幕間 聖女のいなくなった国で④
血のように赤い絨毯が一面に敷かれた室内は、大きな窓から差し込む光で眩しいほどに明るいのにどこか薄ら寒い空気が漂っていた。
部屋の奥。壁に備え付けるように置かれた巨大な黄金の椅子に座っているのは、シャンデを治める女王レーガであった。
その横に立つのは、冷たい表情をした宰相のヴェルディ。
そして正面に膝をつくのは、真っ白な神官服に身を包んだ初老の男だ。顔を真っ青に染め、全身をぶるぶると震わせている。
「神殿長。貴様の息子はとんでもないことをしてくれたぞ」
「お詫びの言葉もございません陛下」
「まったく。たかだか病で聖女を交代させ、追放など……ヴェルディ! お前は何をしていた!」
レーガは己が持っていた扇をヴェルディへと投げつける。
ヴェルディの肩にぶつかったそれは重たい音を立てて絨毯に落ちた。
「申し訳ありません。メディ殿下がどうしてもプラティナ殿下を国外に出すと聞かず……外聞的に最も問題のない手段が巡礼ではないかという声が上がったので逆らえず」
ヴェルディの言葉にレーガは美しい顔をしかめ、わざとらしく長いため息をついた。
「あの子が王都の神殿を離れることそのものが問題なのだ! わかっているのか!」
レーガが勢いよく立ち上がる。
美しい顔は怒りに染まり、目元はつりあがっていた。
神殿長は引きつった悲鳴を上げ、その場に尻餅をついてしまう。
「陛下。御鎮まりください」
「ええい! うるさいぞヴェルディ! 神殿長! 貴様の息子に責任を取らせるのだ! 今すぐプラティナを連れ戻せ!」
「し、しかし、プラティナ殿下が出立されてもう数日が過ぎております。それにどの聖地に最初に向かわれたかなど、我らには知る術が……」
「そのような御託はよい!」
「ひっいい!」
恐怖におののいている神殿長は今にも気を失いそうだ。
「お前は知っているはずだ。あの子の力が失われれば妾たちは終わりじゃ」
「ですが息子が言うにはプラティナさまはもう余命幾ばくもないと診断されたそうです。どのみち命を落とされるのであれば……」
「はは! そのようなわけがあるまい。よほどのヤブ医者を掴まされたのだな」
真っ赤に塗った唇をつりあげ、レーガが艶然と微笑む。
「あの神殿に施した術は、あの子の寿命までは奪いはしない。妾が少々力を使いすぎたのかも知れぬ。まだまだ働いてもらわねば困るのだ。あの子のような強い力を持つ聖女は他にはいない」
うっとりと語るレーガの瞳はどこか遠くを見ていた。
その横顔をヴェルディが感情の読めない瞳で見つめている。
「神殿長。妾は言っておいたはずだ。貴様の息子と結婚し子をなせば、さらに強い力を持った聖女を産んでくれるはずだと。何故息子にしかと言い含めておかなかった」
「ツィンにはしっかりと言っておいたのです。王女殿下と結婚するのが役目だと!」
「ははあん……貴様の愚鈍な息子は王女ならばよいと考えたわけだ。まったく、使えぬにも程がある」
レーガは床に落ちている扇を踏みしめると、そのまま体重を掛けてバキリと折ってしまった。
黄金で作られ宝石で彩られた扇が、無残にも踏み潰されて行く。
「貴様もこうなりたいか?」
「め、めっそうもない!!」
「ならば今すぐに息子を出発させよ。プラティナを神殿に連れ戻すのだ!」
「はいぃぃっ!」
レーガの恫喝に神殿長は転がるように部屋を出て行った。
それを見送ったヴェルディも続いて部屋を出ようとするが、レーガによって呼び止められる。
「ヴェルディ。お前は本当に何も知らぬのだな?」
「何をでしょう?」
探るようなレーガの視線にヴェルディは眉一つ動かさない。
濁った色に染まった瞳をじっと見つめていたレーガは、ふん、と小さく鼻を鳴らす。
「まあよい。どのみちお前には何もできぬ。さがれ」
「はい」
静かに一礼したヴェルディを見送り、部屋に一人になったレーガは億劫そうに椅子に座り直した。
美しく染められた爪に歯を立てながら、苛立たしげに眉根を寄せる。
「まったく。まさかよりにもよって聖地巡礼だと? もしあの子が封印の仕組みに気がついたら……」
先ほどまでは強気だった表情が不安げに歪む。
ガリガリと噛みしめられた爪がぼろぼろになるが、レーガはとまらない。
「まだわずかだがあの子の力は残っている。力が尽きる前に、なんとしてでも連れ戻さなければ……でなければ妾は……」
ぶつぶつと呟くレーガの瞳はここではないどこかを見ているようにうつろだった。
(なんだあれ。超やばくない?)
天井から一部始終を見ていたノースはわざとらしく自分の両肩を抱いて身震いすると、静かにその場を離れた。
王城のあちこちに張り巡らされた結界魔法を器用に避けながら、慣れた足取りで外へと出る。
(いやぁ。コレは想像した以上だって。ギルド長、キレるだろうなあ)
先ほどの会話を思い出し、ノースはしばらく考え込む。
ギルド長であるベックの指示を受けたノースは、聖女プラティナの行方を追っていた。
神殿で聞き込みをしてみれば、どうも祈りを捧げている最中に倒れ余命幾ばくもないと診断されていたことがわかった。
城に連れ帰られたのもその治療のためだったのかと踏んで、様子を見に来てみれば、なんとプラティナは聖地巡礼という名の下に追放された後。
護衛を付けて旅立ったようではあるが、その素性はメディの近衛騎士上がりの男らしく、プラティナの味方とは限らない。
(聖女様に何かあったら、その男、ただじゃすまねぇぞ)
いつもはひょうひょうとした笑みを浮かべているノースの表情がわずかに険を帯びた。
ノースもまた聖女が作った薬に救われた身だ。
王都のギルドという激務な場所に居続けているのも、プラティナがいる神殿をいつでも守れるからという青臭い理由だったりする。
だが、それはノースだけではない。ギルド長であるベックや他の冒険者たちもきっと同じように思っている。
平和な王国シャンデ。その正当な後継者である王女プラティナ。そのうえ聖なる力を持った聖女として幼い頃から神殿で祈り続け、効果の高い薬を生み出し続けてきた存在。
レーガの手前、表立って褒め称える者は少ないが、慕っている者は実はとても多い。
そのプラティナが余命わずか、しかも巡礼の旅に出されたとなれば大騒ぎになるのは目に見えている。
(でも、なんか妙なんだよな)
以前にもノースはこっそりとプラティナについて調べようとしたことがある。
神秘の聖女様がどんな顔をしているのか興味があったのだ。
だが、できなかった。
神殿には強固な結界が張られており、プラティナが祈る聖堂には近づくこともできなかったし、王城にだって侵入することもできなかったのに。
(結界魔法が弱くなってやがる)
レーガの居室上まで侵入できたのもそのおかげだ。
本来ならばノースの隠匿魔法などすぐに弾かれて気配がバレているはずなのに。
レーガが口にしていた言葉も気になる。
「これはもうちょっと詳しく調べる必要があるな。その前にギルド長に報告して、聖女様を探してもらわなきゃ」
間違ってもあの馬鹿に先を越されるわけには行かない。
ぺろりと唇を舐めたノースはその場から音も立てずに姿を消した。
次から4章再開です。ちょっと短めでサクッと進みます。





