第112話:崩れ落ちる野望
ギオルギ会長の野望とも思える言葉を聞いたクレス王子は、大きなため息を吐いた。
「残念ながら、ギオルギ会長の思惑通りには進みません。王都に流れている不吉な噂は、次第に吉兆へと変わります。ノルベール山の街道整備は無事に終わりましたから。今後のクラフターたちの活動に関しては、国が介入したうえで、商業ギルドと締結しましょう」
「寝言は寝て言うものだ、クレス第三王子。実に見苦しい」
「夢は寝てみるものですよ、ギオルギ会長。悪夢にうなされても、僕は責任を取りませんが」
そう言ったクレス王子は、インベントリから一枚の紙を取り出した。フォルティア王国のマークと国王様のサインが記載された、正式な書類になる。
「有用な生産職を弾圧した罪で、フォルティア王国より罷免申請書を発行しました。あとは、生産ギルド本部に対応をお任せします」
勢いよくバッと紙を奪いとったギオルギ会長は、紙を見てワナワナと手を震わせている。
「バカなッ! 正当な理由もなく罷免申請を行うなど、言語道断! フォルティア王国と生産ギルドで結ばれた条約違反に値するぞ! それがどれほど国際的な影響を与えるのか、わからないとでも言うつもりか!」
「ギオルギ会長こそ、この紙が発行された意味がわからないわけではないでしょう。九年前でも動けなかった国が重い腰を上げるのは、それほど大きな理由があるにすぎません」
九年前、利益を生み出さないことを理由に、生産ギルドはクラフターの除名を試みた。が、身を犠牲にしたクレス王子の王位継承権放棄により、クラフターの地位が上昇したため、取り下げざるを得なくなってしまった。当然、生産ギルドの経営に国は関与できないので、罷免申請を発行するなんて、当時は不可能なことになる。
今回は、街道整備業務が困難なことを理由に、クラフターの除名を実行。しかし、実際に街道整備業務をクラフターが完璧にこなしたため、結果的に見れば、弾圧したという事実だけが残ってしまった。横柄な態度を取り続け、クラフターと向き合おうとしない姿勢が、それをより強調させている。
クレス王子曰く、本来であれば、これだけで罷免することはできないそうだ。しかし、国が信頼していたヴァイスさんが生産ギルドを脱退し、クラフターたちが巨大な架け橋を建設して、実績を作った。そこに、商業ギルドと契約を結んだクラフターたちによる今後の活躍を考慮すれば、生産ギルドの本部も動かざるを得ないだけ。
あとは三週間後、各街の領主やギルド関係者を前にクラフト部隊が実力を見せれば、ギオルギ会長の立場はなくなる。市民からの反発も買い、正当な罷免と言われることは間違いないだろう。
「ふざけるなッ! こんな紙切れなど受け取れるはずがない!」
正式な書類をクシャクシャにしたギオルギ会長が、俺の方にポイッと投げ捨てるのは、それほど取り乱していることを表している。
罷免申請書が発行されたとはいえ、生産ギルドの現会長であるこの人の扱いは、細心の注意を払うべきだ。この勢いのまま王城に乗り込まれたら、厄介な問題に発展してしまう。
そのストッパー役を任せられたのが、罷免申請書を拾って、憤怒のギオルギ会長にもう一度差し出す俺である。
「なんだね、この弱そうな冒険者は! クレス第三王子の付き人には、このような無礼者がいるのかね!」
「俺も付き添いは反対したんですよ。でも、国王様が一発見せて黙らせて来いって言うもんですから」
ドンッと作業台を取り出した瞬間、ギオルギ会長の目つきが変わる。忌々しい存在を見るかのように、俺を睨みつけてくるようになったんだ。
でも、国王様やクレス王子の目力に比べたら、大したことはない。このおじいちゃんは理不尽な怒りに身を任せているだけで、失われようとしてる立場にすがりつくことしか考えていないだろう。
手元に魔力を集めて、羽毛布団を作製した後、何食わぬ顔でギオルギ会長に手渡した。そして、除名されたクラフターたちの代わりに、盛大に煽ることにする。
「すいません。ただのクラフターが作る布団なんて、他の鍛冶師が作るものに比べると劣っていますよね。いくつか掛け布団を王城にも卸すことになったんですけど、国王様は何を考えているんでしょうか。ただのクラフターなんですけど」
「ば、バカなッ! クラフター如きが、品質ランクAのアイテムを作る……だと!?」
なるほど、アイテムを鑑定するスキルを持っているのか。どうりでこんな危険な思考でも、会長のままでいられるわけだ。
「これで、ノルベール山の街道整備業務の件、少しは信憑性が増しましたか? すでに除名されたクラフターたちも国と契約を交わして、正当な扱いを受けていますよ」
「こんなことがあってたまるか……! 認めん、認めんぞ! クラフターが良品質のアイテムを作るなど、あってはならないことだ!」
顔を真っ赤にするギオルギ会長は、生産ギルドの発展なんて望んでいるようには見えない。現在の地位に満足せず、もっと上から世界を牛耳ることを考えているはず。年を重ねてまで権力に溺れるなんて、悲しいな。
仮に発展を願うのであれば、九年前にクレス王子と手を取り合うことができていたと思う。今となっては、引導を渡すことしかできないけど。
「不思議なことではありませんよ、ギオルギ会長。僕でもそれなりのものは作れるんですから」
作業台を取り出したクレス王子が羽毛布団を作製すると、三週間前とは別人のような羽毛布団が誕生した。
品質が低下することが当たり前のクラフトスキルなのに、フワフワして温かそうな印象を受ける。品質ランクはB判定、といったところかな。誰がどう見ても、良質な羽毛布団にしか見えないよ。
どうやら、またクラフトスキルの二重展開をしたみたいだ。いつものクレス王子なら、品質が向上することはないから。
しかし、そんなことを知らないギオルギ会長は、年老いた男性とは思えないほどの勢いで、クレス王子の胸ぐらをつかむ。
「貴様ッ! この九年間で何をした!」
護衛騎士がピリピリして、生産ギルド内が騒然とするが……、クレス王子は冷静だった。
「あなたに尻を叩かれ、クラフターの道を歩む決意をしただけにすぎません。未来に繋がる架け橋になる、その一心で僕はここまで進むことができた。王族として恥じぬ生き方ができるようになったのは、あなたのおかげです」
クレス王子がまっすぐな瞳を向け続けていると、ギオルギ会長の手に入れられた力が自然と緩まっていく。
王族である人間が不遇な職に生まれてきて、思い悩まないはずがない。そこに身を犠牲にすることで解決できる事件が起きたら、正義感の強いクレス王子が身を投げ出すのも当然のこと。
幼い子供だったとしても、王族として、自分のやるべきことが見つかったんだから。その証拠に、王都へ来る道中、クレス王子はこう言っていた。
『ヴァイス様の元で修業できていなかったら、今頃は何もできずに、王族の地位にすがりついていたかもしれない』と。
膝から崩れ落ちたギオルギ会長は、もう周りが見えていないだろう。目覚めさせてはいけない血を呼び起こしてしまった、そんな印象を受ける。
「なぜだ……。こんなことが……あるはずはない。こんなことが……」
改めて罷免申請書を受付の女性に手渡し、抵抗する気持ちを失ったギオルギ会長を背に、俺たちは生産ギルドを後にした。賑やかな王都とは思えないほど静まり返った、異様な雰囲気を放つ生産ギルドが印象的だった。




