4話 黒騎士アイゼン
ガタガタと立て付けの悪い音をさせながら、プラティナとアイゼンを乗せた荷馬車が林道を走っていた。
馬を操る白髪混じりの老人は、先ほどから何度も不安そうに二人を振り返ってくるが、声を掛けてくることはない。
それもそうだろう。
彼は王都のはずれまで二人を運ぶようにと兵士たちに仕事を押しつけられた城の馬丁だ。
きっとプラティナの正体も知らないに決まっている。
(はぁ)
心の中でため息をつきながらプラティナは目の前に座ったアイゼンを盗み見る。
何か話した方がいいかと思いながらも、かける言葉が見つからない。
なにより、彼の両腕にまきついた鎖の正体が気にかかる。
当のアイゼンはプラティナの悩みなど全く気にしていない様子だ。
どっかりと腰を下ろしてじっと目を閉じている。よくみれば顔色が酷く悪い。
(もしかして、彼も私と同じなのかしら)
不意にそんな予感がこみあげてきた。
プラティナは余命わずかを理由に厄介払いをされた存在。その従者に選ばれた彼も、何かしらの事情を抱えているとしたら。
申し訳なさと少しの仲間意識が、プラティナの心に芽生えた。
(少しでも仲良くできればいいのだけれど)
どうせ先の短い人生だ。追放同然の旅路とはいえ念願の外の世界でもある。
せめて心穏やかな時間を過ごせればいいと思っている。
気分を変えようとプラティナは周囲の景色に目を向けた。
これまでは窓ごしにしか見てこなかった自然はとても新鮮だった。木々と土と生き物の匂い。ああ、これが外の世界なのだと自然と頬が緩んだ。
死ぬことは怖かったが、外の世界に触れられる喜びはそれ以上だった。
「何故、笑っている」
「!!」
突然かけられた声に、プラティナはびくりと震えて前を向いた。
先ほどまで目を閉じていたはずのアイゼンがしっかりと両目を開け、プラティナを見つめている。
黒い瞳の鋭さに、思わず身がすくんでしまう。
「外の景色が、その、素敵で……」
「こんな景色がか?」
アイゼンは本気で不可解そうな顔をしてプラティナに倣うように周りの光景をぐるりと見回した。
「王宮の庭園の方がよっぽど綺麗だったと思うがな」
「……そうかもしれません」
七歳まで暮らした王宮の庭園は確かに美しく整っていた。神殿にも小さいながらに庭があり、いつも花が絶えなかった記憶がある。だが。
「人の手が入っていない自然を見るのは初めてなんです」
なんだか随分とみっともない打ち明け話をしている気分になって、プラティナは視線を下げる。
この年で、外に出るのが初めてだと知られるのが恥ずかしかった。
「……はじめて、なのか」
「はい。私は七歳の時から十年間、ずっと祈りを捧げるだけの日々だったので外に出ることは許されておりませんでした」
「十年」
アイゼンの表情がはじめて大きく変化した。目を見開き、信じられないものを見るような目でプラティナを凝視している。
そんなにまじまじと見つめられると落ち着かない。
「君は、アレの姉なのだろう?」
「アレ……?」
「……メディ殿下だ」
まるで嫌いな食べ物の名前を呼ぶような声でメディの名を口にしたアイゼンの表情は険しい。
おや? とおもったプラティナだったが追求はせずに素直に頷いておく。
「はい。と言っても、半分だけです。私とメディは母親が違います」
もしメディが両親ともに同じ姉妹であれば、何かが違ったのだろうか。
幼い頃、まだ父である国王が健在だった頃はプラティナとメディは格差なく扱われていた。共に遊んだ記憶もある。
だが、国王が逝去しレーガが女王の座に就くことが決まってすぐプラティナは追われるように神殿に押し込められたのだ。
それ以来、メディとは最低限の関わりしか無かった。
顔を合わせる度、メディはなにかとプラティナに辛く当たるようになっていった。
最初は理由がわからなかったが、世話をしてくれる人々からの噂によるとどうやらプラティナが『聖女』だと一部の人々から信仰されていることが気に食わなかったらしい。
その話を聞いたとき、プラティナは苦笑いするしか無かった。
信仰されているといってもそれはプラティナ自身に対するものではない。めったに人前に姿を見せぬ『聖女』という存在を理想化した人々が、勝手に広めた噂だ。
プラティナにしてみれば、王宮でお姫様としてたくさんの人々に大切にされているメディの方がずっと恵まれているというのに。
「私はずっと神殿でひっそり生きてきました。あの子とは……何もかもが違います」
着たままの祭服は裾が擦り切れており、随分とみすぼらしい姿だ。
メディのような華やかなドレスなど成長してからは一度も着る機会が無かった。
髪だって伸ばすばかりで綺麗に結い上げたことなどほとんどない。
「……そうだな」
自ら卑下しておきながら、同意されると胸が痛む。
こんな自分と旅をする羽目になったアイゼンに対する申し訳なさに、指先が冷たくなった。
「君はあの女とは随分違う。あの女は、そうやって己を冷静に見る目を持っていなかった」
「え?」
何を言われているのかわからずアイゼンを見れば、彼もまたじっとプラティナを見ていた。
黒い瞳が先ほどよりも少しだけ柔らかな光を帯びているような気がして、少しだけ落ち着かない気持ちになる。
「あの、アイゼン様はどうして私の従者に?」
話題を変えたくて咄嗟に質問していた。
口にしてから、どうしてもないだろうと自分のうかつさに小さく唸ったプラティナだったが、アイゼンは特に気にとめた様子もない。
むしろ、ようやく聞いてくれたかとでも言うように軽く肩をすくめた。
「俺はずっと各地を旅して生きてきた傭兵だった。数年前、この国で行われる剣技大会に参加するためにやってきたんだ。そこでうっかり優勝してしまって、勝手に近衛騎士団に入団させられた」
あまりにもつらつらと語るものだから、プラティナは頭の中で何度かアイゼンの言葉を反芻してようやく彼の身の上を理解できた。
「勝手に近衛になんて……そんなこと、ありえるのですか?」
「俺も当時はそう思ったよ。もちろん抵抗した。だが、剣技大会の優勝賞品の一つが、この国への仕官だったと言われれば逆らうこともできなかった。そしてどういうわけか近衛騎士に任命されていた」
「まあ……」
「あとから知ったことだが、どうやら俺の容姿をあの女……君の妹が気に入ったらしい。この国では黒髪黒目は珍しいんだろう? 毛色の違う男を侍らしたかったんだろう」
「メディが?」
信じられない思いでプラティナは何度も瞬く。
確かに神殿を訪れるメディはいつも見目麗しい近衛騎士を同行させていた。まさかそれがメディ自身の趣向によるものだったなんて。あまりにも稚拙な権力の乱用に、さすがのプラティナも呆れることしかできなかった。
「俺は自分の腕を磨ければ場所はどこでも良かったんだ。だが、この国の近衛はあの女の人形だ。ろくな訓練もせずに見た目を磨くことばかり考えていやがる。だから俺は、辞めたいと何度も言ったんだ」
そのときのことを思い出したのか、アイゼンが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
強く拳を握りしめた拍子に、その手首に巻き付いた鎖が重い音を立てた。
「俺の訴えはずっと握りつぶされていた。あの女の機嫌を損ねるのがいやだったんだろう、だから俺は一週間前、この国から脱走しようとしたんだ」
「脱走、ですか」
「ああ。ずっと飼い殺しにされるよりは、脱走者として追われる方がましだからな。この国さえ離れてしまえば、生き方はいくらでもある」
馬車の進行方向へと視線を向けたアイゼンの横顔は、どこかすがすがしいものだった。
元々が旅人ということもあり、生きる力が強いのだろう。あふれ出てくる生命力の眩しさに、プラティナは目を細める。
「だが、失敗した。近衛騎士の中には俺を疎んでいる連中が多かったからな、見張られていたんだろう。それで、捕まってこのざまさ」
自嘲気味に唇の端をつり上げたアイゼンが己の両腕を掲げて見せた。
「なぁ王女様、アンタにはこれが見えるんだろう?」
「その、鎖、ですよね」
「ああ。あの女には見えていなかったようだが……これがなんなのか、アンタはわかってるようだな」
「……はい。それ、呪いですよね」
プラティナの回答にアイゼンは満足そうに目を細めた。
「そうだ。これは国を脱走しようとした俺への罰だそうだ。あの城にいた妙な魔術師が、嬉々として俺にこの鎖をつけた」
アイゼンが腕を振ると鎖は重厚な音を立てる。
だが、よくよく目をこらせばその鎖が実体を伴っていないことがわかった。どんなに振り回しても鎖はアイゼン以外には触れることがない。その証拠に荷馬車の床には傷一つ、ついていなかった。
「不愉快なことにこの鎖をつけられてから、俺は自分の意思では行動できない。逆らえば鎖が死ぬほど重くなり腕がちぎれそうだ。実際、魔術師も俺が本気で命令に逆らえば鎖が腕をちぎると言いやがった」
吐き捨てるように語るアイゼンの表情には明らかに怒りが滲んでいた。
当然だろう。無理矢理に近衛騎士にしてこの国に留め、なおかつ自由を求めただけなのに騎士としては死も同然の呪いをかけられて。
(ああ、やっぱりこの人は私によく似ている)
先ほど感じた共感は間違っていなかったと感じながら、プラティナはアイゼンを見つめた。
「俺がかけられた制約は三つだ。あの国の権力者の命令に逆らわないこと、君の旅の従者となり護衛をすること、そして」
言葉を句切ったアイゼンの視線が、まっすぐにプラティナを刺した。
「君の死を見届けること」
「っ……」
「なぁ、君はいったいどんな役目を負わされてる? 王女なんだろう? これはただの巡礼の旅ではないのか」
まっすぐな問いかけに息を呑む。
アイゼンの態度からプラティナの運命を知らない可能性には気がついていたが、本当に知らなかったのか、と。
「そうですね。あなたには知る権利があると思います。聞いてくれますか、私の運命を」





