃないか。薬だって神官達が作るのをちょっと手伝うくらいじゃないか。


「メディだってできるもん!」


 お姫様と呼ばれるのも聖女様と呼ばれるのも全部メディだけでいい。

 なんとかして聖女の座をプラティナから奪えないかと神殿に押しかけたこともあったが、プラティナへの面会すら簡単には許されない日々。

 そんなときに出会ったのがツィンだ。


「おやおや、可愛いお姫様。そんな怖い顔をしてどうしたのですか?」


 にっこりとまるで王子様のように微笑みかけてくれたツィンにメディは強く惹かれた。

 神殿長の息子だというツィンは、メディのことをかわいそうだと言っていつも優しくしてくれた。

 メディは美しいものが好きなので、自分の傍に控える近衛騎士は見た目がいい男性ばかりを選んでいた。

 騎士と言うだけあってみんな精悍な顔立ちで素敵だったが、ツィンは彼らよりもずっと美しかった。

 ツィンが欲しい。この人が傍にいれば、自分はもっと輝ける、と。


「ツィン、私と結婚しない? 私と結婚すれば、将来、王さまになれるわよ」

「メディ様。私は王にはなれませんよ」

「あら、どうして? 女王の夫は王さまじゃないの?」

「そういう場合は「王配」といって、女王の夫という役割を与えられるのです。国の王にはなれません」

「ふうん、むずかしいのね。じゃあいいわ、その王配にしてあげる」

「それも難しいんですよねぇ」


 困ったように肩をすくめるツィンの態度に苛立ったメディは眉をつり上げる。


「どうして!」

「残念ですが、私はプラティナ様……メディ様の姉上と婚約しているんですよ」

「!!」


 あまりのことにメディは言葉を失った。

 ツィンが語ることには、プラティナとツィンは国王が生きている頃からの婚約者なのだという。

 聖女の力を持ったプラティナとそれを支える神職者ツィン。二人でこの国を支えるために結ばれた婚約。


「まって!! じゃあ、お姉さまが女王になるの?」

「うーん……それはわかりませんが……少なくとも私は聖女の夫になる事を約束した身なので……」

「やだやだ! 私はツィンがいいの!! 私と結婚してくれなきゃやだぁ!」


 メディの叫びにツィンは困ったように眉を下げるばかりだ。

 二人の婚約は国と神殿の契約なのでどうすることもできないから、と。


「……じゃあ、お姉さまがいなくなればいいの?」


 思わずこぼれた呟きにツィンがぎょっとした顔をする。


「メディ様。いくらなんでもそんな物騒なことを言ってはいけませんよ」

「でも! お姉さまはとっても病弱だってきいてるわ。神殿でもいつも寝込んでるって。本当にお姉さまは、大人になるまで生きられるの?」

「そ、れは……」


 言い淀むツィンの表情に、メディは僅かな希望を感じた。

 プラティナとは年に一度か二度しか顔を合わせないが、いつも顔色が悪くてひょろひょろしていた。

 あれでは長生きは難しいと使用人達が陰口をたたいているのも聞いたことがある。


「ツィン。お姉さまを見張って。もしかしたら重要な病気が見つかったりするかもしれない。そうなれば聖女失格よ」


 聖女とは人々に愛される輝く存在の筈だ。

 それが病気なんてなった日には、価値は半減する。


「ツィンが()()()()()()なら、()()()()になればいいのよ」


 そうだ。メディにだってわずかながら聖なる力があると言っていた。

 プラティナがいなくなればメディが聖女になるのは簡単なことだ。


「ね、そうしましょう。私のほうがずっとツィンを幸せにしてあげられるわ。何でも買ってあげるし、どんなところにも連れて行ってあげるから」


 甘えるようにすがりつけば、ツィンがゴクリと喉をならしたのが見えた。

 そう。そうなのだ。どんな男もメディがお願いすれば言うことを聞いてくれる。

 だってメディはこの国で唯一のお姫様なのだから。


 だから、実行した。

 幸運にもプラティナが倒れたと連絡が入ったその日、レーガと神殿長はこの国にいなかった。

 前々から契約を相談していた人たちと口裏を合わせプラティナを神殿から連れ出し、メディは新たな聖女として神殿におしかけた。


 戸惑う神官たちに命令を下し、しばらくは忙しいから祈りや薬作りはお休み。

 そのかわり信者達とのふれあいには必ず呼ぶようにと言いつけた。

 信者達は戸惑っていたが、メディの可愛さをちゃんと褒めてくれた。小汚い庶民に囲まれるのは正直面倒くさいが、聖女様!とたたえられるのは気分がいい。

 こんな楽で楽しい日々を独り占めしていたプラティナがますます憎くなった。



「せっかくお姉さまを追い出したのに」


 呟いた声は涙で震えていた。

 なにもかもうまくいくはずだったのだ。

 いつまでもメディに心からの服従を誓わない騎士を見張り役にして、王都からプラティナを追い出した。

 きっと道中で死んでしまうだろうから、王女であるプラティナを守り切れなかったことを理由に騎士も処刑することができる。

 聖女の座と共にツィンの婚約者の座も手に入れた。

 全ては完璧だった。

 帰ってきたレーガもきっと許してくれるはずだったのに。


「どうしてよぉ」


 冷たい牢獄の中でメディはしくしくと悲しげな声をあげて泣いたのだった。


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