29話 瘴気の正体
※毒とか薬関係の設定はナンチャッテです
何かを叫ぶ声と複数の足音。清廉な場所に似つかわしくない空気をまとった集団が、一気に聖堂になだれ込んできた。
「見つけたぞ!!」
その先頭に立っていたのは教祖だった。顔を真っ赤にして全身から汗を滴らせ、肩で息をしている。よほど急いでここに来たようだ。
「ずいぶんと早かったな。年寄りにはキツかったんじゃないか」
「うるさい! ……っ! 貴様、それを見つけたのか」
教祖が指さしたのはアイゼンが見つけた貯蔵庫にあった瓶たちだ。
床に並べられたそれを見て教祖は全身をわなわなと震わせる。先ほど、アイゼンに谷に落とされそうになった男も新しい武器を抱えてこちらを睨み付けていた。
「ああ、見つけたぜ」
アイゼンはそんな男達を煽るように口の端をつり上げ、わざとらしく両手を広げて首を振って見せた。
「しかしよく考えたもんだ。人が来ない聖地を使って麻薬の製造とはな」
「麻薬!? え、どういうことですか?」
「お前も見ただろう、集落の周りに花畑があったのを。あれはソムニフェルムの花といって球根から強い依存性のある薬を造りだせる。飲んでいる間は強い快楽を生み出すが、効果が切れれば地獄のような苦しみを味わう。製造は禁止されているが、裏ではかなりの高値で取引されている代物だ」
「そんな……」
「おそらくだが、お前達はこの森にソムニフェルムが自生していると知り、人を集めて栽培をさせることを思いついたんだろう。見た目は綺麗だが、あれの花粉は人間には毒で栽培には危険が伴う。火事で焼け出された住人たちを甘い言葉で集め花を育てさせ、この聖地で薬を精製。そんなところだろうな」
驚きすぎて、プラティナはうっかり腕の中のアンバーを落としてしまう。
地面に着地したアンバーは不満げに鳴きながらも、突然やってきた侵入者たちへと鋭い視線を向けて身構える。
「この森に入ったときから妙だとは思っていた。この森にはやけにクローリクが多かったからな」
「クローリク?」
「昨日食べた毛玉だ。あいつらは花びらや果物しか食べない。だがこの森には果実を実らせる木は殆ど見当たらなかった。お前たちが育てた花を食って繁殖したんだろうな」
アイゼンが語る推理に唖然としたプラティナが教祖達に視線を向ければ、それが真実だとわかるほどに彼らの表情は蒼白だ。
「あの大地を枯らした毒は麻薬を精製するときに出た副産物ってところか。あの吊り橋にも薄くだが染みこませておいたんだろう。気化性の毒物なら、そこを通り抜けるときだけ息を止めていればごまかせる。だが知らなければ吸い込んで気を失う……それを瘴気だなんだと勘違いさせていたんだろう。ずいぶんと手間の掛かることをする」
「くそ……お前、何者だ! まさか王家が寄越した間者なのか!」
「まさか。俺は聖女様の護衛を兼ねた薬師だぜ」
「お前みたいな薬師がいてたまるか!」
叫んだのはやはりアイゼンに担ぎ上げられた男だ。プラティナの身体ほどある斧をふりあげ、まっすぐにこちらに走ってくる。それを皮切りに他の男たちも武器を手に走り出す。
「アイゼン!」
「チビ、プラティナを連れて下がれ!」
「きゅう!」
息の合った一人と一匹が同時に動く。
アイゼンは向かってきた男が振り下ろした斧を避けると、再びその身体を軽々と抱え上げ走ってくる男達の方へと投げ飛ばした。嫌な音がして数名がその下敷きになり投げ飛ばされた男も踏まれたカエルのようなうめき声をあげた。
アンバーはプラティナの背中に回ると、足で器用に服を掴み軽々と飛び立った。宙に浮いた足下にプラティナは悲鳴を上げる。
「お、落ち……!」
谷に落ちかけたときはアイゼンに抱かれていたためここまでの浮遊感は無かった。成長前ですら二人を掴んで飛べたのだ。今のアンバーにしてみれば、プラティナ一人くらい掴んで飛ぶのは簡単なことなのだろう。危なげない動きで宙を舞ったアンバーは、プラティナの身体を龍の像へと運んでしまった。
聖地の依り代に乗るという恐れ多い行為に気が遠くなりそうだったが、今はアイゼンの方が心配だ。
「アンバー。私は大丈夫だから、アイゼンを助けて」
「きゅう!」
アンバーは最初からそのつもりだったとでも言うように返事をすると、翼を広げて滑空していく。
大丈夫だろうかとアイゼンの方を見れば、また誰かの武器を奪ったらしく手に長い剣を握っている。
騎士だっただけあってその構えには隙は無く、彼を取り囲む男たちもじりじりと距離を取るだけにとどまっていた。だが明らかに数が多い。さすがのアイゼンも攻撃のタイミングを計りかねているのが見て取れる。
「きゅうう~~」
空からアイゼンを取り囲んでいる男達に近づいたアンバーは甲高くひと鳴きすると、口を大きく開け、なんと青い炎を吐き出した。
「嘘!?」
「はぁ!?」
プラティナとアイゼンの声が重なる。
だがそれよりも驚いたのは男たちの方だろう。突然頭上から炎を吐きかけられ、逃げる暇さえ無かった。髪や服が燃えはじめた彼らは哀れっぽい悲鳴を上げながら床を転がったり聖堂から逃げ出していく。
呆気にとられていたアイゼンだったが炎に慌てふためく彼らの隙を突き、炎を免れた男たちをあっという間に叩きのめしてしまった。
時間にしてほんの数分。
今、聖堂に立っているのは教祖とアイゼンだけだ。アンバーは燃やす相手がいなくなったからか、プラティナの傍に舞い戻ってきていた。
「で、どうするよ教祖サマ」
ゆっくりと教祖に近づいていくアイゼンはまるで悪役のようだ。
教祖は悲鳴を上げ、床に尻餅をついた。
「すまない! 謝る! 謝るから許してくえれぇぇ!!」
「俺に謝ってどうするんだよ。俺たちは襲われたから反撃したまでだ」
「何が望みだ! 頼む! 何でもするから命だけは!!」
「ったく、聞いてねぇな。おいジジィ、俺たちは別にお前らに危害を加えるつもりはない。最初に言ったように聖堂に用事があっただけだ」
「へ……」
恐怖に引きつった顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしていた教祖は、アイゼンの言葉に目を丸くして動きを止めた。
「ほ、ほんとうか」
「ああ。本当さ。下手に抵抗せずにさっさと案内してくれればよかったのにな」
「では!」
「ま、俺たちが何もしなくてもあいつらはどうかな?」
どこか面白がるような声のアイゼンが、何かを指し示すように軽く顎をしゃくった。
教祖はその動きを追ってゆっくりと振り返る。プラティナもまた、その方向に目を向けた。
「教祖様……これは、いったい……」
そこには愕然とした顔で立ち尽くすリッチェルをはじめとした集落の住人達が立ち尽くしていたのだった。





