23話 龍を信仰する人々
爽快な気分で目を覚ましたプラティナは、外がすっかり朝であることに気がついて短い悲鳴を上げた。
見張りを途中で交代するつもりだったのにと慌ててテントから転がり出れば、アイゼンは朝食の準備中だったらしく「おはよう」と静かに挨拶をされてしまった。
「ごめんなさい。まさか朝まで寝てしまうなんて」
「気にするな。俺は一晩寝ないくらいでどうにかなるような鍛え方はしてない。君はゆっくり休まなければ身体が持たないんだから無理をするな」
「はい」
言われればその通りなのだが、少しは役に立ちたかったと少し落ち込みながらアイゼンの横に腰を下ろす。
アンバーも大あくびをしながらテントから出てきて、当然のようにプラティナの膝に身体を落ち着けた。
朝食は携帯食料のパンとスープ。スープには昨日の肉が入っていて具だくさんだ。
寝起きの身体に染み渡る温かさにほぅと息を吐く。
「食事が終わったら出発だ」
「例の集落に行くんですね」
「ああ。出来れば関わりたくないが……」
「大丈夫です。きっと話せばわかってもらえます。私たちは聖地に巡礼に来ただけなんですから」
「だといいが」
どこか気が重そうなアイゼンにプラティナは精一杯の笑顔を向ける。
きっとなんとかなる。そう信じて。
「この先は我らが聖域。何人たりとも近寄ることは許されません」
有無を言わさぬ口調でそう言い切られ、プラティナは困り果ててアイゼンへと視線を向ける。
その視線を受け止めたアイゼンは「それみたことか」と言いたげに目を伏せ、小さく首を振ったのだった。
「私たちは祠に行きたいだけなんですが……」
「駄目だ」
「でも」
「駄目だと言っている」
この問答はかれこれ数分は続いているが、相手が折れる気配はない。
カーラドの谷を目前に控えた森の外れ。老人が語っていたように小さな集落が築かれていた。木で作られた粗末な家と畑が点在しており、自給自足の生活をしているのがわかった。
集落の周囲は丁寧に切り開かれており、色とりどりの花が咲いている。
住民たちは揃って灰色のローブを着ており、一目で同じ意思を持った集団だというのがわかる雰囲気。
彼らは突然森から現れたプラティナとアイゼンの姿に気がつくと大騒ぎし、なだめる声にも耳を貸さなかった。
そうこうしている間に何やら屈強な男たちを従えた神経質そうな男がやってきて、二人に対して「帰れ」と言い放ったのだった。
年の頃はアイゼンより少し年上と言ったところだろうか。顔立ちは整っているが、落ちくぼんだ目元にはどこか疲れが滲んでいた。
「お願いです。私たちは怪しい者ではありません。王国から命を受けて聖地を巡礼しているだけなんです」
証拠だと身分証や経文を見せたが、反応は同じ。
途方に暮れるプラティナの横ではアイゼンが男をじっと睨み付けていた。
「国はこの祠を長年放置してきた。私たちが手入れをしていなければとっくに朽ち果ててしまっていたかもしれない」
「その点については感謝します。決してあなた方の領分を侵そうというわけではないのです。ただ、少しだけ礼拝させて貰えれば」
「駄目だ」
「うう……」
取り付く島の無い態度にプラティナはだんだん疲れてきた。
大丈夫だと言ってしまったのに情けないと、アイゼンを見ることもできない。
「一つ聞きたい」
これまで黙っていたアイゼンが突然口を開いた。
男が、プラティナからアイゼンへと視線を動かす。
「なんだ」
「お前たちの目的は何なんだ? 祠を信仰するのは勝手だが、妙な集落を作って巡礼者を追い返すなど、場合によっては反逆行為と取られてもおかしくないぞ」
「……!」
脅しのような言葉に男の顔色が変わる。
背後に控えていた灰色ローブの住民たちも反逆という言葉にざわめく。
「は、反逆など大げさな。私たちはただここで祈りを捧げたいだけで……」
「ならばどうして祠に行かせない。隠しごとがあるんじゃないか? 聞けば、森の外にある集落もお前たちの教義とやらに困っているようだったぞ」
「う、ぐ……」
アイゼンに詰め寄られ、男は不利を悟ったのか低く呻いた。
「わ、我らは龍の力を借りてこの地を浄化しているんだ! これまで国は聖地をおろそかにしてきた。その罰が下ろうとしている。その証拠に、この森の一部は瘴気によって穢され始めているんだぞ!」
「なに……?」
アイゼンの片眉がつり上がる。
プラティナもまた聞き捨てならない言葉に息を呑んだ。
「瘴気ですって?」
思わず一歩前に出れば、アイゼンがおい、と慌てた声を上げた。
男もまたプラティナが前のめりになった事に驚いた様子だ。
「あ、ああ。祠の周辺は草が枯れて酷い状態だ。今は我らが、祠で教祖様が祈りを捧げて瘴気を抑えておられる」
「瘴気を……?」
「教祖だと?」
プラティナとアイゼンはそれぞれ違ったものの引っかかりを感じ、男の言葉を繰り返した。
顔を見合わせた二人は彼らにくるりと背中を向けると、顔を寄せ合い声を潜めて密談を始めた。
「おい。瘴気とはなんだ」
「大地を穢す呪いのようなものです。呪法や魔物によって引き起こされるものがほとんどですが……」
「ですが? なんだ?」
「本当に瘴気が広がっているなら、何かしら気配がするはずなんです。でもこの大地一帯は見た限り清浄で」
「なるほどな」
「あの、ところで教祖ってなんです?」
「宗教の指導者……神殿で言うところの神殿長みたいなもんだな。こいつらのトップだろう」
「神殿長……でも、それなら余計におかしいです」
「何がだ」
「もし本当に祠の周りに瘴気が広がっているならば、普通の人間はそこで過ごせるはずがありません」
「……ふうん」
アイゼンの表情が何か悪事を思いついたように歪な笑みを浮かべる。
間近でそれを見てしまったプラティナの心臓がドキリと大きな音を立てた。
「おい、お前たち」
再び住民たちに向き直ったアイゼンが大きな声を上げた。
その声量に男がびくりと身をすくませるのが見えた。
「その教祖とやらと話をさせろ」
「なっ、何だ急に」
「ふん。そいつのインチキを暴くためだ。瘴気? 笑わせるな」
「ちょ!? アイゼン?!」
突然悪人のような口調で喋り始めたアイゼンにプラティナもぎょっとする。
慌てて袖口を掴んで軽く引っ張るが、アイゼンは止まらない。
「コイツはただの巡礼者じゃない。聖女だ。瘴気が本当ならコイツが全部浄化できるぞ」
「!!」
薬師と弟子設定はどこに消えたのだろうか。
男と住民たちの視線が一斉にプラティナに注がれ、いたたまれない気持ちになる。
「聖女だと……?」
「ええと……」
疑わしげな視線に困惑していれば、アイゼンが背中に手を置き(話を合わせろ)とささやきかけてきた。
どうやら考えがあるらしい。
「そうです、私が聖女です!」
こうなれば度胸だと声を上げれば、住民たちから再び大きなざわめきが起きた。
自らこうも堂々と聖女と名乗るのは初めてで恥ずかしさに打ち震えるプラティナに反し、アイゼンは腕を組んで住民たちに自慢げな笑みを向けている。
「っ、聖女だから何だというのだ」
「聖女が直々に瘴気を浄化してやると言ってるんだ。どうして拒む必要がある?」
「ぐっ……」
男は青ざめた顔で額に汗を滲ませていた。
怯えるように一歩後ろに下がるも、住民たちが居ることを思い出したのか、慌てて背筋を伸ばし取り繕おうとする。
住民たちもアイゼンの言葉に何かを察したのだろう。
先ほどまでのような敵対心だけでは無い何かをプラティナたちに見せはじめているのがわかる。
「た、たとえ聖女といえども教祖様が払えぬ汚れを浄化できるわけがない」
「じゃあ試させろ。もし駄目なら俺たちは黙って帰ってやるよ」
「え!?」
アイゼンの言葉に声を上げたのはプラティナだ。
ようやくここまで来たのに聖地巡礼を諦めなければならないのかと恨みがましい視線を向ければ、アイゼンはちらりと何やら含みのある視線を向けてきた。
(……何か考えがある?)
ここでプラティナが騒ぐのは簡単だったが、口を挟むべきではないのかもしれない。
(信じていいのよね)
諦めたくないと願いを込めてアイゼンを見上げれば、その横顔には自信が満ちているのがわかった。
ここまで来れば乗るしかないと、プラティナはふんすと鼻を鳴らしてアイゼンと共に住民たちと矢面に立つ男に視線を向ける。
「ぐっ……」
男は分の悪さを感じたのだろう。
ここでアイゼンの提案を断れば、住民たちにいらぬ疑いを抱かれてしまう。
数十秒の沈黙を経て、男が重い口を開いた。
「教祖様の元に案内しよう」
葛藤と悔しさに塗れた男の言葉に、アイゼンの口元が満足げにつり上がったのをプラティナは見逃さなかった。





