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「あ、起きた! 」


 金髪のおさげが跳ねた。白かった頬を紅潮させて、アンはアネットをじいと覗き込む。


「大丈夫? 突然倒れるから驚いたんだから」


 アンはアネットの額に手のひらをそっと置いた。


「熱は無いね。みんなに知らせてくる」


 アンはそう言うと、バタバタと部屋を去って行った。

 アネットはゆっくりと寝返りを試みた。仰向けの状態から、身体を横に向ける。そのまま手をマットレスについて、ようやく身体を起こした。


 アネットは、くらくらする頭を手のひらで抑えた。痛いわけではない。けれど、麻酔から覚めた時のように、どこかおぼつかない。

 締め切った窓ガラスが風でガタガタと揺れている。外では細かい雪が舞っていた。

 大して広くない部屋は、ベッドくらいしか物がない。簡素な空間だが、部屋の温度は心地よい。

 はて、とアネットは首を傾げた。少し肌寒かった程度だったはずが、今は雪がチラついている。ぼんやりとマルコワに着いた時の事を思い出していると、ドカドカと大きな足音が近づいてきた。


「アネット! 」


 アドルフとオウエンがもつれるようにして部屋に入ってきた。エズメやイーノックも、開け放したドアから心配そうな顔を覗かせている。


「良かった……」


 オウエンはほっとした顔で笑った。アドルフも嬉しそうにしている。


「あの、わたし、どうしたの? どうなったの? 」


 アネットは恐る恐る聞いた。なんだかよくわからなくても、とても心配されているのは理解している。


「倒れたんだよ。突然」


 アドルフがそう言い、ベッドの側に置かれていた椅子に手を掛けた。椅子の前後をひっくり返すと、背もたれで腹を支えるようにして座った。

 オウエンはアネットのベッドサイドにやってくると、アネットの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。


「エルフのクリスタルとアネットの痣が同じ色に、緑色に光っていた。何が起きていたかわは我々にも分からないのだが、身体はなんともないか? 」


 オウエンはそう言って、心配そうに眉を下げる。アネットはハッとして自身の肩口を覗いた。痣は特に変化はないが、一瞬だけ淡く緑色に光った気がした。

 そういえば、エルフが何か言いかけて気がするのに、結局何だったのかはわからないままだ。


「大丈夫、たぶん。エルフが、この痣のことについて何か言いかけていたんだけど、分からなかったの」

「エルフと話したのか!? 」


 アドルフが目を丸くして大声を出した。オウエンも驚いた顔をして立ち上がる。


「うん。話した。でも、夢だったのかもしれない」


 どこまでが現実で、どこまでが夢だったのか。もしかしたら、《《アネットがアネットである事》》すら全部夢かもしれない。そのくらい、全てがあやふやだ。


「ねえ。どうしてエルフのクリスタルを守ってるの? アーツに渡ったらどうなるの?」


 アネットの問いに、アドルフとオウエンは更に驚いた顔をした。何を言っているんだ、とでも言いたそうにしている。


「そうなったら、アーツは益々力を増大させるだろうな。エルフが近くにいるんだ」

「人類滅亡が、確実に一歩近づく」


 アドルフとオウエンはそれぞれ顔を見合わせて頷き合う。他の者も同じような顔つきで、異論を唱えるものは居なかった。


「エルフは、ただそこにいるだけでは幸福はもたらされないと言ってた。それなのに、エルフの力でアーツが強くなるの?」


 アネットはアドルフに問うた。


「そうじゃないさ。相手はアーツだぜ。無理矢理にでも力を引き出すのさ。魔王ならば簡単にできる」


 アドルフの答えは、これもまた他の者の同意を得た。誰一人、この意見に反対するものはいない。ある種の社会通念のようだった。

 アネットは俄に混乱し始めた。エルフから聞いた事と、アドルフらの言うことに差がありすぎる。そもそも、エルフとの会話が夢であったかもしれない。とはいえそれが現実でなかったとも言い切れない。しかし、どちらが真実なのかを知る術も、今のアネットには無かった。

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