16話 水源の調査④
プラティナの言葉にアイゼンが驚きながらトカゲを見つめた。
急に鋭い視線を向けられたトカゲが低く唸る。暴れて腕から逃げようとするその背中を撫で、プラティナは説明をはじめる。
「おそらく、この子は人に襲われたんです。そして流れ出た血が水を汚染した……魔物の体液には魔力が宿っています。この子の苦しみが、水を汚染し、自分を襲った人間を呪ったのかも知れません」
小さくはあるが治療のときにごっそりと力を奪われたことを考えれば、きっとかなりの魔力を秘めた生き物なのだろう。どれだけここに倒れていたか知らないが、苦しいと思う気持ちが自分を傷つけた相手を呪ったとしてもおかしくない。
「なるほどな……じゃあ、コイツを殺せば解決するのか」
「ギュウ!」
「駄目ですよ!!」
プラティナは慌ててトカゲを腕にしっかりと抱きしめる。
「この子に非はありません。おそらく、この場所が特殊なことも原因だとおもいます。いろいろな条件が揃って生まれた呪いです」
「ならどうする」
「浄化します」
トカゲの子を地面に降ろすと、プラティナは地面に膝をつくようにして座り込んだ。
かつて神殿の祈りの間でやっていたように、両手をしっかりと組み、祈りを捧げる。
周囲がふわりと輝くのがわかった。全身に流れている聖なる力が地面を伝わり水面に流れ込んでいく。
「……これは……!」
背後でアイゼンが驚愕する声が聞こえた。
久しぶりの感覚に身体が震える。だが、神殿のときよりも苦しくない。むしろ周囲の優しい空気がプラティナを手伝ってくれているような温かさがあった。
白い光が汚れていた地面と水面に広がっていく。青い体液が消え濁りが消えていく。そしてその光は川の上を撫でるようにしてまっすぐ下流へと進んでいった。
「……ふう」
光が完全に見えなくなって、プラティナはようやく両手をほどく。
汗が額から流れ落ち、全身を心地よい倦怠感が包んでいた。
「終わった、のか」
「はい。おそらくこれで水問題は解決するはずです」
「きゅう!」
トカゲが嬉しそうに鳴きながらプラティナに頭をこすりつけた。この子もまた、呪いが発生してしまったことを苦しんでいたのかもしれないと思うと胸が痛んだ。
「でもよかった解決して。たいしたことなくてよかったですね」
「……君なぁ……」
がっくりとうなだれるアイゼンはとても疲れた顔をしていた。いろいろと心配させてしまったのだろう。
申し訳なく思っていると、お腹が急にきゅうっと鳴った。力を使いすぎたせいでお腹がすいてしまったらしい。プラティナは顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。
「……クッ」
かみ殺し損ねたような笑いに視線だけ上げれば、アイゼンが顔を逸らして肩をふるわしていた。
どうやらしっかりはっきり聞かれてしまったらしい。
締まらない空気にいたたまれなくなって両手で顔を覆えば、トカゲが心配そうにきゅうきゅう鳴きながらプラティナの周りをぐるぐる回る。するとそれに答えるみたいに再びお腹がきゅうっと鳴いてしまう。
アイゼンがこらえきれなくなったらしく本格的に笑い声をあげた。
「ははは……! 本当に君は凄いな」
「もう! 笑わないでくださいよぉ!」
「すまない。とにかくそのトカゲを連れてギルドに報告に行こう。その前に食事か」
からかうような口調と共に手を差し伸べられ、プラティナは頬を膨らましながらもその手を取ろうとした。
「……!」
アイゼンとトカゲが、ほぼ同時に顔を上げる。
ただならぬその空気にプラティナが彼らの視線の先を追えば、先ほど絡んできた男性冒険者たちが、にやにやと笑みを浮かべて立っていた。
プラティナに差し伸べていた手を腰の剣へと伸ばしたアイゼンが男たちに向かって身構える。
「どうして……」
「チッ……つけられていたのか」
背中を向けたままのアイゼンの表情はわからなかったが、声音に滲む怒りと苛立ちを感じプラティナは身体を固くした。
「アイゼン様……」
「君はじっとしていろ」
実際、何ができるわけでもない。邪魔にならないようにトカゲを腕に抱いて後ろに下がる。
すると男たちが下品に口笛を鳴らした。
「やっぱりだ。お嬢ちゃん、そのトカゲは俺たちのペットでな。逃げ出したのを探してたんだ。返してくれないか」
「え……?」
驚いて腕の中のトカゲを見れば、ぐるぐると低く唸りながら男たちを睨み付けていた。琥珀色の瞳に宿るのは明らかな怒りと敵意だ。
「お前たちに懐いているような様子はないぞ」
「クッ……うるせぇ! それは俺たちのもんなんだよ! いいから渡せ!!」
焦りを帯びた口調で叫んだ男が、腰につけてあった武器らしきものを振り上げる。鉤爪のような凶悪な形状から連想したのは、トカゲの傷だ。
「あなたたちがこの子を傷つけたのね!」
思わず叫べば、男たちの顔色が変わる。
アイゼンが小馬鹿にしたような息を吐きだした。
「なるほど。さっきも妙な動きをしていると思ったが、お前たちの目的は汚染の調査ではなくこのトカゲか。大方、珍しい種類なので捕縛しようとして逃げられた……といったところか」
図星なのだろう、焦ったように目配せしあう男たちの姿は滑稽だ。
「ここは禁猟区……怪我をしたコイツが他の冒険者に見つかれば間違いなく騒ぎになる。お前たちが水源の調査に来た冒険者と問題を起こしていた理由はこれか」
「う、うるせぇ! いいから渡しやがれ!!」
とうとう男の一人がアイゼンに向かって走り出した。
「アイゼン様!!」
大変だとプラティナは悲鳴じみた声で名前を呼ぶ。相手は複数で見る限り様々な武器を持っている。対するアイゼンは薬師を演じるため武器は腰に下げた細身の剣一つ。
(どうしたら……! 助けを求めに行くべき!?)
だが出口は男たちの向こうだ。プラティナがそちらに向かって駆け出せば逆にアイゼンの邪魔をしてしまうかも知れない。
どうすればよいのかわからず、トカゲを抱く腕に力を込め、ぎゅっと目をつぶった。
「ぎゃあああ!」
「うあああああ!」
いくつもの悲鳴が同時に響いた。
どさどさと何かが地面に落ちる音が聞こえ、突然の静寂が訪れる。
「……え?」
恐る恐る目を開けたプラティナが目にしたもの。
それは地面に累々と倒れた男たちだった。
全員白目を剥いて身体をぴくぴくと痙攣させている。不憫にも泡を吹いている男もいて、完全に倒されてしまっているのがわかった。
「口ほどにもないな。腕ならしにもならない」
呆れきった口調でぼやくアイゼンは、よく見れば剣すら抜いていない。
見ていなかったがどうやら全員素手だけで倒したのだろう。その表情はひょうひょうとしたもので、汗ひとつかいていなかった。
信じられないとプラティナが目を丸くして立ち尽くしていれば、振り返ったアイゼンが軽く肩をすくめ口の端をつり上げた。
意地悪で楽しそうな笑顔は少年のように見える。
「こいつらを縛るロープがいるな」
「……そうですね」
もしかしてこの人はとんでもない人なのかもしれない。
プラティナはそんなことを考えながら、心を落ち着けるために腕の中のトカゲを優しく撫でたのだった。





