俺のパンツやるから!
膝上五センチメートルほどであろう、スカートの影から流れ出る汗がエロスを感じさせる。女子は皆薄着で、シャツの下にあるブラが透けて見えることも多々あった。
俺は体育館の屋上で全校生徒から人気を集めている一人の少女を前に、脳をフル回転させる。
彼女の名前は獅子王花澄。大和撫子を絵に描いた女だ。しかし、その防御力は高く、この高校の女子の中で唯一、俺がパンツを見ていない女子だ。
故に、俺は告げる。
「お前のパンツ、俺にくれ!」
間違いなく、決まった。
最高の決め顔で言えば、誰だって俺のイケメンフェイスに負けを認める。覗きで無理だった場合、最悪こうやってパンツを拝んできたのだ。今回も間違いなく見れるだろう。
とはいえ、さすがに現物を渡されても扱いに困るのだが。過去にそういうやつがいたのだ。本当にパンツをその場で脱ぎ、渡して来るやつが。大抵はスカートを捲り上げて見せるに留まった。
「きもっ。学校一の変態は言うことが違うな。あたしで最後のパンツだから? そうやすやすと見せるとでも?」
言いながら、獅子王は複数枚の写真をピシッと見せる。
「な……! なんでだ!?」
俺がパンツを覗いている写真。俺が女子更衣室に侵入し、女子の生着替えを見ている写真。俺が頼み込んで、パンツを見せてもらっている写真。
どれもこれも、俺がパンツを見るためにした行為だ。こんな決定的な証拠が残っているはずがない。……ないはずだった!
「一部の女子では有名な話なんだよ。生徒会長として、見逃せない」
なぜだ。どこで間違えた? ……こいつのパンツを拝もうとしたことが間違いだったのか?
「二年四組、鷺沢涼太。お前には罰をやる」
罰? 一体どんな罰なんだ。それにこの口調、やはりあの噂は真実なのか?
見た目は大和撫子、しかしその実態は――
「生徒会長として任命する。変態、お前は今日からあたしの犬だ」
――暴力団組長の愛娘。
次の日、俺は憂鬱な気分を隠すことなんてできやしなかった。
昨日言われた通り、普段は全開のシャツのボタンは、今ではきっちりすべて閉じている。
俺の魅力が半減だ。
そのせいで、校門を通る時に教員には驚いた目で見られ、通学路では俺を見ながらのひそひそ話がひっきりなしに見かけられた。
それもこれも、あの女が写真を手にしているからにほかならない。どうにかしてあいつの手から写真を奪わなければ……。
「おはよう、鷺沢くん」
あいつだ。
振り返ると、天使のような微笑みで挨拶していた。いや、普通のやつにとっては天使だろうが、俺にとっては悪魔だ。
こうして遅刻を許されない状況なのだから。
「言われた通りにしてきたようだな。あたしの手足としてしっかり働くように」
俺の横を通り過ぎながら、小声で、耳元でそう言った。
周りでは黄色い歓声。
あの鷺沢がこうなったのはあいつと付き合い始めたからか。さすが獅子王だ。
などと意味のわからないことが飛び交っている。
思わず手を強く握りしめた。
……この屈辱、いつか絶対返してやる!
俺は新たな決意を胸に、教室に足を運んだ。
教室では、俺が遅刻しない初めての日ということで、男子も女子も騒がしい。しかもその中心にいるのがあの悪魔ときた。
なんとかしてやつの地位を奪い、仕返ししなければ。
「涼太〜どういうことだよ! いつのまに生徒会長とできてやがった!?」
もうそんな話にまでなっているのか。
思わず溜息を吐き、そんなわけないだろと否定する。
いくら小学校からの付き合いがある親友であっても、少しうざったい。
「……で、結局のところどうなんだ」
すると、小声で周りに聞こえないように、そんなことを言ってきた。
こいつは勘がいい。それに唯一の協力者なのだ。そうだ、忘れていた。俺に次いで、こいつは成績が二番目なのだ。あの悪魔を抜けばの話だが。
学年成績順にすると、俺が一番、悪魔が二番、親友が三番だ。
「詳しい話は後で話す。くそっ」
注目されているから、あまり堂々と話せない。内容も内容だ。
親友と話すのは休み時間になってからでいいだろう。人気の無いところに行き、ゆっくり話すのだ。
四限目が終わり、昼休みになった。俺は親友を連れて家庭科室などがある別棟に行く。
十分間の休み時間ではきっちり帰ってくることができない可能性もあったため、話をできなかった。
奴め、毎時間授業に遅刻することを禁じたのだ。
時間が進むとともに、俺はストレスマッハで急上昇だ。
「で、どうしたんだよ。涼太が生徒会長の言いなりだなんて」
「ああ。あいつは悪魔だ。俺を、この俺を脅してきやがったんだ……。これまでの俺の覗き写真を持って、な」
「嘘だろ!? なんでそんなもん存在してるんだ!」
ああ、やはりこいつは裏切っちゃいない。
一度は俺を裏切って情報を渡したのでは、と疑ったが、こいつにそんなことをする理由なんて皆無だ。
「涼太の夢……終わっちまったのか……? 誰にも知られず、女子全員のパンツを見るっつーのはよ……」
「……いいや、まだ終わっちゃいない! まだ何か手があるはずだ!」
「無理矢理……はないか。涼太には不可能だもんな」
俺に相手を強要するなんてことはできねえ。
俺にできるのは、精々がこのイケメンフェイスと頭脳で籠絡することくらいだ。暴力的なヤンキーが襲ってきたところで、返り討ちにできるはずもなく、やられてしまう。
そのくらい、喧嘩が弱い。
「握力は女子平均よりも低いし、五〇メートル走は八秒台。砲丸投げもやり投げもまったくで、長距離走も下から数えた方が早い」
「俺なんて所詮そんなもんなんだよ」
「涼太ってマジで顔と頭だけしかねぇよな!」
「それな!」
二人して笑っていると、ふと寒気がした。
今、何か取り返しのつかないことをしたような気がす――
「いいことを聞いたわ。べらべらと教えてくれてありがとう。じゃ、早速だけど……」
階段のあるところから、聞こえてはならない声が聞こえた。
全身鳥肌が立つ。
恐る恐るそちらを見れば……ああ、いるではないか。……悪魔め。
「犬、あたしについて来なさい。お前のこれまでの行為を役立てる時が来た」
親友が、あばよ、と呟き、ゆっくり立ち上がって、ゆっくりこの場から去っていく。
やけにゆったりとした動作が、俺に逃げ場がないことを異様に感じさせた。
「プールの授業に変わってから、着替えの時に覗かれている気がします……?」
悪魔から受け取った紙を受け取り、読み上げる。ハッとして彼女を見れば、首を横に振った。
「あなたがやったことではないでしょう? あなたが覗くのはあくまでパンツ。女子の裸体に興味はないはずですわ」
それは、正しい。正しいのだが……こいつが言うとなぜか否定したくなる。
周りに人がいるからか、聞かれる可能性を考慮して丁寧な口調になっているし……。それでも隠しきれない上から目線なところが悪魔らしい。
「それは設置してある相談箱に入っていたものです。あなたなら、わかるんじゃありませんか?」
心当たりは? と問われても、俺は基本一匹狼だ。仲間を増やして手痛いしっぺ返しを食らうことを思えば、遥かにリスクが少ない。
しかし、心当たりがないわけではない。
ひとまず、現場を抑えることが先決だ。
「手法は、たぶんわかる。……というか、あんな写真を持ってるならあんたもわかるんじゃないのか」
「……私は偶然遭遇しただけで、意図していたわけではありません。なので、わからないのです」
偶然!? あの写真が偶然なはずがない!
きっと、俺に追跡方法がバレれば対処されてしまうとでも考えているのだろう。
もちろんその時はきっちり対処させてもらうが、正直あとはこいつのパンツだけ。旨味がない。
俺は舌打ちする。予想が正しければ、手法はアレで、犯人はあいつだ。
「とにかく、現場に行くぞ。五限の着替えはそろそろ始まる頃だ。こんなもんさっさと終わらせてやる。忘れるなよ、お前が言った条件を」
「もちろん、忘れませんよ。あなたが達成できればいいのですけど、ね?」
よし、言質は取った。
やつは言ったのだ。昨日、確かに「あたしの役に立てば、写真は全部破棄してやる」と。




