92 犯人は誰だ?
そこは郊外にある廃れた教会だった。一応教会としてのていは保っているが、一体何年人の手が入らないまま放置されていたのか、屋根にも壁にも隙間が出来てしまって隙間風が酷い。屋根からは蝋燭の灯りなどつけていないにも関わらず月光が差し込んである程度の視野を保っていた。
月の明るい夜である。
皓々と降り注ぐ月光をまるでスポットライトのように浴びながら、一人の少女が講壇の前に立っていた。
「それでね、貴方の協力を仰ぎたいの」
明るい口調で彼女は話す。
長いハニーブロンドの髪がきらきらと月光を反射して翻り、サファイアの瞳が星を宿して輝く。
美しい少女、ステラは真っ白なワンピースを身に纏い、お願いをするように両手を合わせた。
「貴方もミモザのことを邪魔に思っているのでしょう? わたし知っているのよ」
桃色の唇がふふふ、と笑う。
「貴方はミモザを殺したがってる。実行に移す手筈も整えているのでしょ?」
彼女の話しかける先には礼拝に訪れた人が腰掛ける長椅子があった。その場所はちょうど光が差し込まず、暗闇がわだかまっていて座っている人物の姿は見えない。
彼女は座っている人物の話を聞くようにしばらく黙っていたが、話が途切れると再び口を開いた。
そそのかすように、誘惑するように、彼女は甘く甘く囁く。
「わたし達で殺しましょう」
サファイアの瞳が暗い光を灯す。
「わたしと貴方は協力しあえるはずなの」
それに対する返答は、闇に飲み込まれて聞こえなかった。
*
ミモザはぼんやりと考え事をしながら昼間の賑わうメインストリートを歩いていた。
先日のレオンハルトとの会話を思い出す。
「俺以外の犯人候補はあと三人だったか」
レオンハルトの父親の件も片付いて、のんびりとお茶を飲みながら彼はそう言った。
「はい、オルタンシア様とガブリエル様、フレイヤ様です」
そう言った後に
「けれどオルタンシア様はもうあまり怪しいと思っていなくて……」
とミモザは付け加えた。
「何故」
「えっと……」
(毛生え薬の件を話しても良いものか……)
ミモザは悩む。別にバラしたところでミモザは困らないが、特にバラす積極的な理由も今のところない。
「……宰相様と密談をなさっていたので怪しいと思っていたのですが、どうやら健康のための話し合いだったと先日盗み聞きをしてわかったんです」
彼女は結局濁して伝えた。それにレオンハルトは「ふむ」とさして気に留めた様子もなく頷く。
「確かにあの二人は政治的立場はともかく、個人的には親しくしているようだ」
「そうなんですか」
「まぁ、あくまで仕事に影響しない範囲のようだが。二人とも私情を仕事に持ち込むタイプではないからね」
「なるほど」
ミモザは頷く。
(というかそもそも……)
ゲームの中で、狂化に飲み込まれたレオンハルトはオルタンシアの遺体を持っていた。レオンハルトはミモザとオルタンシアの死が原因となり狂化に飲み込まれるに至ったのである。
(二人は容疑者じゃなくて被害者だ)
そのことをミモザは今更思い出した。
「では残るはフレイヤとガブリエルか」
「はい」
レオンハルトの言葉に頷く。
「二人にも、少し変なところがあって……」
ミモザは王子の婚約披露パーティーの夜の出来事を思い出す。フレイヤがガブリエルを睨んでいたこと、ガブリエルが庭園でセレーナ嬢と密会していたこと。
そのことをレオンハルトに話すと、彼も顎に手を当てて考え込んだ。
「確かに奇妙な話だな」
彼は難しい顔で呟く。
「ガブリエルはオルタンシア様の懐刀だ。貴族と密会など……」
「もしかしたらフレイヤ様はそのことについて何かを知っているから睨んでいたのではないかと思いまして……、それでまずはフレイヤ様から探ろうかと思っているのですが……」
「そうだな」
レオンハルトは一つ頷くとミモザのことを見た。
「ガブリエルに関しては俺も気にかけてみよう」
ミモザはその言葉をありがたく受け取った。
そして今、ミモザは王宮を目指して歩いていた。正確には目指しているのは王国騎士団の詰め所だ。
行ったところで面会が取り付けられるとは思っていないが、軽く噂話などを仕入れられないかと思ったのだ。
(とはいえ……)
ミモザは眉を寄せる。
(王国騎士団には伝手がないんだよなぁ……)
一応仕事の手伝いの関係上接触が全くないわけではないのだが、ミモザは基本的にレオンハルトと共にいる方が多く、必然的に教会騎士団に囲まれていることの方が多い。
(どうしたものか……)
やっぱりまずは教会騎士からガブリエルの情報を得る方が良かったか、と腕を組んで考え込んでいると、
「うわっ」
聞き覚えのある嫌そうな声が聞こえてミモザは顔を上げた。
整えられた黒髪に理知的な黒曜の瞳。爽やかな笑みを浮かべることの多いその顔は、今は嫌そうに引きつっていた。
「ジーン様」
ミモザがその名を呼びかけると、彼はすぐさまきびすを返した。しかし数歩歩いたところで葛藤するように立ち止まる。
「忘れてください!」
彼はミモザに背中を向けたままそう叫んだ。
「どうか僕の失態を思い出させないように振る舞ってはくれませんか!」
「……一体なんの話でしょうか?」
希望に合わせてそらっとぼけたミモザに、ジーンはちらりと視線だけで振り向くと
「忘れたふりをされたらされたでムカつきますね」
ぼそりと言う。
「僕に一体どうしろと」
思わず突っ込むミモザに彼はくぅっと悔恨の表情で拳を握り締めた。
「あなたに出会ってしまったことが、僕の人生最大の不運です」
「僕に出会わなくてもきっとジーン様は姉に引っかかってたと思いますよ」
「あなたに出会わなければ、あなたと間違えて彼女に声などかけませんでしたよ!」
思わずと言ったように全身で振り向いて叫ぶジーンに、
「そういえばそうでしたね」
とミモザは頷いた。そのままこてん、と首を傾げる。
「しかし、出会わなかった頃には戻れませんので」
「それはそうなんですが、ミモザさんに言われたくはないんですよね」
ジーンはじっとりとミモザのことを睨んだ。
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