幕間 聖女のいなくなった国で②
「どういうことだ!!」
調度品が震えそうな大声に、トムが身体を縮こまらせる。
神殿の一室。中級神官のエドと下級神官のトムが並んで立つ向かいにテーブルを挟んで座っているのは一人の大柄な男性。燃えるような赤毛に浅黒い肌。見上げるほどの長身とがっしりとした体躯。その瞳はらんらんと怒りをたたえている。
「お、落ち着いてくださいベックさん」
「落ち着けるかぁ!!」
「ひえぇえ」
今にも暴れ出しそうなベックにエドは情けない声を上げた。
そのやりとりに、トムが大げさなため息を零す。その態度は怯えるエドとは違い、どこか余裕すら感じさせる。
「どういうこともありませんよギルドマスター。現在、聖女様は事情があって祈祷や調剤をしていないのです。故に、ギルドに薬を卸すことは出来ません。神殿としても困っているのです」
「困っているのはこちらも同じだ! 聖女様の薬がなければ大勢の冒険者が苦しむことになるんだぞ。神殿長は何を考えている」
どん、と机を殴りつけたベックはギリギリと奥歯を噛みしめる。
「神殿長は女王陛下に付き添って国外です。おそらく近日中には戻ります」
「くそっ……またか……!!」
「今、神官が総出で各種の薬を製造しております。完成次第、ギルドに納品しますので」
「……その品質は、確かなんだろうな」
疑いの眼差しにエドは顔色を変えるが、トムはむしろ穏やかな笑みを浮かべている。
「さぁ? 私たちは古来より伝わる薬を粛々と作るのみですから。聖女様の加護を失った今、その薬がどれほどの効力を持つのかはわかりかねます」
「チッ!」
苛立たしげに舌打ちしたベックの額には青筋が浮かんでいた。
王都のギルドマスターであるベックは、聖女が作る薬の高い効果に気がつき、数年前からかなりの量をギルドへ仕入れていたのだ。
大量の献金を積み上げ、ほぼ独占的に手に入れた薬はギルドの目玉商品だ。冒険者たちからも信頼されており、今更別のものを渡すなど考えられない。
聖女の作った薬は、その効果以上にお守りとしての価値もあった。持っているだけで危険な魔獣と遭遇する確率が下がるし、道に迷うことも減ったという。
最初はそんな眉唾な効果があるかと疑っていたベックだったが、実際に聖女が精製した薬を持って出かけた依頼ではかなり救われた。以来、必ず一つは懐に忍ばせている。
「聖女様……プラティナ様はどうしたんだ」
聖女プラティナ。王女でありながらその身を神殿に捧げ、日々国民のために祈りを捧げる尊い存在。滅多に人前に出てくることはないが、冒険者はじめ国民からは厚く信頼されている。
ベックもまたプラティナに心酔している一人だったが、神殿の許しが得られず直接感謝を伝えられたことは一度も無かった。
祈祷も調剤もしていないなど、ここ数年で一度も無かった事態だ。その身に何か起こったのではないかという不安がこみ上げてくる。
「私どもからはもうしあげられません。ただ、今神殿にはいない、とだけ」
「どちらにいる」
「……あるべきところ」
言葉を濁しながらも隠す気はないらしいトムの口調に、ベックは片眉を上げた。
(あるべきところ? 城ということか)
トムの横ではエドが死にそうな顔で狼狽えていた。その態度から、今とても良くないことが起きているとベックは経験から感じていた。
(コレは調べる必要があるな)
調べ物はギルドの専門分野だ。城にまで忍び込めそうな面子を頭に思い浮かべながら、ベックは静かに立ち上がった。
「わかった。聖女様がいないのであれば、仕方が無い。だが薬は必要だ、急いでくれ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げるエドとトムを残し、ベックは神殿を後にした。
「ノース。仕事だ」
「帰って早々なんですかいきなり」
王都のギルド会館。マスター専用の部屋に呼び出された冒険者のノースは、ベックの言葉に思い切り顔をしかめた。ふわふわとした茶色の髪にくりっとした目元。一見すれば優しいお兄さんといった風貌の彼は、ギルドの諜報員だ。
「王城に忍び込んで聖女様にまつわる情報を集めて欲しい」
「え!? 聖女様について調べていいんですか!」
唐突な指示にノースが瞳を輝かせる。
「これまではずっとおさわり厳禁だったじゃないですか。どういう心変わりです?」
人々から信頼を集め神殿に籠もる聖女について知りたいという声は多く、ギルドにその調査依頼がされることは少なくなかった。
だがそれら全てベックの一存で退けられていた。聖女に触れるな。それがこのギルドの掟の一つですらあったのに。
「状況が変わったんだ。どうやら聖女様が城に連れ戻されたらしい」
「マジっすか!?」
「ああ。神殿の奴ら、何も言わなかったが明らかに様子がおかしかった。今は代理で妹姫のメディ殿下が聖女代理を務めているそうだが……」
「メディ殿下ってあれでしょ? ガキなのに男遊びばっかりしてるワガママ娘。あんなのが聖女なんてマジですかぁ」
うげぇと舌を出しながらしっしと手を振る仕草をするノースに、ベックもまた疲れたように首を振る。
「本当のようだ。ノース、おまえは聖女様がどうして城に連れ戻されたか調べろ。事と次第によってはギルドも動き方を変えなきゃならんかもしれん」
「そうですよねぇ……聖女様の薬をもらえないんじゃ、このギルドは立ちゆかなくなりますし……あの女王サマの圧政下でも仕事を続けてこれたのも、聖女様あってでしょ?」
「…………」
ノースの指摘にベックがきつく目を閉じた。
国王の死後。女王レーガの治政となったシャンデは荒れる一方だ。ギルドに持ち込まれる依頼も血なまぐさいものが多く、冒険者たちを無駄に危険にさらすことが多くなってきた。かなりの数の冒険者が王都を離れ、いまでは少数しか王都のギルドには残っていない。
なんとか持ちこたえられているのは、聖女様の薬と加護が込められた護符があるからだ。
「だから調べるんだ。もし聖女様に何ごとかが起こっているのならば助けなければ」
これまで目を背け続けてきた現実と向き合う日が来たのかも知れない。
そう思いながらベックは深くため息を吐きながら目を開けた。
すでに目の前にノースはおらず、調査に出かけてしまったらしい。
「聖女様……」
ベックの呟きは部屋の中に静かに消えていった。
誤字報告、いつもありがとうございます。
この回で2章は終わりです。
3章ではとうとう最初の聖地に辿り着いてのてんやわんやがはじまります。
更新は3章を書き上がってから再開するので、8月からになるかな?
どうぞ引き続きお付き合い頂けますように!





