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千年前の

 オウエンが扉を開くと、よく見知った面々がそろって振り向いた。


「あっ! 帰って来た! 」


 アンが嬉しそうに立ち上がり、その拍子に倒れた椅子を放り出して駆け寄ってきた。アネット、イーノックと続いて入室する。外は少し肌寒かったが、その分部屋は暖かい。アネットはそれが心地よく、ほっと息をつく。

 アンに続いて、エズメも相好を崩して歩いて来た。


「オウエン! アネット! 良かった。心配してたんだから」

「この通り無事だ。心配をかけた。それより──」

「そちらは? 」



 エズメはオウエンとアネットに続いて入室したイーノックに気付くと、オウエンに声をかけた。オウエンはアーツ軍がここへ向かっていると言いたいのに、別の話が始まってしまった。


「イーノックだ。オーツの領主筋らしいが、オーツはもう……」


 オウエンは沈痛の表情で黙り込んでしまうと、はっとしたようにアンやエズメ達も息を飲んだ。彼等もまた、マルコワまでの道中でオーツが占領された事は聞き及んでいる。一同にどんよりと暗い空気が漂い始めた。


「わたしはイーノック。故郷はアーツによって滅ぼされました。自棄になっていたところをオウエンやアネットに助けられた。微力ながら、あなた方の戦力になりたいのです」


 イーノックはそう言うと、背負っていた弓を見せた。来ている着物や袴はぼろぼろで、原型が和服だったとは思えぬ程だ。だが、本人は大きな怪我もなく、心痛を除いて元気そのものだった。


「此度のオーツのこと、我らも心を痛めていたところでござる」

「ここでは皆、似たような境遇の者ばかりだ。我々と共に行こうではないか」


 エズメはイーノックの心境を慮るように、鎮痛の面持ちで俯いた。それを尻目に、エトナは早くも先輩風を吹かしている。


「何を偉そうに」


 アンは持っていた杖でエトナを殴りつけた。エトナは涙目で抗議するが、アンは気にも留めない。


「皆さん仲良しだなあ。良いことだ」


 うんうん、と一人ほっこりするイーノックだに、アンとエトナは同時に振り返った。もはやここまで来るとお決まりのような反応だ。


「どこが!」


 同時に叫ぶと、二人は喧嘩を再開する。イーノックはおかしくてたまらなかった。アネットが目の前の喧騒にポカンとしていると、閉めたはずのドアがまた開いた。


「よう。やっと合流できたぜ」


 アネットが振り返ると、アドルフが立っていた。さらに彼の後ろにも人がいる。ソウジロウだ。彼はイーノックを見ると、すっとんきょうな、けれど歓喜の混じった声をあげた。


「お、お、お、お館様? もしや、カタモリ様では……」


 そう言うや否や、アドルフの後ろにいたソウジロウはガバリと土下座した。彼はまだ部屋に入っていないにも関わらず、だ。


「ソウジロウ? ソウジロウなのか! 」

「は! ソウジロウにございます!」


 イーノックは足をもつれさせるようにしてソウジロウに駆け寄った。


「カタモリ様! 駆け寄って頂くなど…!」


 恐縮しきりのソウジロウを宥め、イーノックは構わず彼を抱き締めた。


「良い。それよりも、よく生きておった。部隊は全滅したと聞いていた故、そちも、もう……」


 ソウジロウは、イーノックに抱き着かれながら目を白黒させている。


「イーノックは、カタモリさんだったの? 」


 アネットが不思議そうな顔で問うと、彼の代わりにソウジロウがずいと身を乗り出してアネットを睨み付けた。抜かれてはいないものの、その手は刀の鯉口を切っている。


「おい、この方をどなたと心得る。我が主を呼び捨てにするとは──」

「良い。命の恩人だ」


 息巻くソウジロウの前にイーノックがすっと手を出すと、途端にソウジロウはおとなしくなった。


「済まなかった、アネット。これは忠義に厚い。許してくれ」

「え、ええ……」


 そうイーノックが言うと、ソウジロウはさつと1歩下がると片膝を付いた。そして、イーノックに頭を垂れる。それをアネットはポカンとして見ていた。まるで時代劇でも見ているかのようだった。


「私の名は、イーノック・カタモリ=マツダイラ。オーツの者は通常、ミドルネームは持たない。しかし、領主の一族は代々オーツネームとは別にもう一つ持つのだ」

「カタモリはミドルネームなのね」 


 そういう事だ、とイーノックは頷いた。


「いやはや! 我がヤマシロと文化はよく似ているが、我らには皆ミドルネームがあり申す。面白うごさるな!」


 わはは、とエズメは嬉しそうに笑った。そこへオウエンが割って入る。


「それよりも、アーツ軍がマルコワへ向かっている。ここへ来る時に野営地をすり抜けた時に聞いた」

「なんと!」


 エズメは目を見張った。歓喜に溢れていた部屋の空気が一気に張り詰めたものに変わり、雷に打たれたような緊張が走る。


「誠です。我らは確かにそう聞いた」


 イーノックはそう言うとソウジロウを伴い、ドアを閉めて部屋に入り直した。それと同時に、部屋の奥からエイブラムがやって来た。


「皆戻ったか」


 他の者が一斉に振り返ると、エイブラムはこほんと咳払いした。


「悠長なことはしておれぬようだの。ここには貴重な宝が眠っておる。これだけは死守せねばならぬ」

「宝、ですか。如何なる物でしょうか。 」


 イーノックがエイブラムに問うと、代わりにアドルフが話し始めた。


「千年前に滅んだとされる種族がいるのは知っているかい? 」

「エルフの事かだろうか」

「ご名答」


 アネットは初耳であった。でも、もうさすがに驚かない。魔法だの魔王だのと来た上にサムライまでいる。本当になんでもありだとまた思った。


「そのエルフがいるんだよ。この街に。眠ってるけどな」


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