84.カール
「ちなみにその隣に立つのはご息女からコリンナを託された元メイドであるローズさんです」
コリンナが面会の時に「おばさん」と親しげに呼んでいた保護者である。
彼女は気まずそうに萎縮しながらも、ゆっくりと洗練された仕草でエイドに向けて頭を下げてみせた。
「ふぅん……」
そのやりとりにカールは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「君の『推測』はわかったよ。しかしそれは僕がエイドの孫ではないと断定する根拠にはならないのではないかな?」
「そうですね」
それにミモザはあっさりと首肯する。
「しかしあなたをエイド様の孫と考えるにはいくつか違和感があったのです」
「『違和感』?」
「ええ」
ゆっくりとミモザはカールと目を合わせた。彼の薄いすみれ色の瞳、そして美しい白髪が視界に入る。
「あなたをエイド様の孫と仮定した場合、ご息女の書かれた『欠けている』部分は色素ということになります」
「その通りだ」
カールはうなずいてみせた。それにミモザは首をかしげる。
「『大切なもの』と記載するほどのこだわりがあったようには思えない、というのが最初の違和感です。あなたの髪は確かに白髪で母親の遺伝子を継いではいませんが、瞳は淡いとはいえ紫色、その辺のごろつきを父親にしようと画策する方がそこまで気にするとは思えませんでした」
「いいがかりだなぁ。色素の薄さはそれなりに差別の対象だけれどね」
「まぁそうですね。なので最初は僕もそういうこともあるかとその違和感は放置しました。しかしその後のあなたの態度やふるまいによってその違和感は強まりました」
「…………」
彼はもはや何も口を挟む気がないのか、顎をしゃくってミモザの発言を促した。とりあえず最後まで聞いてやろう、ということなのだろう。
それにミモザも逆らう気はない。そのまま静かに言葉を続けた。
「最初、僕はあなたとコリンナさんが兄妹で二人ともエイド様の孫なのではないかと勘違いしていました」
「どういうことだ?」
尋ねたのはエイドだった。彼はなんとか持ち直したのかその瞳はしっかりとミモザのことを見据えている。
「実は最初にコリンナさんに面会した際、彼女は『消息不明な兄がいて、その兄に絵画を盗むようそそのかされた』と僕に告げたのです」
「兄だと?」
「ええ、そしてその盗んだ絵画は『元々兄と自分の物』だと主張していたのです。そこから僕は『兄とはカールのことであり、泥棒少女コリンナと兄妹なのだ』と考えてしまいました」
その言葉にエイドは血相を変えた。顔を真っ赤に染めて目をつり上げる。
「そんな男などわしの孫などではない!!」
「ええ、そうです。ですから勘違いでした」
ミモザはうなずく。
最初はそう考えたものの、徐々にそれは間違いだとミモザは気づいたのだ。
「僕は彼女に『兄とは血のつながりはあるのか』と質問しました。そしてそれに彼女は『当たり前だろ』と答えました」
「……? それが一体どうしたと言うんだ」
ミモザの続けて放った発言に、エイドは鼻白んだように首をひねる。
「もしもカールが本当にエイド様の孫ならば、彼が生まれたのはご息女様が出奔する前、そして妹さんが生まれたのは出奔後、父親は当然異なります」
人間は心当たりのある方に敏感になってしまう生き物だ。血液型占いなども当てはまらない部分よりも当てはまる方により敏感に反応してしまうものだ。『片方の親が異なる』のであれば、兄弟に対して『血のつながりがあるのか』ということをわざわざ確認したミモザの質問に彼女は多少の反応を示すのが自然なはずだ。
「彼女は質問に対し『父親が違う』などとは言わなかった。そしてまた、その兄に対して心配する素振りもなかった。……カールの言うことを信じるならば、長い期間エイド様に軟禁されて連絡が取れていないはずの兄に対して」
「……っ」
エイドが目を見張ってカールのことを見る。
ミモザもまた、カールのことを見た。
彼のすみれ色の瞳は面白がるように笑みの形にゆがむ。
「そしてまた、あなたも妹さんに対して無関心でしたね」
発言をすべて信用するならば絵画を盗み出すよう指示したのはカールであったはずだ。にも関わらず捕らえられた妹を助けようとする様子はカールには見られなかった。
妹が今どうしているのか、ミモザに尋ねることすらしない。
もちろんこれはただの違和感に過ぎない。そのような兄妹関係も存在することだろう。しかし疑いを持つには十分な違和感だった。
「彼女は『兄に絵画を盗め』と言われたと証言しました。そしてあなたは『何か頼みはあるか?』という僕の質問に対し、『母親の形見の魔導石』を要求しました」
そこもまた不自然なのだ。妹に盗むよう指示するほど欲しい絵画ではなく、別の物をカールはミモザに要求した。
その時点でミモザは気づいたのだ。
少なくとも二人は連携を取れていない。目的をさっぱり共有していないのだ。
「それもそのはず、二人の間にはなんの関係も存在しなかった。それどころかカールに至っては『妹の存在』すら認識してはいなかった。コリンナの吐いた『兄』という嘘がたまたまカールの存在と当てはまってしまっただけだったのです」
そもそもカールの口からは一度もコリンナの名前は出ていない。コリンナのみが『兄』について言及し、そしてその『兄』の存在そのものが非常に曖昧なものだった。
あれはただのでまかせだったのだ。
それがたまたま状況と合致してしまう嘘だったためにミモザが勝手に『二人は兄弟なのだ』と邪推してしまっていた。
「お二人に尋ねてコリンナには『兄』は存在しないことは確認済みです。どうやら跡継ぎとして『エイド様の孫が男子である』と母親が偽っていたことからとっさに出た言葉だったようですね」
『二人』の部分でミモザはコリンナとローズを手で示してみせた。
コリンナは居心地が悪そうに視線を床へと落とした。
「そして決定的だったのはレオン様にかけられた『恋の妙薬』です」
そして今度は先ほどまでキャロラインの味方をしていた男性従業員の方を見る。
「『恋の妙薬』は異性、正確には恋愛対象である性別の方にしか効きません。そして先ほどキャロラインに味方をした方々は全員男性のみ。唯一女性の証言者である方はエイド様の味方をしていました」
「……っ! まさか!」
「ええ、彼らはキャロラインに『恋の妙薬』により洗脳された被害者です」
周囲からの視線を受けて彼らもまた気まずそうに身じろぎをした。しかしまだ洗脳が解けていないのだろう。その瞳に宿るのはキャロラインのことを否定するミモザへの敵意だ。
夢でステラの謎解き場面を見た時から違和感ではあったのだ。裏付けとなる証言者が全員男性のみであったことに。
そしてそれは洗脳から醒めたレオンハルトの証言により確信に変わった。
「この『魔法陣』に見覚えはありますか?」
敵意を向けてくる男性陣にミモザはその紙を向ける。それは野良精霊の大量発生現場で発見した魔法陣の写しだった。
「それは……」
その魔法陣を見て彼らは何かを思い出すように表情を歪める。
「この魔法陣には『恋の妙薬』と同じ作用をもたらす効果があります」
ざわざわと周囲の招待客達はどよめいた。魔法陣に見覚えがあったのだろう。男性従業員達の間にもわずかな動揺が走っているようだ。
「大丈夫ですよ」
ミモザはそんな彼らを安心させるようににっこりと微笑んだ。
「何せここにいるレオン様ですらその魔法陣の罠にかかったのですから。元聖騎士である人があらがえない力にあなた方が引っかかってしまうのも無理のないことです」
その言葉に周囲の視線はレオンハルトに集中した。彼は気まずげにごほんと一つ咳払いをしてみせる。
その様子にミモザは多少いい気味だと思いつつ話を続けた。
「さて、この魔法陣は実は野良精霊の大量発生現場でも発見されていましてね。そして今回、この近隣の試練の塔にてある指名手配犯が目撃されました」
『指名手配犯』とは当然ステラのことである。
ミモザはゆっくりとカール、そしてキャロラインのことを見据えた。
海の底のように青い瞳が静かに瞬く。
「あなた方は、『保護研究会』の一員ですね」
周囲のざわめきは最高潮に達した。周囲の視線の中で、カールは静かにうつむいて座っている。
彼の肩が小刻みに震える。
それは怯えではない。動揺でもない。笑っているのだ。
ミモザの見つめる先で彼はゆっくりと顔をあげ、そしてそのすみれ色の瞳はミモザの瞳を捕らえてにんまりと笑った。




