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ONLINE  作者: niziya
LOG.04 " BUCCANEER "(未改訂版)
48/57

#04-13

 翌23日(テスト60日目)、俺たちは朝メンテ直後にログインすることにした。抗争が始まった以上、早くから百諸島(ハンドレッド・アイランズ)に来るユーザーは皆無に等しいだろうと考えての選択だったが、これはとりあえず大正解だったらしい。俺たちは船で誰もいない神殿島(パンテオン・アイランド)まで戻ったうえで、残金全てを最も高額なNPC警備兵に費やし、ついでに昨夜のうちにその存在が判明した追加建築物(アディッションル・ビルディング)に何があるチェックすることにした。

 その後は船を走らせまくりながら、突如出現するモンスターを嬉々として倒しまくり、残り1時間頃に拠点帰還(ベースジャンプ)氏族本拠地(クランホーム)十字骨島(クロスボーン・アイランド)に船ごと緊急転移。あとはまぁ、相棒の強い希望で、海水浴としゃれ込むことになった。

〈ものがヴァーチャルでも、やっぱり夏の海っていいよねぇ〉

「おまえ……前世は半魚人か何かだろ」

〈なんで素直に人魚って言わないわけ?〉

「人魚学園を思い出すから」

〈うっ……〉

「おまえ、人魚だな」

〈……ぜんぜんうれしくない〉

「それより、時間じゃないのか?」

〈まーね。変なもの買ったら波動拳の追加、無しだからね〉

 それは困る。

〈じゃあ、夜になったら空くと思うから〉

「了解」

 俺たちはカメラに拳を押しつけあったうえでIPヴィジフォンの接続を切りあった。

 時刻はちょうど12時半だ。

 こっちは予定も何も無い状態だが、向こうは面倒このうえない、学校絡みのお嬢様がおつきあいがあるらしい。なんでも最大派閥で大きな力を持っている茶道部の副部長に呼び出されたとか。

 お嬢様ってやつは、本当にたいへんな生き方らしい。

「慎一ぃ!」

 不意にリビングから母さんの大きな声が響いてきた。

「朋美ちゃんからお電話よぅ」

 母さんの声は、ものすごく上機嫌だった。

「………………んっ?」

 俺は小首を傾げた。

 朋美という名前には、記憶が無い。

 まあ、そうでなくとも人の顔と名前を覚えることを苦手としている俺だ。これまで一発で覚えられたことは……んっ? そういえば相棒の名前が鮎川鈴音だってことは一発で覚えたぞ? なんでだ?

「………………」

 どうでもいいことか。

 それよりも。

「朋美……朋美……親戚でいたか、そんなやつ?」

 なんてことをつぶやきながら、リビングに出てみる。

 母さんは固定電話の受話器を手にしたまま、ニヤニヤと笑っていた。

 イヤな予感がする。

「すぐ返す」

 リビングにテーブルに置いてある子機を奪い、部屋へと戻った。

 そのうえで、電話に出てみる。

「はいもしもし」

〈あっ……〉

 その小さなつぶやきだけで、相手が誰なのか、即座に理解できた。

 また新島なんとかだ。電算部の。昨日も俺の部屋にまであがりこんできた、あの。

「おまえ……まだ俺になんかあるのか?」

〈ご、ごめんなさい……あの…………あっ〉

 一瞬の間。

〈やあ、神様〉

 聞こえてきたのは、部長様の妙にさわやかな声だった。

 俺は大きくため息をついた。

「てめぇ……あれだけ警告してやったのに、まだ俺に関わるつもりか?」

〈こっちからも警告しておこうと思ってね〉

「そっちが警告?」

〈ローハラスメントって言葉、知ってるかい?〉

「………………」

〈知ってるみたいだね〉

「法律を盾にした嫌がらせってやつだろ。それがどうした」

〈君のしていることは、下手をするとそれに抵触しかねない。特にウィザード理論のことを勝手に機密と判断し、VRNのスタッフに密告するというのは──〉

「キャッチフォンだ。ちょっと待ってろ」

 俺はそこで、一方的に保留を押した。

 無論、キャッチフォン──別のところからの電話──がかかってきたわけではない。あくまで対応の間を作るための嘘だ。

「……なんなんだ、いったい?」

 電話から聞こえる部長様の声からはイヤな感覚しかしてこない。

 直感は、さっさと電話を切ってしまえと叫んでいる。

 実際、そうしようと思う。

 だが気になるのは……新島だ。

 どうしてあいつがかけてきた電話に部長様が出てきたのか。そこが気になる。

 いや、気になることはもうひとつ。

 どうして部長様は、わざわざ俺と電話で話そうとしてきたのか?

「……ちっ」

 ICレコーダーは、まだワカさんに預けたままだ。

 いろいろと考えてみたが、途中からなんだか面倒くさくなってきた。

(なるようになれ、だ)

 俺は再び固定電話の子機を耳にあてた。

「待たせた。で、要件は?」

 単刀直入に切り込んでみる。

 部長様は電話の向こうで、ふん、と鼻で笑った。

〈君を招待しようと思ってね〉

「どこに」

〈向こうだよ〉

「……今日のログインタイム、もう使い切ってるんだが?」

〈今ならその枷、無視できるとしたら?〉

 俺は黙り込んだ。

〈警戒することないよ。とりあえず今から駅前まで出てこれるかな? そこに誰か待たせておくから〉

「どこに連れてくつもりだ?」

〈こう言えば君にもわかるかな? 9月の発表まで関係者にしか存在が明かされていない日本全国に作っている最中のPVを柱にしたアミューズメントスポット……〉

 部長様は再び、鼻でふんと笑った。

〈正式名称は『バーチャルステーション』って言うらしいよ、この施設。いちいち名前がダサかったりするのは、PVの宿命なのかな?〉



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



〈──ええ、ミゲルの建設は……ああ、コードネームです。バーステことバーチャルステーションの。とにかく、バーステの建設はもう9割方、完了していますし、関係者にはそこからのログインテストを行ってもらっている段階です〉

「じゃあ、俺にバラしても問題にならないのか?」

〈なりません。シンくんが一般応募のテスターなら話は違ったんですが……〉

「なるほど」

 路面電車を降りた俺は、わざわざ出迎えに来たのがプチ部長様──名前は忘れたが、同じ学年の電算部テスター2号──だったとわかると、苦笑しながら片手をあげてみせた。 向こうがムスッとしたまま俺に背を向け、まるで無視するかのようにスタスタと歩き始めてしまう。おそらく、ついてこい、ということなのだろう。ちょうどいいので、俺はようやくつかまえた市長との電話を続けながら後を追うことにした。

「俺もその程度には関係者ってわけか」

〈ええ。ですからいっそのこと、もっと深みにはまってみませんか?〉

「深み?」

〈アルバイトの誘いですよ、アルバイトの〉

「……中身は?」

〈CMに出てみませんか? お金はけっこう出ますよ?〉

「落ち目の芸人でも使ってろ」

〈ん~っ、有名になること、そんなにイヤですか?〉

「めんどくさい」

〈相変わらずですね〉

「悪かったな」

 電算部テスター2号──長いので今後は電算2号と呼ぼう──が向かおうとしているのは市役所方向のようだ。

〈すみません、シンくん。そろそろ私も打ち合わせがあるんで〉

「あ、忙しいのに悪い」

〈いえ、いい気晴らしになりましたから。ではなにかありましたらメールでも投げておいてください〉

「わかった。お疲れ、市長」

 電話を切り、とりあえずため息をついてみた。

(根回し終了……か?)

 ワカさんは留守電になっていたのでメールを投げておいたが、一応、報告済みと考えていいはずだ。市長にも念のための報告を今、しておいたわけで……

 まあ、部長様の父親というのが、なんでもVRN医療部門の函館におけるトップに近い地位にあるらしい。そのため、そうそう馬鹿な真似をしないだろうと言うのが市長の見解であり、ワカさんもこれに同意しているそうだ。でもまあ、後輩の女子をパワハラ(?)で食おうとした外道であることも事実。まだなにか勘違いしているようなら、それなりの対応を考えるしかなさそうだ。

「あっ……」

 なんとなく聞き慣れてきた声が、少し遠いところから聞こえてきた。

 函館市電(電車)が走る国道279号と函館市役所へと通じる坂道でもある東雲広路(しののめひろじ)が交差する大きな十字路、警備員が物々しそうに立っている、まだ内部を隠すように工事用の囲いで隠されている建物の前に、昨日と違い、少し野暮ったい感じの半袖ブラウスにデニムパンツという格好をした新島の姿があった。

 その表情は、どこかホッとしているようでもあり、泣き出しそうでもあり……

「なに出てきてんだ」

 電算2号が不機嫌そうに言い放った。

「入ってろ、裏切り者」

「あ……その……私…………」

「おい」

 俺は怒鳴りつけようとしていた電算2号の背中を軽く押した。

「主賓の俺は無視か?」

 振り返った電算2号が何か言い返そうとしてきたが、俺は無視して新島に目を向けた。

「新島。聞きたいことがある。歩きながらでいい。ちょっと来い」

「は、はい……」

 俺は電算2号を無視し、目の前の建物の出入り口に向かった。

 と、警備員が立ちふさがった。

「すみません。カードを見せていただけないでしょうか」

「呼ばれたんだ。そんなもん、ねぇよ」

「あ、こ、これ……」

 新島が一枚のカードを差し出した。大きく“GUEST”と書かれたICカードだ。

 これを受け取った警備員は、手持ちの機械に通したうえで、俺に尋ねてきた。

「お名前をお願いします」

「久賀慎一」

「生年月日を、西暦から──」

 その後も本人確認らしき質疑応答がしばらく続いたうえで、ようやく俺は建物の中に入ることができた。

 中は完全な内装工事中。歩ける場所もビニールシートで指定されており、余計なものに触れないように促し張り紙が至るところに貼られてある。ただ、それを差し引いても建物の中は呆れるほど広い。おまけに数え切れないほどのカバー付きリクライニングチェアーがビニールに包まれたまま置かれてあり、どこか不気味な雰囲気を漂わせてさえいた。

「あぁ、ようやく来たんだね。《青》のSHINくん」

 部長様のわざとらしい声が響く。

 やつがいるのはビニール包装をはがしたカバー付きリクライニングチェアーが5席ある区画だ。チェアーのカバーはいずれもワニの口のように上に上がっている。

 こうなるともう、確かめる必要もないだろう。

「新型のPVデバイス……」

「ダイブチェア、という商品名になるらしいね」

 部長様はチェアのひとつに手を置きながら語り出した。

「これまで5000メッシュで構築していたアンデルフィア=ローカル場を半分以下の2000メッシュで構築する形にしてるんだ。それでもFAL強度70以上をキープするんだから、すごい進歩だよ。もっとも、製造コストのほうは──」

「新島」

 俺は部長様を無視して、左斜め後ろに控えていた新島をにらみ付けた。

「ここにいる理由、俺に電話をかけてきた理由……言え」

「こ、これで……その……もう……二度と……」

「……ちっ」

 大体のことは察しがついた。

「おい、強姦未遂男」

 俺は続けて部長様をにらみ付けた。

「さっさと本題に入れ。それともこの場でてめぇを殴り飛ばして、俺が傷害罪で捕まったほうがいいか?」

「予想通りすぎるよ、君の反応は」

 余裕顔で言い返してくる部長様だが、腰は微妙に引けていた。

 まあ、今の俺はけっこう本気でいらだっているわけで……引いてしまうのも当然かもしれないが。

「予想通りなら、さっさと本題に入れ」

「では、単刀直入に」

 部長様は手を置いていたダイブチェアーに腰掛けた。

「昨夜の抗争の結果は、もちろん知ってるね?」

「ああ。《青》の……というより、蒼海騎士団の大勝利ってやつだろ?」

 ゲーム初の陣営抗争は、案の定、全員が贅沢な装備で身を固めた《青》系総合氏族『蒼海騎士団』の大活躍により、《青》が大鉱床を掌握、さらに6つある中鉱床、スタート地点にあたるそれぞれの陣営砦に近い場所にあった計3つの小鉱床まで制圧し、ゲーム初日にして完全勝利を成し遂げるという快挙を果たしていた。

 これにより蒼海騎士団の名は一躍有名になったわけだが……まあ、これに絡む一番の話題は、氏族装備(クランアイテム)である『アイスゴーレム』が大活躍したという点だと思う。そのバランスブレイカーぶりは尋常ではなかったらしく、ネットではあーだこーだと議論が起きているところだ。

「じゃあ、ランキングは?」

 部長様の問いに、俺は無言で見返した。

 抗争でランキング? 初耳だが、なんとなく察しはつく。

「昨日は蒼海騎士団とアイスゴーレムが目立ったからね。ランキングのほうは大して話題にならかった……だから、君も知らない。そんなところかな?」

 部長様は意味ありげに、ふふっ、と笑った。

「陣営抗争で獲得できるクリスタルボーナス……実は、2種類あるんだよ。ひとつは鉱床によるもの。もうひとつは、どれだけ多くのユーザーをデッドさせたかというランキングによるもの」

 いかにもありそうな仕様だ。

「ボーナスは1位が100万、2位が50万、3位が20万、4位から10位が10万。これとは別に、抗争では異なる陣営のユーザーを倒すと1人につき100クリスタルずつ獲得できる。まあ、味方をデッドにすると10クリスタル、自分がデッドになるとデスペナルティか罰金、お金があるなら自動的に1000クリスタルが引かれてしまうけどね」

 かなりの大盤振る舞いに思える。なにしろ鉱床掌握のボーナスもかなりのものなのだ。

 基準額は小鉱床1万、中鉱床5万、大鉱床10万だ。

 抗争終了時、鉱床所有権(フラッグ)を所持しているユーザーがいた場合、まずパーティボーナスとして、そのユーザーと所属するパーティメンバー全員に基準額が支払われる。

 次に、そのユーザーが氏族に所属していた場合、クランウィンドウで幹部のみが操作できるクランバンクに基準額の10倍が支払われ、さらに氏族メンバー全員に基準額が与えられる。これはフラッグ所持者とそのパーティメンバーにも適用されるため、二重に美味しいおもいができることになる。

 そして最後に、同じ陣営の全員に基準額が支払われる。これも重複する。

 すなわち、昨夜の抗争で《青》陣営のユーザーは大鉱床1つと中鉱床6つと小鉱床3つ分の基準額合計43万クリスタルを、《青》に所属しているというだけの理由で獲得したことになる。これは以前の感覚で言うと地下(アンダーグラウンド)4日分の稼ぎなわけだが……これだけでも、大盤振る舞いもいいところだろう。

 だが、蒼海騎士団にはもっと金が入っている。

 メンバーは全員86万クリスタルを獲得。ネットの情報によると、パーティボーナスは公平性を保つ意味で氏族預かりにしたとの話だから、仮にフラッグ保持パーティがすべて6人パーティだとすると、蒼海騎士団はクランボーナスの430万に加え、258万を氏族単位で手にいれたことになる。合計688万クリスタル。やつらにすればはした金だろうが、普通に考えればかなりの大金だ。

 これにPKランキングが加わったとなれば……

「1位は、誰だと思う?」

 部長様が尋ねてきた。

 俺は即座に、思いついた名前を口にしてみた。

「ゼノン」

 蒼海騎士団のリーダー。一度しか会ったことがないものの、あまりいい印象を抱けずにいるイカサマ賭博の王様。なんとなくだが、今も何らかの錬金術を駆使し、総資産を増やしているような気がする。そうでもなければ、《青》陣営の市場における金の流れの膨大さが説明できないらしい……

「ああ、あいつは3位さ」

「……3位?」

「まだわからないなんて……かなり鈍いね、君は」

 なるほど。そういうことか。

 俺は腕をくみつつ、背後にいる電算2号を肩越しに振り返ってみた。

「そっちが2位で……」

 部長様と向き直る。

「こっちが1位、か?」

「ご名答」

 部長様はニヤリと笑いながら、ダイブチェアーに深々と座り込んだ。

「今ならリミットタイムを気にせず、選ばれた人間だけが立ち入れる場所で、思う存分、ペナルティ無しで戦うことができる……さぁ、どうする?」

 そんなもの、答えは最初から決まっている。

「どれに座ればいい」

「どれでも」

 俺は適当に選んだダイブチェアに腰掛け、ふぅ、とため息をついた。

(なるようになれ……だな)


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