第66話:シフォンの手紙
領主邸にたどり着いた俺たちは、エレノアさんが話し合いをする予定だったこともあり、すぐに部屋へ案内してもらえた。
三人掛けソファがある部屋で、すでにトレンツさんが腰を掛けている。軽く会釈をした後、向かいのソファに三人で腰を下ろした。
「これほど早く、リズくんとミヤビくんに再会するとは思わなかったよ」
落ち着いた様子で迎え入れてくれてるような気もするけど、トレンツさんの声が少し低く感じる。電話やネットがないから、まだ何も護衛依頼の件で連絡を受けていないんだろう。
突然の訪問を歓迎していないというよりは、シフォンさんのことが気になってピリピリしてるみたいだ。
「急にお邪魔してすいません。エレノアさんに無理を言って、同行させていただきました。シフォンさんから手紙を預かってますので、先に目を通していただけるとありがたいです」
机の上をスーッとスライドして手紙を差し出すと、トレンツさんの顔つきが変わる。
実家から王都へ行ったばかりの娘から、分厚い手紙を預かってきたことを不審に思っているんだろう。封筒に書かれた文字を確認して、俺の顔をチラッと見た後、ゆっくりと手紙を取り出した。
シーンとした空間の中で、トレンツさんが手紙をめくる音だけが響き、部屋の中に緊張感が漂う。しかし、悪いことが書かれてるはずもない。護衛依頼だけで終わらず、余分にクラフト依頼までやってきたんだから。
「フッ、娘が書いた文字でなければ、信じられない内容だな。ヴァイス殿が心配いらないと言っていた理由が、ようやくわかったよ。数週間前、君たちを娘の護衛依頼に誘った自分を褒めてやりたいくらいだ」
固い表情が崩れたトレンツさんを見れば、娘の力の偉大さを実感する。まだ手紙を読んでいる途中だけど、大きく評価してもらったのは間違いない。途中で笑みをこぼす場面もあるし、今後も良好な関係を築いていけることだろう。
ホッと安心する俺とリズとは違い、状況が把握できないエレノアさんはチンプンカンプンだったが。
「手紙には何が書かれているのですか?」
「俺も見てないので、詳しい内容はわかりません。クラフト依頼を受けたので、そちらについて書いてもらうようにお願いしただけです」
「貴族からクラフト作業を依頼されるなんて。ヴァイス様に推薦状をいただくだけはありますね」
推薦状という言葉を聞いて、俺はハッと思い出す。
冒険者ギルドが重要人物と認識しているヴァイスさんと関わった場合、エレノアさんに報告すると約束していたんだった。どんな形であったとしても、若い冒険者が世話になっている以上、冒険者ギルドとしては、礼を言わなければならないんだろう。そこに領主様が関わっていたとしたら、なおさらのこと。
「ああー……言い忘れてましたけど、二回目かもしれません。この屋敷の風呂場、ヴァイスさんに代わって修理したんですよね」
やっぱり報告案件だったことは間違いなく、にこやかな表情で手紙を読むトレンツさんとは対照的に、エレノアさんの鋭い視線が俺に突き刺さった。
「ミヤビくん、大事なことは報告する約束でしたよね。話し合いが終わり次第、冒険者ギルドでお説教しましょうか」
「いえ、金銭の受理があったわけではありませんし……あの、リズも知ってました。同罪です」
「待って。なんで私も巻き込むの? エレノアさん、私は何も知りませんよ」
「嘘は良くないぞ、リズ。この屋敷へ来たとき、最初は同じ部屋にいたんだからな」
「私は風呂場の修理に関わってないんだし、余計なことは言わないでよね。ミヤビがやり過ぎた影響で、ヴァイスおじさんが雨漏りの修理に失敗した話なんて、私の口からは絶対に言えないもん」
「言ってるじゃーん。それは絶対に言わないでおこうと思って、隠しておいたんだぞ。もし聞かれてたら、本当に怒られるやつだし、絶対に内緒にしような」
「うん、絶対に内緒にする」
フーッと息を吐いて落ち着きを取り戻す俺とリズだが、何とも言えないオーラが視界に映る。完全に誤魔化しきれてなくて、大きく事態が悪化したのは、明らかだ。
「ミヤビくん、リズちゃん。お話がありますので、後日、しっかり話し合いましょうか」
「はい、すいません」
「ごめんなさい」
リズを巻き込んだ方が厳しく怒られないと思ったのに、大惨事になってしまった。ヴァイスさんが失敗したのも、俺が悪いわけじゃないんだが。
キリッと表情を引き締めたエレノアさんの隣で、俺とリズがしゅーんとしていると、手紙を読み終えたトレンツさんが笑い始めた。
「エレノアくん、彼に説教しても無駄だよ。ヴァイス殿が認めるほどの人材とあって、価値観が違う。貴族の風呂場を修理する程度の仕事は、報告するような事柄でもなかったんだろう」
「本当に大変申し訳ございません」
「嫌味で言ったわけではない。彼の中では、本当に些細なことに過ぎないんだ。娘の手紙を読んでみたまえ」
何気ない顔でトレンツさんが手紙を差し出すと、恐縮していたエレノアさんが申し訳なさそうに受け取った。本当に読んでいいのか、トレンツさんの顔色を何度も確認している。
困惑するエレノアさんの態度を見てわかるように、こんなケースは滅多にないはずだ。庶民でさえ、他人の親子の手紙を読む機会はないだろう。
でも、護衛依頼の内容が気になっていた影響か、深呼吸をして心を落ち着けたエレノアさんは、手紙を読み始める。
「……非現実的な内容が書かれていて、ミヤビくんと関わってきた私でも、なかなか受け止めきれません。シフォン様が絵本作家を目指していると言われた方が、まだ納得できます」
本当に受け止められないんだろう。エレノアさんは難しい顔をしたり、首を傾げたりして、手紙を読み進めている。
娘が書いたとわかるトレンツさんは、疑うような素振りを見せず、笑みを浮かべているが。
「ミヤビくん、娘の手紙に出てきた、ポカポカクッションというものを出してくれないか?」
言われた通り、インベントリから取り出して、トレンツさんに手渡す。
「こちらが一番温かいタイプのポカポカクッションになります。シフォンさんにも説明しましたが、普通のクッションを作った後に火魔法を付与しただけで、危険性はありません。温度を下げたものを複数使用すると、温かすぎて眠くなることはありますけど」
「……ほう、予想以上にポカポカして、暖炉を独り占めしているみたいだ。この時期の馬車移動に持ち込むと、目的地まで快適に過ごせるだろうな。馬車の中はすきま風が多く、天候に恵まれても体調不良になることが多いが、このアイテム一つで解決できるかもしれない」
「どうりでシフォンさんの食い付きがすごいと思いましたよ。護衛依頼の初日、休憩場所にたどり着いたら、すぐに馬車から飛び出して来ましたからね」
「毎月王都と街を行ったり来たりしていれば、嫌というほど自然の脅威に晒される。魔物が相手なら冒険者が守ってくれるが、持ち運べる荷物に制限があるため、防寒具も最低限に抑えなければならない。そういった意味では、ミヤビくんがいてくれると心強いよ」
トレンツさんとポカポカクッションの有用性について話し合うなか、未だに現実を受け入れられないエレノアさんがポカーンとしていた。見かねたリズが着用していたネックウォーマーを外し、エレノアさんに着けてあげると、何とも言えない複雑な表情になってしまう。
そこへ俺がポカポカクッションを渡してあげても、同じこと。どうしても現実が受け入れられないみたいで、エレノアさんはポカーンとしたままだった。
「やはり後日、話し合いの場を持ちましょう。いつか大きな問題に巻き込まれそうな気がします」
不吉な予言を残して、エレノアさんはクッションをモフモフし始めるのだった。




