8.釈放
「ーーというわけで、置いてきました」
「……とんでもない話ですね」
なぜかジーンはごくり、と生つばを飲み込んだ。それにミモザは首をかしげる。
「……ああ、確かにレオン様が恋の妙薬に引っかかるヘマをするだなんて、とんでもない話ですよね」
「そこじゃないです」
では一体どこの話だろう。
きょとんとして首をかしげるミモザに、ジーンは深く深くため息をついた。
「まぁ、そのあたりの話はこれ以上つっこまないでおきます。僕も自分の身がかわいいので……」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味です」
まるで処置なし、とでも言いたげな彼の態度にミモザは唇を尖らせる。
「ではとりあえず、僕は誤解を解いてきますので、ミモザさんもちゃんと自分で釈明をしてくださいね。いいですか、ちゃんとした釈明ですよ?」
「そんなに念を押さなくても大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないから言ってるんです。あなたは適当なことを言うかと思えば、逆に変に馬鹿正直なことを中途半端に言って誤解を招くようなところがあるから……」
ぶつぶつとジーンはぼやく。
「とにかく、ちゃんとお願いしますよ。聖騎士なんですから!」
「……はぁ」
そう念を押して去っていくジーンのことを、ミモザは釈然としない表情で見送ることしかできなかった。
*
「シャバの空気がうめぇ……」
とはいえ、釈放は釈放である。
王国騎士団の新入りとはいえ、団長の弟子であるジーンの一声はかなりの効果を発揮した。
すぐさま警官たちはミモザの元へ訪れると、平身低頭で扉を開けてくれたのだ。
ちなみに逃亡した女性の特徴と、バーナードの件もきっちり報告させてもらった。
ミモザは数時間ぶりの外の空気に大きく伸びをする。
「ほんと、しっかりしてくださいよ……」
そんな呑気な様子にジーンは白い目を向けてくるが知ったことではない。
二人は今、とあるカフェのテラス席へと座っていた。
文句を言いつつもミモザの釈放を手助けしてくれたジーンへのお礼にと、昼食を奢りに来たのである。
ジーンは貴族特有の優雅な仕草で紅茶を味わうと、ふぅ、と憂鬱そうにため息をついた。
それにミモザは首を傾げる。
「どうしました? ジーン様。僕はもう自由の身ですよ?」
「……そうですね、あなたの失態も頭が痛いところではあるんですが、それよりももっと困っていることが僕にはあるんです」
「困っていること?」
きょとんとするミモザに、ジーンは少し逡巡したようだった。しかしすぐに何かを決めたように紅茶のカップをティーソーサーへと置くと両手を胸の前で組んで肘をつく。
そのまままっすぐにミモザのことを見た。
「そうですね……、ミモザさんも、こんなのでも既婚者ですし……」
「こんなの……」
「一応僕よりはそういう方面は先を行ってるわけで……、少し相談してもいいでしょうか?」
「はぁ……」
その曇りなき黒いまなこを見ながらミモザは思う。
(恋愛関係か……)
あのジーンが。
金髪美少女に幻想を抱いていたあの彼が、である。
ミモザはミルクティーを少し口に含んでから、ちょっと首をかしげた。
「大変申し訳ありませんが、対象は実在する人物だと助かります」
「実在しますよ!!」
テーブルを拳で叩いて叫ぶジーンに、周囲から何事かと視線が集中する。
それに気まずそうに咳払いをすると、彼は声をひそめた。
「なんてことを言うんですか!」
「いやぁ、ジーン様のお眼鏡に適う女性というのがどうにも想像できなくて……」
「いますよ! そのくらい! ミモザさんの周りにいないだけでしょう!」
その言葉にミモザは自身の身の回りの女性陣たちを思い浮かべる。
母を除くとステラとフレイヤしか思い浮かばなかった。
あとはレオンハルト邸の使用人達である。
(僕の交友関係……)
正直狭すぎて参考にならない。
「なんかそう言われるとそんな気もしてきました」
「そうでしょう」
もっともらしく頷くジーンに反論ができない。
それくらい、イレギュラーな女性がミモザの周りには多い気がする。
「とにかく! ……僕は今、とある女性に好意を寄せているのですが……」
ごほん、と仕切り直すようにジーンは言った。
その瞳は再び憂鬱に染まる。
「少し……、問題があるのです」
「はぁ……」
その時、ミモザ達の席にパスタが運ばれてきた。それを受け取りながらミモザは頷いた。
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