第141話:リズ、ビビる
恐る恐る魔の森へ侵入して、二時間が経つ頃。しゃがみこんだ俺は、小さなスコップで穴を掘っていた。
「……森の奥に行けば、もっと魔晶石がある」
木の根元から大根みたいに顔を出している緑色の鉱物、魔晶石を見つけたんだ。実際に採取して手に持つと、見た目以上に軽い素材になる。
空気中に含まれる魔力が長年かけて結晶化したものなのかな。透明感がある色合いをしていて、不思議と引き込まれそうな印象を受ける。ミスリルより強度は弱い反面、魔力が豊富な鉱物なんだと思う。
「誰も魔の森に足を踏み込まない影響で、魔晶石の成長を妨げるものがなかったみたいだな。こんなにも早く採取できるとは思わなかったよ」
「……誰も来ないだけで、ここはまだフォルティア王国。もう少し先に国境がある」
「互いに干渉しないと決めた以上、国境付近ですら放置しているような状態か。今まで戦争せずに付き合えていることが不思議だよ」
「……両者とも顔を合わせないから、揉めていないだけ」
一見、メルの意見は正論に聞こえるが、そこまで人間は無欲ではない。領地拡大のために侵略を試みることが普通であり、それができない理由があるとすれば、魔族が人族の国を滅ぼした伝承が残っている可能性がある。
領主のトレンツさんにお願いして、もっと情報を精査するべきだったな。厄介な依頼に頭を突っ込んでしまったよ。ここまで来たなら、もう少し魔晶石が欲しいけど。
「考えてもわからないことだし、魔族に見つからなければそれでいい。今のところは戦闘の痕跡が見つかる程度で、魔族がいるとは断定できそうにないよな」
木に残る切り傷を確認しながら、ゆっくり立ち上がると、ソワソワと動くリズが視界に映る。
魔法使いで魔力に敏感なリズは、魔の森の空気が落ち着かないらしい。武器を両手で握り締めて、周囲を警戒し続けているよ。
「呑気に話し込まないでよ。いつ魔族も魔物もやって来るかわからないんだからね。一人で警戒するのは、さすがに怖いんだよ?」
こんなことを言うリズだが、もうすでに魔物と戦闘していて、無事に勝利を収めていた。
魔法学園で学科に集中していたこともあり、体力が落ちたのは間違いない。そのため、本人はカンが鈍って自分が弱くなったと思い込んでいるんだろうけど……、そんなことはない。
ちょうど今みたいに、獣人のメルがピクッと反応して、魔物が来たと推測できる状態が生まれると、同じタイミングでリズが察知する。ビビりまくっている影響で、魔物がいるであろう方向に手を合わせて、すぐに『ごめんなさい』をした。
私たちを襲わないでください、という祈りポーズであり、魔物に通じるはずがない。だって、相手は魔物だから。
「ヤバイヤバイ、魔物が来てる。シャドウウルフの亜種が一匹、ここから八十メートル先で、こっちの様子を見てるみたいなの」
そして、情報が細かい。風魔法をコントロールして感知するタイプのリズは、音を察知しすぎるあまり、動作まで想像できているんだと思う。
なお、メルが首を傾げているため、獣人よりも聴力は上である。
「走って詰めてきてるから、ミヤビは少し下がってて。メルはちゃんと助けてよ。私だけだったら、絶対に負けちゃうんだから」
率先して戦闘を引き受けるリズは、近づいてきているであろうシャドウウルフに、へっぴり腰で挑む。手が震えているのは間違いなく、カタカタカタッと武器が防具に当たる音が鳴り響いていた。
一方、Bランクの魔物であるシャドウウルフは、予想以上に厄介な相手と言える。
今まで見てきた魔物とは違い、近距離に近づいてくると、あえてガサガサッと木々を鳴らし、居場所を伝えてくる。そして、影を移動しているのか、僅かな場所なら影に転移できるのかわからないが、急に地面の影から飛び掛かってくるのだ!
そのため、下手に動くと隙を作り、致命傷を負いかねない。スピードのある魔物が瞬間的に現れるなんて、魔法使いの天敵とも言える相手だが……、リズの感知能力はズバ抜けている。
リズの側方の影からシャドウウルフが飛び掛かってきた瞬間、パッと体を捻って防御態勢を取るほどに。
「アイスウォール、アイスウォール」
全力でビビるリズは、言葉とは裏腹に瞬時に氷壁を作り出す。
それに気づいたシャドウウルフはぶつかりそうになったところで、体を反転。氷の壁に足を付けて、回避行動を取る。
「フロストバインド」
しかし、アイスウォールの表面を霜に変化させ、そのままシャドウウルフの足を拘束。てんやわんやと両手を動かすリズは、慌てている割に魔法の展開が早く、臨機応変に対応してしまう!
「何度もごめんなさいって、アイシクル!」
渾身の逆ギレを披露するリズは、アイスウォールの一部を変形させて、尖った氷柱を形成。それで拘束したシャドウウルフを貫くと、難なく勝利を収めていた。
ハッキリ言って、メルの出番はない。接近戦が得意な魔物を相手にしても、魔法使いのリズは圧倒している。
「どうしよう、やっぱり怖いよー。シャドウウルフの亜種なんて、単体でもBランクだもん」
「倒してるんだよなー」
なお、本人は事前情報にビビりすぎて、まったく状況を理解できていない。慎重で冷静な分析ができると思っていたのに、こんなときにまで鈍感ムーブをかますとは、俺でも予想できなかったよ。
「ギリギリ何とかなっただけだからね。ミヤビとメルがいてくれなかったら、精神的に持たないもん」
「こっちは安全に見てるけどな。なんだったら、メルは武器すら構えていないぞ」
謎の現実逃避を見せるリズに事実を伝えていると、不意に、メルがバッと大きく反応した。遠くの景色を見るように、真剣な表情で森の奥を見つめている。
「……来る」
それだけ言うと、見つめていた方向に三歩近づいたメルは、腰を落とした。
今まで魔物が出てきたときとは、メルの雰囲気が違う。戦闘終わりで集中力が途切れたリズは気づかなかったみたいだが、もしかしたら……。
魔族が来るんじゃないのか!?
これはマズい! 絶対に魔族と戦闘してはならない、それが依頼条件に組み込まれているし、ヴァイスさんにも警告されている! 魔族を刺激すれば、戦争の引き金を引きかねない!
急いでスコップを取り出しても、もう遅い。猛スピードで走ってくる魔族の小さな女の子が、すでに俺の視界に映っていた。
魔族らしい二つの八重歯に、魔族を象徴する二つの角と尻尾、そして、クリクリッとした大きな瞳。紫色の髪をパッツンにして、肩まで伸びた髪が風でなびいている。白い革で作られた軽装備からチラッとヘソを出し、茶色のカボチャパンツを着用することで、愛くるしさのアクセルが全開状態。
可愛らしい猫獣人のメルと、愛くるしい魔族の小さな女の子が、今ここでぶつかろうとしている!
距離を詰める両者は、互いに腰にかける袋から一つのぬいぐるみを取り出し、それを……。
「うわぁぁぁん! ボクのラブリーオークが負けちゃった~~~!」
魔族に友達おるんかーーーいッ!!
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※作者はロリコンではありません。




