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余命わずかだからと追放された聖女ですが、巡礼の旅に出たら超健康になりました  作者: マチバリ
四章 自覚と無自覚

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35話 とりあえず食べよう


「あのお……」


 アンバーにしがみついたまま涙を拭っていたプラティナは、背後からかけられた控えめな声に顔を上げた。

 すっかり忘れていたが、川の民らしき人たちが背後にずらりと並んでいる。ジェルだけはプラティナの傍にくっついているが、それ以外の人たちは目の前の光景を受け入れられないように唖然とした顔をしている。


 当然だろう。川の民にしてみれば、ずっと自分たちを悩ませていたサーペントが突然現れたドラゴンによって倒されたのだし、定期船の客たちにしてみれば、目の前で急に魔獣同士の戦いが起こったのだ。簡単に状況を受け入れられるわけがない。


「その、あんたたちはギルドから来た方なのかね」


 ジェルの父親の問いかけに、プラティナは目をぱちくりとさせる。

 アイゼンを見れば同じく驚いたように目を丸くしていた。


「違う。俺たちは船に乗りに来た客だ。このドラゴンは俺たちの連れなんだ」

「えっ!? じゃあ、退治してくれたわけじゃ……」

「ただの偶然だ」

「!!」


 川の民からざわめきが起きる。どうしたことかとプラティナが首をひねっていれば、ジェルの父親が突然笑顔を浮かべ歓喜の声を上げた。


「ありがとう! ああ、あんたたちのおかげで依頼料を払わなくて済む!」

「依頼料……?」

「港のギルド連中はサーペントを退治するなら特別料金を出せと言ってきていて……船も出せない漁にも出れない今の状況じゃあどうにもならないから金を借りるしかないと思っていた矢先だったんだ。助かる。本当に助かるよ!」


 その場で土下座しそうな勢いで感謝され、プラティナは慌てるがアイゼンは「ああ」と納得したようすだ。


「さっきも言ったがサーペントをはじめ海獣を狩るには専用の船がいる。運河を遡るとなればかなりの手間だからな」

「そういえば、そんなこと言ってましたね……」


 ギルドだって慈善事業ではないので仕方がないのかもしれないが、なんともモヤモヤとする。

 アイゼンは元冒険者ということもあり事情がわかっていたのだろう。


「なんとお礼を言ったらいいかわからない」

「いえ、こちらこそお騒がせしてすみません……」


 しきりに頭を下げてくる川の民の態度に恐縮しながらプラティナはちらりと桟橋や定期船の方を見る。

 サーペントとアンバーが闘ったことで起きた大波の影響で、壊れてはいないがなかなかの惨状のように見えた。

 そんな視線に気がついたのか、ジェルの父親が慌てたように気にしないでください! と声を上げる。


「あの程度、大雨や強風でも起きるレベルです。半日もあれば元通りにできますから」

「そうですよ。コイツの被害に比べれば軽いものです」


 男たち総出で声をかけられ、彼らの熱意に圧倒されそうになる。

 どうやら問題がないようで安心はしたが、気になるのはその後ろに控えている女性たちの表情だ。

 安心と不安が入り交じったような視線が向けられているのは、運河のようで。


(何かあるのかしら)


 声をかけようか迷っているプラティナの手をジェルがぎゅっと握った。


「ジェル?」

「お姉ちゃん、ありがとう。これで父さんたちはまた船を出せるよ」


 嬉しそうな笑顔にこちらまで嬉しくなってしまう。

 にこにことジェルと見つめ合っていれば、アンバーまでもが間に入ってすりすりと頭をすり寄せてきた。


「あんたたち、定期便に乗りたいんだよな。行き先はラナルトの港か?」


 サーペントの亡骸を調べていたアイゼンに船頭の一人が近寄っていく。

 声をかけられたアイゼンは、少し警戒しながらもしっかりと頷いた。


「ああそうだ」

「なら船賃はいらねぇ。準備ができ次第すぐに乗せてやるからまってくれ」

「いいのか?」

「ああ。恩人から金なんて取れねぇよ。お前ら、準備だ!」


 男たちは意気揚々というようすで浅瀬へと駆け出していく。

 それを見送るジェルの表情も明るい。だが。


(やっぱり気になる)


 ジェルの手を引いたまま、プラティナは女性たちの方に近寄った。

 彼女たちは近寄ってくるプラティナに怯えた表情を見せながらも、逃げるようすはない。


「あの……もしかして、まだ何かお困りなんですか?」


 女性たちはびくりと大げさに震えたあと、なんとなく目配せし合う。

 何か言いたいことがあるのは間違いないが、プラティナに告げてよいものか迷っているようだ。


「お母さん!」

「ジェル!」


 プラティナの手にしがみついていたジェルが一人の女性に駆け寄っていく。

 顔立ちがよく似ていることもあり、すぐに母子だということがわかった。


「大丈夫だったの!?」

「うん。お姉ちゃんがずっと守ってくれたんだ」

「そう……」


 ジェルの言葉に女性たちの表情が和らぎ、警戒心が薄らいだのが伝わってくる。

 そして代表者らしき年配の女性がおずおずと言ったようすでプラティナに近づいてきた。


「あの化け物を退治してくれたあんたに言うのは悪いんだけどね。あれだけ川が荒れたら魚が揚がらないだろうって私たちは心配してるのさ」

「魚が……」


 はっとして水面を見れば、完全な泥水と化している。

 漁業には詳しくないプラティナにも、魚が捕れそうにないことはわかった。


「す、すみません。うちの子が暴れたせいで……」

「いいんだよ。どのみち運河に近づけなかったから退治してくれたことは感謝してるんだ。しばらく船の収入で食いつなぐしかないだろうね」


 疲れた顔の女性たちの視線に浮かぶのはこの先の不安なのだろう。

 きっと魚が捕れないとなれば、食べるものに困るはずだ。

 なんとかしてあげたいと思うが、自分にできることは何も思い浮かばない。


「どうした?」

「アイゼン……」


 男たちとの話がついたのか、戻ってきたアイゼンが顔をのぞき込んでくる。

 気遣わしげな黒い瞳に弱っていた心がぐらりと傾く。


「実は……」


 女性たちの不安を伝えれば、アイゼンも理解できるのか濁った運河を見つめて首を振った。


「あれだけ川が荒れれば魚も逃げているだろうからな。落ち着くのには数日かかるだろう」

「そうなんですね……他に何か食料があればいいんですが……」


 ぐるりと周りを見渡していたプラティナの視界に、地面に横たわったサーペントの亡骸が目に入る。

 灰色と緑のまだらな鱗につつまれたそれは頭だけ見れば完全なヘビだ。だが、尾びれと背びれがついていることもあり全体で見ればヘビというよりは巨大な魚と思えないこともない。


「……ねえ、アイゼン。あれって食べられるんですか?」

「はぁ!?」


 本気で驚いたという声を上げたアイゼンに周囲の視線が集まる。

 その勢いに、何か間違ったことを言っただろうかとプラティナはおろおろと言葉を繋いだ。


「いえ、ほら、カーラドの谷近くでアイゼンが魔獣の肉を食べさせてくれたじゃないですか。あれも魔獣なら食べられるのかなって……」

「サーペントは雑食だ。俺は食べたことはないが、独特の生臭さがあって食材にはならないはずだぞ」

「そうなんですね……」

「皮や牙は素材になるが、肉は捨てるのが関の山だ」


 まじまじとサーペントを見ていたプラティナはふらふらとその近くに寄ってみる。

 こんな巨大な魔獣の亡骸は初めてだ。つんとした独特の生臭さはあるものの、アンバーが目と頭を潰して倒したこともあり身体は綺麗だ。

 もし生臭さがなければ食べられるかもしれないという予感がふつふつとこみ上げてくる。


「アイゼン。これ、触っても大丈夫ですか?」

「表面は普通の動物と変わらないが……おい、何をする気だ」

「試してみたいんです」


 プラティナはサーペントの腹部近くに膝をつくと、まだしっとりと濡れている鱗に両手を合わせた。

 カーラドの谷でソムニフェルムの花を浄化した時のことを思い出しながら力を込めていく。

 あの時は大地全体や花の球根にまで力を込めたせいで、結局疲れて眠ってしまった。だが、今回はサーペントの肉体だけだ。


(大丈夫、できるわ)


 ゆっくりと聖なる力を流しこめば、サーペントの亡骸が淡く光っていく。

 周囲の人々が息を呑んで見守っているのがわかる。

 誰かが聖女と声を上げた気がしたが、それはかつての記憶が生んだ幻聴だったのかも知れない。

 ゆるやかに流れていく力がよどんだ何かを消し去ったのが伝わってくる。

 心地よい疲労感を感じながら目を開ければ、世界が少しだけ輝いて見えた。


「……ふぅ……」


 額に滲んだ汗を拭いながら、プラティナは立ち上がる。

 浄化されたサーペントの全身は、艶やかに光っており明らかに先ほどまでとは様子が異なる。

 振り返ればずっと傍にいてくれたらしいアイゼンが、苦虫をかみつぶしたような顔をして立っていた。


「アイゼン、肉を捌いてみてくれませんか?」

「まさか……」

「はい。浄化してみました! とりあえず食べてみましょうよ!」


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