7.レオンハルト
母から提案をけんもほろろに断られ、まぁ仕方がないか、など思いつつレオンハルト邸に帰り、
「ただいま戻りました」
と、リビングのドアを開けたところ、
「…………」
土下座をしたレオンハルトがいた。
状況がわからなかったミモザは、思わず無言で一回扉を閉めた。しかし再び開いてもその光景は変わらない。
落ち着いて、とりあえずレオンハルトを無視して周りを見渡すと、レオンハルトのことを指差しながら、笑いすぎて声が出なくなって悶絶しているガブリエルの姿があった。
「……ガブリエル様?」
「ヒッ、ヒッヒッヒッ! フハッ、わ、悪い嬢ちゃん! いや、あの、レオンハルトの奴も反省してるみたいでな。それを態度で示すべきだとちょっくら助言を……」
「はぁ……」
つまり彼にそそのかされてレオンハルトはいま土下座中らしい。
ミモザは綺麗な姿勢の土下座のまま微動だにしない夫にゆっくりと近づいた。
ミモザが近づいたことに気づいたのだろう、彼はぴくり、とわずかに肩を動かす。
「申し訳なかった」
しかしそれ以上は姿勢を崩すことなく、完璧な土下座の姿勢のままそう静かに告げた。
それにミモザは鼻を鳴らす。
「まぁ、悪い気はしないですね」
少なくとも、あの『反省』のはの字もない態度よりは、よっぽど溜飲が下がるというものだ。
「許してくれるのか?」
それを感じ取ったのか、土下座の姿勢は維持しながらもちらり、とレオンハルトは目線を上げた。
それにミモザは輝かんばかりの笑顔を向ける。
「まだ許さない!」
レオンハルトの姿勢がわずかに縮こまり、しおしおと枯れたように見えた。
それを無視してミモザは続ける。
「僕、仕事があるんでちょっと出かけてきますね。この前言ってたパレードなんですけど、しばらく家を空けますんで」
「俺も……」
「ついてこないでくださいね!」
しゅん、とレオンハルトの表情が落ち込み、その目に陰りが差す。
「ミモザ、どうすれば許してくれる?」
(あ、やばい……)
その瞬間、ミモザの背筋に悪寒が走った。
ゆらり、と彼の黄金の瞳の中になんらかの感情が渦巻き始めるのが見えたのだ。一見落ち込んでいるだけの姿勢に見えるが、『許されなかった』ことで彼は次のフェーズに進んだらしい。
それは強い狂気だ。
レオンハルトは判断の早い男だ。それは騎士としては長所である。しかしそれは言い方を変えれば『諦めが早い』ということであり、そして彼は『手段』を諦めることはあっても、『目的』自体への執着は強い。
なにせ手に入らないならば違法な手段も辞さない男だ。
返答次第ではミモザの身は無事では済まないだろう。
ガブリエルもその不穏な空気を察したのか、笑うのをやめて手にした扇子を構えた。それをミモザは軽く目で制する。
そしていかにも慈悲深げな笑みを浮かべると、まだ床に膝をついたままのレオンハルトの方へと身をかがめた。
「『まだ』許さないだけで、『一生』許さないわけではありませんよ」
「……そうなのか?」
ミモザの言葉に彼から滲み出していた不穏な空気が若干ゆらぐ。しかしまだ半信半疑な様子に、ミモザは内心では冷や汗をかきつつ、表面上はもっともらしい態度でゆっくりと頷いてみせた。
「ええ、そうです」
「どうすれば許してくれる?」
そう問いかけてくる黄金の瞳からは、もう狂気は消えていた。とろりと蜂蜜のように美しい瞳は必死さという熱を帯びてはいるが不穏なものではない。
どうやら危機は脱したらしい。
レオンハルトの背後にいるガブリエルがあからさまにほっと胸を撫で下ろすのを横目で視認しながら、ミモザは微笑んだ。
「それはあなたが考えてください」
「…………」
「とりあえず僕は頭を冷やす時間が欲しいですね。なので仕事には一人で行きます」
「……そうか」
「レオン様」
しょんぼりと肩を落とすその姿にミモザは微笑む。
「本当に悪い気はしなかったのでまたやってくださいね、土下座」
「…………」
レオンハルトは真顔でミモザのことを見た。




