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【コミカライズ2026/1/10発売決定!!】乙女ゲームヒロインの『引き立て役の妹』に転生したので立場を奪ってやることにした。【書籍1巻2巻発売中!】  作者: 陸路りん
第二章

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69 ラブドロップ事件

「奇妙な事件が起きています」

 そう重々しく告げたのはオルタンシア教皇聖下だった。彼は執務机に肘をおき、ふぅ、と疲れたように息を吐く。

 その場にはオルタンシアを除くと4人の人間がそろっていた。

 ミモザとレオンハルト、そして教会騎士団団長のガブリエル。

 そして最後の1人は渦中の人であるジーンの師匠、フレイヤである。

 彼女はわずかに怒りを滲ませた瞳でオルタンシアの言葉を聞いていた。その目は吊り上がり己の感情を体の内に必死に押し留めているのであろうことが窺える。怒りが彼女の生来の美しさをさらに苛烈なものにしていた。

「もうお聞きおよびかとは思いますが、改めて簡単に説明を。一言で言えば精神汚染が起きているようです」

 ここ最近、人格が入れ替わったように変わるという異変が立て続けに起こっていた。穏やかだったのに気性が激しくなったり、逆に精力的な人だったのが無気力になったりという具合にだ。けれどその件の特筆すべきはある共通点である。

「ある人間に異常に傾倒、あるいは恋慕するようになるとのことです」

 それも、今まで見向きもしなかったような相手に対してそのようになることが多いという。さらに詳しく言えばこれまでに振った相手や自身のストーカーなど、今まで一方的に思いを寄せてきていた相手に何故か一転して執着するようになるらしい。

「これは、あれですね」

 ガブリエルは真面目腐った顔で頷く。

「あれでしょうねぇ」

 オルタンシアは困り果てたように頷いた。

「あれですか」

 フレイヤは不愉快そうだ。

「あれか」

 レオンハルトは呆れたようにため息をついた。

「あれってなんですか?」

 唯一わからなかったミモザが挙手した。

 みんなが一斉にそんなミモザを見る。

(いや、常識のように言われても……)

 わからないものはわからないし、知らないものは知らないのである。

「これがジェネレーションギャッ、」

「ミモザ」

 レオンハルトにデコピンを喰らわせられてミモザは口を閉ざした。

 むぅ、とうなるミモザをスルーして、オルタンシアは「実は最近密売事件も起きてまして……」と言葉を続ける。

「どうやらとある薬を売り捌いている怪しげな人物が出没するのだそうです」

「とある薬?」

 再び懲りずに声を上げるミモザに、オルタンシアは淡々と机の上に小さな袋をひょいと置いた。

 透明な袋に入ったそれは、

「……飴?」

 にしか見えなかった。赤やピンク、オレンジに黄色といった可愛らしい色合いのハートの形をした飴である。

(あれ、これどこかで……)

 思い出そうとするミモザの思考を遮って

「名付けて、ラブドロップだそうです」

 オルタンシアが答えをくれた。

 その名称にミモザは思い出す。これはーー

(好感度上昇アイテムだ)

 ゲームの中では攻略対象者の好感度を上げるために会話の選択肢やデート、そしてそのキャラの好きな貢ぎ物をあげるという方法があるのだが、その中で怪しい商人から買えるチートアイテムがある。

 それがラブドロップ。その名の通り好感度を爆上げするアイテムである。

 お値段はそれなりに張るのだが、それだけあって効果はてきめんである。他の要素を進めるために好感度を上げるのを怠っていたプレイヤーはよく使用するアイテムだ。

(……ってことは、つまり)

 無理矢理薬で好感度を上げられたことによる精神汚染事件が起きているということである。

「ネーミングセンス最悪っすね」

「馬鹿がつけたんだろう」

 ガブリエルとレオンハルトが容赦なくその名前をこき下ろした。 

「私が決めたわけではなく、そういう商品名のようでしてね」

 オルタンシアは気まずげにごほん、と咳払いをすると「まぁ、古くは『恋の妙薬』という名前で取引されていた魔薬です」と説明を付け加えた。

「実際に見たことのある人は少ないでしょうが、名前だけは聞いたことがあるでしょう。大昔に開発されてその危険性から規制の対象となり、今ではその製法を記した本は禁書として王族の管理する書庫に封印された劇薬ですよ」

 ミモザははい、と手を挙げる。

「はい、ミモザくん」

 オルタンシアが指名した。

「その書庫に入れる人の仕業でしょうか?」

 それにオルタンシアは首を横に振る。

「少し考えづらいですね。王室書庫の、しかも禁書庫に入れるのは王族に連なる方々でも一部の方と、それから教会の代表者として私だけです。王族の方々がこのような事件を起こすメリットがありません。もちろん私も同様、手間がかかるだけでなんのメリットもありません」

 確かになぁ、とミモザは思う。第一、一番に疑われる羽目になるのにそれを堂々とばら撒くとも考えにくい。

「おそらくですが、大昔はその製法が広く普及していましたから、こっそりとそれを伝えていた方がいたのでしょう。はぁ、まったく、頭の痛い話です」

 少し考えてからミモザはもう一度挙手した。

「はぁ、どうぞ、ミモザくん」

「副作用はありますか?」

 やる気なく指名したオルタンシアはその質問に「おや」と声を上げた。

「とても良い質問ですね。元来魔薬というのは『早い! 強い! 安全!』がキャッチコピーの即効性があり薬効が高く、副作用が少なくて身体に成分が残留しにくい薬として特殊な製法を使用し開発されたものです」

「じゃあ……」

「ですが」

副作用がないのか、と納得しかけたミモザにオルタンシアは告げる。

「そんなに都合の良い物があるはずがありません。よく効く薬というのは毒にもなりえるものです」

「つまり?」

「つまり、分量を誤れば効きすぎによる弊害が起きます。この薬の場合は常に相手に恋している状態を作り出すわけですから、恋は盲目というでしょう。相手に盲目になりすぎるあまり、依存関係へとおちいり最終的には相手以外の全てがどうでもよくなります。具体的に言うと過去流行した時には心中事件が多発しました」

 なんと、ヤンデレ量産薬だった。

「ちなみに『身体に成分が残留しにくい』という部分も『効果がすぐに切れる』というわけではなく『魔導具による検査での検出が困難』という意味で、魔薬がとんでもない薬だと判明した時に通常の検査での使用者の検出が困難な状態であることが露呈しました」

「うわぁ……」

 『即効性があって検査で使用を確認できない』など、ぜひ悪用してくれと言っているようなものだ。開発者が意図してそう作ったのか、それとも偶然かはわからないが、もしも意図したものだとしたらささやかな悪意ぐらいは含まれていそうだ。

 特にこの『恋の妙薬』の『相手に恋をさせる』という薬効など、なかなかに倫理感を捨てていなくては開発されない薬だろう。

 一体どんな人が作ったんだろうか、と考えていると、フォローのつもりなのかただの解説の続きなのか、オルタンシアは、

「まぁ、悪影響があるものばかりではなく治療に使える有用なものも多数あったのですがね、そちらのほうはもう『魔薬』とは呼ばないのですよ」

 と言葉を続けた。その説明からするとおそらく『魔薬』というのは元は『早い! 強い! 安全!』がキャッチコピーの新種の薬全般を差す言葉だったようだ。それが時代とともに意味合いが変化し、『魔薬』として開発された薬の中でも害のあるものだけが『魔薬』と呼ばれるようになったのだろう。確かにミモザも新聞などで『魔薬の違法所持』などという記事を見たことがあり、よく知らないが違法な薬物、というイメージがある。

(難しい薬だな……)

 思わず考えこむミモザにそのやりとりを黙って聞いていたガブリエルがにやにやと口を開いた。

「あれぇ? そんなこと聞くってことはぁ、ミモザちゃんってば飲ませたい相手がいたりしてー」

 茶々を入れるガブリエルのことをレオンハルトが睨みつける。彼が何か言うよりも先にミモザは「そうですねぇ」と思案するように口を開いた。

「ミモザ?」

 師匠の訝しげな声を尻目にミモザは考え考え話す。

「これをうまく使えば痴情のもつれで起きる事件を防げたり、子どもの出生率をコントロールしたり、あと過去の事例で兵士同士が恋に落ちるとすごく強くなるという話を聞いたことがあったのでいいかと思ったんですが……。ちょうどいい用法用量を守っても問題が起きるものなんですか?」

 ミモザの言葉を聞いてレオンハルトはあからさまに顔をしかめた。

「……薬で得られる愛情に価値があるのか? 考えるだけで気色が悪いな」

 そのまま吐き捨てるように言う。その言い様にミモザはむっと口を尖らせる。

「……レオン様は案外ロマンチストですよね」

「……君は大概情緒の未発達なお子様だ。だからそんなふうに他人事のように平然と理屈をこねられる」

 不機嫌そうに言い返された言葉にミモザは驚く。

「レオン様にとっては他人事ではないのですか?」

「…………」

 レオンハルトは黙り込んだ。そして微妙な顔をしてミモザのことを見つめる彼の肩を何故だかガブリエルとフレイヤの2人は同情するように両側からぽんと叩いた。

「……まあ、そもそもちょうど良い用法など知ってる人間はいないでしょうね」

 その微妙な空気をリセットするようにオルタンシアが口を開く。

「え?」

 驚いて振り返るミモザに彼は呆れたように肩をすくめてみせた。

「まさか人体実験するわけにもいかないでしょう」

「あー……」

「それに魔薬は本当に扱いが難しいのです。管理する温度や使用する者の体質によって大きく効き目が変わる。コントロールは困難だと思いますよ」

「じゃあ有効活用は無理なんですね」

「そもそもそんな危険な劇薬を有効に使おうとするな」

 なんとか気を取り直したレオンハルトが叱責するようにミモザの額に再びデコピンを食らわす。その威力に「ううっ」とうめいていると、それを白けた目で眺めながらオルタンシアが告げた。

「まぁ、有効活用できるくらいなら規制して封印したりしませんよね」

 ごもっともだなぁ、とミモザは頷いた。

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