25話 浄化と襲撃
(本気? 本気って言われても)
プラティナは視線を地面へと落とした。
草が枯れ干からびた大地。ほんの数歩先にある青々とした森の大地とは別物の異質な光景。
(でも瘴気じゃないのは間違いない)
穢れでないのならばこれはいったいなんなのか。
じわりと冷や汗が浮かびかけるが、肩を抱くアイゼンの大きな手のひらが大丈夫だとでも言うように力を込めたのが伝わってくる。
その感覚に心がスッと落ち着くのを感じた。
冷静な目で周囲をもう一度見回す。
リュッセルはこれを穢れと信じて疑っていないようだ。
だが、もしこの大地の有様が瘴気からくるものならば、そもそもこの場で会話などしていられない。あの吊り橋だってとっくに腐り落ちているだろう。
一部の土地だけを枯らす症状。原因が何なのかプラティナは必死に考えを巡らす。
そしてある一つの答えを思いついた。
「……この大地を元に戻せば、私が聖女だと信じてくれますか?」
「は? ずいぶんな大口だな、やってみろよ」
プラティナの問いかけにリュッセルが口元を歪め、煽るような表情を浮かべた。
アイゼンに視線を向ければ、まるでわかっているとでも言いたげに頷いてくれた。
「わかりました」
「なっ……」
その場にぺたりと座り込んだプラティナは地面に両手をつく。
手のひらから感じる大地から、わずかだが嫌な気配が感じられた。枯れた草から漂う独特の匂い。
やっぱり。予感が確信に変わると同時に、プラティナは手のひらに聖なる力を込める。そして、毒に侵された人を助けるイメージで力を流し込んでいった。
「なぁっ!?」
リュッセルの悲鳴じみた驚嘆の声が響く。
大地に注ぎ込まれた聖なる力は、あっという間に枯れた土地を包み込み淡く輝いていった。
そして見る見るうちに痩せた土地にみずみずしさが戻り枯れていた草がよみがえっていったのだった。
「そんな、まさか……」
「ふう」
祈りを終えたプラティナが立ち上がれば、先ほどまでは死んでいた大地が森の地面と変わらぬほどに復活していた。
完全に死に絶えていた草までは元に戻らなかったので少し寂しい雰囲気なのは否めないが、先ほどまでのような寂しい光景ではなくなった。
リュッセルはじめ、屈強な男達は口をあんぐり開けてプラティナを凝視している。
「な? コイツは聖女様だろう?」
自慢げに胸を反らすアイゼンをプラティナはすこし責めるような視線を向けた。
そしてその袖口を軽く引っ張り小声で囁きかける。
「どうして私が浄化できると思ったんですか?」
その問いかけにアイゼンはいたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべた。
間近で見てしまった笑顔の威力に、プラティナはおもわず「うっ」と声を詰まらせる。
「ああ、だってこれは毒薬だろう? お前なら浄化できると踏んだのさ」
全てをわかっていたらしいアイゼンは悪びれもせずそう返してきた。
そう。この大地の荒れ方は瘴気が原因ではない。恐らくは大地を枯らす特殊な毒薬が原因だ。神殿時代、毒草が生い茂る土地をどうにかして欲しいという依頼を受けて草を枯らす薬を作ったことがあった。その薬とよく似た匂いが大地からは漂っていた。
原因がわかれば対処は簡単だ。聖なる力を込めて、大地に残っている毒薬を無効化すればいい。穢れや呪いを払うよりも簡単なことだ。同時に、植物の成長を促進する力を流しこめば解決だ。
「どうして毒だって」
わかったのか、と問いかけようとした言葉は大きな物音で遮られた。
何ごとかと顔を向ければ、リュッセルがまるで駄々っ子のようにその場で足を踏みならしていた。
「どうして……教祖様が何ヶ月も祈って改善しなかった穢れがどうして!!」
信じられないと呻く姿は哀れすら誘うものがあった。
ひとしきり暴れたリュッセルは肩で息をしながらうつろな視線をプラティナに向けてきた。
「あなたは、ほんとうに聖女様なのですか?」
まるで憑き物が落ちたような顔だった。さきほどまで教祖を崇めていた時にみせた狂信的な光はなく、この状況を受け止めかねているだけなのがよくわかる。
「そうだ。彼女は間違いなく神殿の聖女だ。だからこそ祠に向かわせて欲しい。君だって教祖の負担を軽くしたいだろう?」
一歩前に出たアイゼンの言葉にリュッセルの表情が揺らいだのがわかった。
後一押し、そう感じられる。だが。
「あいにくだが、それはできねぇ話だ」
「ああ。あの祠には近寄らせねぇ」
ずっと背後にいた男達がはじめて口を開いた。しかも随分と乱暴な口調で。
「な、お前たち!?」
「リュッセル。しっかりしてくれよ。あんたは交渉ごとが得意なのを買われて教祖サマとの伝言役になったはずだ。こんなに簡単に言いくるめられて納得しかけるなんて、信者失格だぜぇ」
嘲るような言葉を発したのは、男達の中でもひときわ体格のいいリーダー格の男だ。
余裕の笑みを浮かべ腕を組んだその男は、じりじりとプラティナたちに近寄ってくる。
「しかしまさかこの土地を直しちまうなんてな。本物の聖女か。コレは使えそうだな」
「あなたたち、目的はなんなんですか! 土地を枯らす薬まで撒いて!」
「へぇ。これが薬だってわかったのか。流石だな。おいお前ら、嬢ちゃんを捕まえろ。男は谷に突き落とせ」
「!!」
その言葉に男達が一斉に動き出す。プラティナは咄嗟にアイゼンの前に立とうとした。アイゼンだけでも守らなければと。
「どいてろ」
だが、それよりも先にアイゼンに腰を引かれ後方に下がらせられる。
尻餅をつかないように体勢を整えるのが精一杯のプラティナの視界には、男達に向かって走り出すアイゼンの大きな背中が見えた。
「アイゼン様!」
プラティナが手の届かない場所に移動させられた事に気がついた男達は、まずはアイゼンを叩くことに決めたらしい。
全員が一斉にアイゼンへと手に持っていた武器を向ける。
細く長い剣を持った男が、真っ先にその切っ先を突き出した。
「遅いんだよ」
「ぎゃぁ!」
剣先を避けたアイゼンは、男の腕を掴み引き倒すとその剣を奪い取る。
そしてその剣で斧を振り上げていた男の手首を切りつけ、長い足でもう一人の男の腹部を蹴りつけた。
同時に地面に三人の男が倒れ込む。
残ったのはナイフを持った若い男と、リーダー格の男の二人だ。
「うぅ、うわぁぁ!」
若い男は情けない声を上げながらもアイゼンにナイフを振りかざす。だが、さらりとかわされ体勢を崩したところに背中に拳をたたき込まれ音を立てて地面に沈んでしまった。
プラティナが数度瞬きする間に終わってしまった。
「なっ……くそっ、お前何者だ!」
「俺か? 俺は旅の薬師さ」
「薬師だと? 馬鹿にしやがって」
リーダー格の男はずっと組んだままだった腕を解くとアイゼンに向かって身構えた。
アイゼンは手に持っていた剣を地面へと落とし、同じく身構える。
「覚悟しやがれ!」
「どっちが」
激高した様子でアイゼンに向かっていったリーダー格の男だったが、アイゼンはその間合いにひらりと入り込み巨体を背中に担ぐようにして軽々と持ち上げてしまった。
「ぎゃぁ!! おい、離せ! 離せ!!」
アイゼンに担がれ、無様にも暴れる男だったがどう押さえ込んでいるのかアイゼンはまったく動じない。
体格差はかなりのものだというのに、表情一つ変えずに男を担ぎ上げている。
「さっきお前、なんつった? 男は谷へ、だっけ?」
「ひっ!」
情けない声を上げた男の顔が青ざめる。対するアイゼンは、悪辣な笑みを浮かべゆっくりと谷間の方へ歩みを進めていた。
「や、やめてくれ! ゆるして、許してくれぇ!」
「やだね」
「わぁぁぁ!」
こうなってくるとどっちが悪者かわからない。
止めなければとプラティナがアイゼンの方に駆け寄ろうとした瞬間、ぎしりと何かが揺れる音が聞こえた。
「何の騒ぎですかな」
その場にそぐわぬ落ち着いた声に視線を向ければ、吊り橋の中心に一人の男性が立っていた。





