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エルフ

 エルフはむしろ、仮死状態と言っても差し支えない状態だ。大きなクリスタルの中で目を瞑り、眠ったままの状態で既に1000年もの時をそこで過ごしていた。もちろん通常のエルフの寿命など、とっくに超えている。


 アネット達は町外れの丘に来ていた。そこにエルフが眠っているからだ。見晴らしの良い場所で、そこからマルコワが一望できる。

 丘を登り歩を進めるほど、舗装された道はやがて轍になってゆく。奥へ奥へと進むとだんだん木が生い茂り始めて、やがて林に変わった。さらに進んでゆくと、一行は行き止まりまで来た。


 風によそぐ木々に守られるようにして、エルフが入ったのクリスタルはふわふわと中に浮いていた。アネットが二人分は入れそうな大きさのクリスタルだ。張ったばかりの窓のような透明感が美しい。独自の眩く鋭い煌めきを放つクリスタルは、降り注ぐ太陽を受けてますますその輝きを増している。

 アネットはクリスタルのあまりの美しさに息を飲んだ。同時に、決して禍々しい物ではないが、アネットはざわざわした何かを感じていた。まるでエルフに話しかけられているかのような感覚だが、アネットには何も聞こえない。

 後ろからオウエンやエヅメがやってくる。


「エルフは、生きているの? 」


 アネットは隣に立ったオウエンに聞いた。彼もまた、クリスタルの存在感に圧倒されている。


「私も実物を見るのは始めてだが、生きているという話だ」


 オウエンは視線をエルフからアネットに移すとそう言った。


 エルフは穏やかな顔をしている。とはいえ、寝息を立てるでもなく、身動ぎするでもなく、じっとしていた。まるで死んでいるかのように動かないが、血色は良い。


 アネットは思わずクリスタルに手を伸ばそうとした。ほぼ無意識である。だが、どこまで近づいても触れられないような感覚を覚えると、すぐに拒否感を感じた。アネットは反射的にすぐに手を引っ込めてしまった。

 一度感じ取ってしまうと、明確な拒絶がアネットの意識に流れ込んでくる。それは決してアネットだけに向けられた物でもなかったのだが、負の感情がまとめてアネットに容赦なくどんどん流れ込んで来た。アネットは耐えられずに、ヨロヨロとその場に崩れるようにして座り込む。目の前が真っ暗だった。




「メシア、メシア」


 アネットが目を開けると、エルフがクリスタルの中からアネットを呼んでいた。エルフの目は開いていて、身体が動いている。反対に、アネットの周りの景色、仲間たちなど、他のものは全て時間が止まったかのように何一つ動いていなかった。

 小鳥は羽を広げた状態で中に浮いているし、エトナのコートは風ではためいたまま止まっている。エルフとアネットだけが、この世界に取り残されたかのようにさえ見えた。


「わたしはハナ。ねえ、メシア。私たちを助けて」


 ハナの言葉で、アネットは意識と視線をハナに戻した。突然の世界の変容に、アネットの気持ちは追いつかなかった。


「助ける……?」


 アネットたちは、確かにエルフを守るために来た。だが、「助ける」とは少し違う。どういうことだろうと、アネットは首をかしげた。


「わたしたちは、アーツからあなたを守るために来たのよ」

「違う。敵はアーツ様じゃない。人間よ。あなたは少し、違うけれど」

「……え?」


 アネットは耳を疑った。ハナはさも当然という風に、驚くアネットを見下ろしている。


「人間が、敵なの? 守ろうとしていたのだけど……」

「誰のせいでわたしがクリスタルに閉じこもる羽目になったか、知らないのね」


 ハナは忌々しそうに動かないアネットの仲間たちを眺めた。


「エルフはエルフとして森でひっそり生きてきた。けど、人間はエルフを捕まえて、物のように扱った。わたしたちが人間に幸福をもたらすから、なんて迷惑な理由で」


 怪我をしたエルフをたまたま助けた人がいた。甲斐甲斐しく世話をした人間に感謝して、そのエルフは進んでその人間に寄り添った。

 元来エルフには不思議な力が備わっている。エルフが近くにいれば、それだけで事業が上手く行ったり、望みが叶ったりするのだ。エルフを助けた人間も、もちろんその恩恵に預かった。しかし、それがいけなかった。

 エルフのおかげで成功した人間を、他の人間が見ていた。エルフの存在は隠されていたものの、すぐに知られてしまった。明るみに出ると、みるみるうちに人間によるエルフの乱獲が始まった。


「大勢の仲間が捕まって、死んだわ。人間のせいで」


 アネットは何も言葉を返せなかった。自分がしたことでは無いにしろ、人間として軽々しく意見など出来なかった。


「エルフがその人物を幸せにしてあげようと本気で思わないと、誰にも幸運はもたらされない。なのに、人間はエルフを誘拐しつづけた」


 ハナは人に翻弄される将来に悲観した。捕まるくらいなら、他の仲間たちと共にそれぞれクリスタルに自ら封印してしまおう、というわけだ。こうすれば死なないし、人に囚われることも、良いように扱われる事もない。


「アーツとは、どういう関係なの? 様、って、あなたはアーツに仕えているの? 」

「仕えているわけじゃないわ。助けてもらったから、エルフはみんなアーツ様に感謝してるだけ」


 アネットはますます絶句した。ハナによると、件の魔界の王は人からエルフを守っているということだ。

 人間を滅ぼさんとする魔王と、人間による被害に遭っているエルフ達。利害は一致している。


「アーツが、あなた達に協力しているのね……」

「あなたは違うの? 首筋のアザはアーツ様の印でしょう」

「これは……」


 アネットはハナにアザの経緯を説明した。アザはまた形と色を変えていて、今は緑色をしていた。また少し大きくなっている。

 アネットがアザを見せると、ハナは微笑んだ。


「アーツ様はあなたを操ろうとはしていない。それは……」

「おい! 大丈夫か! なあ、返事してくれよ」


 突然男の声がしたと思ったら、アネットはっと目覚めた。そして、点滴に繋がれた自分が見えた。オウエンそっくりの男が、横たわる自分の手を握って泣いている。それを、アネットは天井から覗いている状態だ。エルフはもういない。

 アネットが混乱しているうちに、アネットの視界はボヤけ始めた。すぐに何も見えなくなって、音も聞こえなくなった。




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