4.エリスフィア
そして王都から出発したパレードは精霊騎士達の編成を変えながらゆっくりゆっくりと各街に宿泊しつつ進行し、そしてセドリックに圧力をかけられた第三の塔に隣接する街、エリスフィアに到着したのがつい昨日のことだ。
エリスフィアは魔導石の採掘で有名な街だ。
第三の塔に向かう途中にある洞窟の空いている山。あの一部は実はエリスフィアの領地である。そしてそれ以外にも多くの山を要している。そこからは過去に亡くなった野良精霊のものであろう魔導石が大量に採掘されるのだ。
どうやら元々その山々には大量の野良精霊が生息していたらしい。その上それなりに強いボス級の精霊も生息していたらしく、大きくて良質な魔導石がごろごろ採掘されるのだ。
この街でのパレードまでは、まだ数日期間がある。そのためミモザは指定されていた宿に荷物を置き、街の散策へと出かけていた。
一応聖騎士であることがばれないようにといつもの白いパーカーのフードをかぶって顔を隠してである。
これから精霊騎士達のパレードが開催される、ということもあり、街は華やかに飾り付けられている。その中には稀少な魔導石がふんだんに使われた物も含まれていた。パレードが終わった後も試練の塔攻略目的の客を狙って飾り付けが継続されるためだろう。ずいぶんと気合いが入った物が多い印象だ。
基本的には試練の塔の攻略目的の人々は王都に宿泊することが多いが、王都の宿からあぶれた人々や観光目的の客が訪れるのだろう。
最初はそのまだ完成しきっていない飾り付けを見ながらのんびりと表通りを歩いていたが、ふと見覚えのある人物がいた気がしてミモザは足を止めた。
「……ダグさん?」
彼の銅色の髪が見えた気がしたのだ。そしてその人物は路地裏へと続く細い道へと入っていった。
「…………」
「ちちぃ」
『どうする?』とチロが問いかけてくるのに、ミモザはひとつうなずくとその路地裏への道へと飛び込んだ。
薄暗い路地裏はパレードのために整えられた表通りとは異なり、すえた匂いのするほこりっぽい場所だ。薄暗いそこをなんとなく足音を控えながら歩いていると、
「……これ、……だから」
わずかに人の話す声が聞こえた。
しかしそれはダグではなく女性の声だ。
気づかれないようにそっとその声のする方へとミモザは忍び寄る。
「だから、これだけじゃ足りないわ。もっとたくさんちょうだい。お金は払うわよ」
そこにはブラウンの髪を揺らしながらそう訴える女性の後ろ姿があった。
(……。見間違え?)
確かに彼女の髪の色はダグと似ている。しかしダグは肩までの直毛を一つくくりにしており、その女性は背中まである髪をそのまま流している状態で髪型はとても似ても似つかない。
「そうは言われても在庫がないのは仕方がないだろう。また次の機会に買ってくれ」
その時彼女と話している男の声がした。聞き覚えのある声だ。
しかし彼もダグではない。
まるで夜の闇の中から抜け出てきたかのような黒いローブ、年齢にそぐわないすねたような声音の話し方、
「……バーナード?」
それは保護研究会の五角形のうちの一人、かつてステラやその他の人々に恋の妙薬を売りつけていた男だった。
「誰だっ!?」
(しまった……っ!)
つぶやく程度の音声だったはずなのに、ミモザの声に反応して彼はこちらを鋭く睨んだ。
素早くミモザは壁に顔を引っ込めるが、しかし誤魔化せはしないだろう。すぐにチロをメイスへと変えると勢いをつけてバーナードの方へと突撃する。
「……っ!? おまえはっ!!」
「お久しぶりです!」
言いながらミモザは大きくメイスを振りかぶって彼へと振り下ろした。しかしそれは半歩後ろに下がることであっさりと避けられる。
(……ちっ)
ミモザは内心で舌打ちをする。それなりに不意を打って特攻したはずなのにこれだ。素早くメイスを引き戻して戦闘態勢に入ると、彼は嫌そうに顔を歪めてミモザのことを指さした。
「おまえ! あの時の『嫌な奴』だな!!」
「覚えてくださっていて光栄です」
「忘れるものか!」
彼は鼻息荒く地団駄を踏んだ。
「あの時はよくもやってくれたな! 嘘をつくのはいけないことなんだぞ!!」
「……魔薬を売りさばくほうがいけないことですよ」
どうやら彼はあいかわらずのようだ。
ミモザはちらり、と女性の方を見た。彼女はおびえた表情でこちらを見ている。そしてその手に持っているものは……、
「また、『恋の妙薬』を売っているのですか?」
ミモザの質問に彼はふん、と鼻を鳴らした。
「それ以外も売ってるぞ!」
「悪化してる……」
「俺は欲しいと言う奴にくれてやってるだけだ。金がないと研究できないしな!」
彼はそこまで言うと、再びミモザのことをびしっと指さした。
「おまえのせいでエオの奴に貸しを作ることになった! その仕返しをしてやりたいがそれは今じゃない!」
「……?」
それだけ言うと彼はさらに半歩後ろへと下がった。
「今度会う時は許さないからな!」
その言葉と同時に彼の姿はかき消えた。
移動魔法陣だ。
前回の彼もそうだった。バーナードは少しでも自分が不利な状況になると移動魔法陣で姿を消してしまう。おそらく一度彼のことを捕まえたミモザのことを彼なりに警戒しているのだろう。
しかし、ミモザとしても今回逃亡してくれたのは助かった。
なんの用意も策もなく勝てるほど彼は弱い相手ではない。
おとなしく逃げてくれるのならば今は深追いしないほうが賢明だろう。
「さてと……」
問題はそれよりも、
「少しお話を聞かせてもらえますか?」
彼から魔薬とおぼしきものを買っていた女性のほうだ。
彼女はバーナードとミモザの態度から、ミモザがどのような立場の人間なのかを理解したのだろう。
すなわち、取り締まる側の人間だと。
おびえたように後ずさり、そして背後が壁で逃げられないことに気づくと、
「きゃああああああああっ!!」
いきなり悲鳴をあげた。
これにはあまりの予想外でミモザも動きを止める。
「助けて!! 痴漢よ……っ!!」
「えっ、いや、ちょっと……っ」
さらに叫ばれた言葉の選択にミモザは思わず両手を上げる。
降参のポーズだ。
「少し落ち着いて話を……」
「大丈夫ですか……!?」
なんとかなだめようとするミモザの言葉を遮るようにしてその声は現れた。
「えっ?」
見ると彼女の悲鳴を聞きつけてきたのだろう。複数名の男性がこちらに駆け寄ってきていた。
「え、えーと……」
ここでミモザの格好を振り返ってみよう。
白いパーカーにいつもの短パン、黒タイツにブーツ。そして白いフードで顔を隠している。
手には棘付きのメイスを持って、である。
不審人物である。
その不審人物の前で女性が「痴漢だ」と悲鳴をあげている。
(あ、これ、やばいかも……)
「いや、これは誤解で……」
慌ててミモザはフードを脱いだ。とりあえず痴漢疑惑だけでも晴らそうと性別を明らかにしたかったのだが、これが失策だった。
短いハニーブロンドの髪に深海のように深い青い瞳。
そしてよく整ったその顔立ちは……、
「あれ、こいつ、指名手配犯じゃね?」
ステラとうり二つであった。
「あ、マジだ」
「おい、誰か警察呼んでこい」
「暴れるなよ、この人数に勝てると思うな!」
「いやっ、ちが……っ」
「おい! 動くな!!」
男性達はどやどやとミモザのことを取り囲む。
この状態で一体ミモザに何ができたことだろう。まさか善良な一般市民相手に暴力をふるうわけにもいかない。
ふと見ると、バーナードと取引をしていた女性はミモザが身動きが取れない隙に男性達の脇をすり抜けて大通りの方へと駆けて行ってしまった。
「あっ、ちょっと!!」
「おい!」
追いかけようとするミモザのことを男性達が取り押さえる。
「大丈夫ですか? 危険ですから下がって!!」
そしてそこに誰かが呼んだらしい警察官が到着した。
こうして『聖騎士が痴漢疑いで逮捕される』という珍事が発生したのである。
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