第166話:たこ焼きパーティー
クラーケンをインベントリに入れ、魔族の街に帰ってきた俺はいま、ベルガスさんの屋敷の庭で走り回っていた。
「はい、こちらがたこ焼きの盛り合わせになりまーす! 出来立てなんで、注意してくださーい!」
魔族に人族の料理を振る舞うことになったんだ。大皿に大量のたこ焼きを乗せて、何度も提供しているよ。
どうしてこうなったかと言えば、主に理由は二つ。
一つは、ちょうどティマエル帝国と揉めていた魔族が帰還したため、同じ人族に対する俺たちが受け入れられない状態だったんだ。直接関係ないとはいえ、厳しい視線を向けられるのも無理はないだろう。
いくらジジールさんが説得を試みても、ティマエル帝国とやり合っていた魔族からすれば、人族が信用できない気持ちもわかる。もう少し時期がズレていれば、彼らもすんなりと受け入れてくれたと思うが。
まあ、レミィがユニコーンの杖を見せたら、めちゃくちゃ感謝されたんだけどな。ベルガスさんに、魔の森の異変を解消してくれた仲間だと紹介されたら、マブダチのように打ち解けたよ。
いやー、魔族も手の平返しってするんだなーって思ったね。気持ちはわからないでもないし、何か被害を受けたわけじゃないから、別にいいんだけどさ。
もう一つは、次期領主であるシフォンさんが頼もしかった影響かな。
一触即発だった空気が和やかなムードに包まれると、キラーンッと目を光らせたシフォンさんが俺に近づいてきたんだ。わざわざ小声を使い、「もっと魔族と仲良くなりたいので、人族の料理を振る舞ってもらえませんか? 報酬は、わたくしの方で用意しますので」と、提案。これには、さすがの魔族も動揺を隠せないでいた。
さっきまで敵対心を露わにしていたにもかかわらず、人族は歩み寄ろうとしてくれているのだ。魔族の街で護衛を付けずに住人と会話し、自腹を切ってまで仲良くしたいアピールをして、誇り高き魔族の心を軽々と射止めてしまったのである。
魔族は小声でも聞き取れることを逆手に取った、実にずる賢い戦略だ。悪意があるわけでもないし、次期領主として相応しい対応でもあるだろう。
よし、たこ焼きパーティーでもするかー! と気合いを入れた俺が、何も考えていない子供に見えるほどに。
「クラーケンを使ってるわりには、かわいい料理だよね」
そして、子供っぽいことを言うリズは、もっと何も考えていないはず。誰よりも気の抜けた表情で、たこ焼きに爪楊枝を刺していた。
「油断すると口の中がやられるから、気を付けてくれよ。それ、出来立てだぞ」
「人前なんだし、子供扱いするのはやめてよね。恥ずかしいじゃん。向こうでメルたちと食べてきてるし、どういう料理か知ってるから」
リズが指を差した方向は、メルやレミィを含めた小さな子供が集まる、親子スペースだ。家族で仲良く食事ができるように、わざわざ冷ましたたこ焼きを提供している。
「向こうのたこ焼きは、敏感な舌を持つ子供用で……」
「もう、そうやってすぐに甘やかそうとするんだから。魔法学園で半年も離れてたし、私だって少しは自立してるの。だいたい火傷するくらい熱いものは、湯気が出るからわかるでしょ?」
あーん、と口に入れたリズは、口を一度動かした後、固まった。どうやって口の中のたこ焼きを冷ましていいのかわからず、ゆっくりと息を吐き続けている。
「あ、あふい……。どうひよう……」
「気を付けろって言っただろう? ベルガスさんも同じことをして、口の中を火傷してるんだからな」
なお、魔族は傷の回復が早いため、軽い火傷程度であれば、すぐに治癒するそうだ。肉ばかり食べてきた影響か、たこ焼きみたいなトロッとしたものが新鮮で、ベルガスさんは黙々と食べ続けているよ。
「たふけて、あふい……」
「あぁー、もう、ちょっと待ってくれ。水を出してやるから」
インベントリのバケツに入っている水が『塩水』しかなかったため、インベントリの機能【素材分解】をして、水と塩に分ける。その水だけをコップに注いで、リズに手渡した。
涙目でチビチビと水を飲み、熱さを中和するリズだが……、俺は妙な違和感を覚えている。なんで塩水を持ち歩いているんだ、と。
いつもは飲用できる川の水を持ち歩いているし、わざわざ塩を混ぜる必要はないんだが……。あっ、そうだ! 魔晶石の湖を水質調査しようとして、採取しておいたんだ。
やっちまったなー。水と塩に分解しちゃったよ。インベントリ内に『魔塩』と表示されているのは、魔帝国の特産品みたいなもんだよなー。勝手に作っちゃうのさすがに――。
うおおおおおいっ! 塩が取り放題のバーゲンセールじゃねえかよ!
この世界は塩が高くて痛い出費だったのに、塩湖の水を汲むだけで解決できるなんて! しかも、高級な『魔塩』!
「ねえ、舌、赤くなってない? ちょっとヒリヒリするの」
ベーと舌を出してくるリズだが、舌は元々赤いんだよなー。そんなこと言ったら怒られるけど。
「腫れてはいなさそうだぞ。染みなければ良いと思うけど、たこ焼きを食べるときは、気を付けて食べような」
「うん……。気を付ける……」
しゅーんと落ち込みながら、リズはたこ焼きに爪楊枝を何度も刺し始めた。一見遊んでいるように見えるが、少しでも早く冷まそうと穴を開けているだけだろう。
「あとで刺激の少ないものを作ってもいいぞ?」
「ううん、たこ焼き食べる」
大幅にテンションが下がっているものの、リズはたこ焼きから目を逸らすことはなかった。
そんなリズの気持ちが、俺はわからないでもない。口内が火傷しても食べたくなるのが、たこ焼きっていう料理なんだと思う。
特に今回使ったクラーケンの身は、程よい噛み応えがあるのに、しっかり嚙み切れるため、食べやすい。コリコリッとした吸盤の歯応えも合わさり、タコが小さくても満足感のあるものに仕上がっている。
絶対にリズには言えないが、俺も勢いよくつまみ食いをして、口内を火傷したばかり。こんなところで親子っぽさをシンクロしなくてもいいのにな、って思っているよ。
そして、たこ焼き火傷三銃士が集結するかのように、ベルガスさんが寄ってきた。
「少し時間をくれないか? 男同士で話がしたい」
話し合う度にリズに押されているし、男同士で話し合いたくなる気持ちもわかると思いながら、俺は話し合いに応じるのだった。
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